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魔界の果て

 セルビア王国。

 それは人界と魔界の縁にあり、魔族との戦いの急先鋒を務める尚武の国である。

 中央国家同盟から援助と期待を周辺国と共に一身に受け、魔族の侵略から人界を守るため騎士達が日々腕を磨いている。

 ……とまあ、当の国の出身である騎士はこう言い表しているのであるが。


 幾許かのお賃金の代わりに、厄介事を押し付けられた脳筋な辺境国。


 以上、セルビア王国のレーゾンデートル(存在意義)でした。


 危うく言葉に出す所だった。ベリルはお口にチャックをした。

 身も蓋もない感想ではあるが彼女を責めていられてもいない、何せその中に詰まってるのは遙かに文明と国家事情が複雑な異世界の住人なのである。

 話を聞いてわかってはいたが、今いる世界の文明程度は大体見た通りそのまんまである――つまり、誰もが今彼女と肩を並べて歩いている騎士のように教育を受けてはいない。


 その騎士でさえもおつむに入っているのはほとんどが剣術だの騎士の道だのご婦人とのダンスのステップだのという自分の職業に関する事だった。それに比べれば、自分の方が余程世界を見る意味での視界が広いというのは自惚れではないだろう。

 元異世界の平民である元男が、仮にも貴族の末席に名を連ねる騎士よりもである。


 本人はなんとなくでしかわかってはいなかったが、これは教育だけではない、思想を広めるための娯楽文化の差だとも言える。

 例えば読み書きや学問を習うのは程度の差こそあれ同じであるし、むしろ特定の進路を取る事以外では役に立たない知識も大量に入っている分、文明の進んだ地球の方がむしろ無駄が多い。

 しかし、大小のお友達が人生を潤したり道を踏み外したりするサブカルチャーも、鼻持ちならない学者達やその提灯持ちには無駄と言われていたのだ。

 実はそれが間違いである事を、ベリルは薄々と感じていた。


 例えば今ベリルの理解で、セルビア王国の役割はこんな感じだ。

 国と言うのは税収で回る。とは言え、お前はこれぐらい持っているのからこれだけ出せというのは実は難しい。地球ならお金をタックスヘブンだのスイス銀行だのに預けたりするし、この世界ではもっとストレートに貨幣や金塊を地面に埋めたりする。この辺り、地球だろうが人界だろうが人間の考える事に大差はない。


 ただし、それでも隠し切れないタイミングというのは存在する、金が動く時だ――物の売買があれば商品が証拠であるし、貨幣を交換すれば手数料がかかる。仕事の給料も言わば労働力という商品への対価んおだ。

 つまり、国は国民が金を動かす事で、より確実な税収を得られる事になるのだ。


 とは言え、株やらウォールストリートだの、この世界にそこまで複雑な経済活動はない。

 セルビア王国は中央国家同盟からお金を貰う。

 王国はその金を例えば公共工事などでバラ撒く――例えば何もなくてもボロくなっていく城壁の修復など。

 その金が国民に行き渡る。

 国民は中央国家同盟から色々と物を買うのでどの国も交易税が取れる。

 元男の母国である日本のお国事情に若干似ているかもしれない。ただしかの国の米々な親玉はむしろ逆であり、手下の牙を抜いた後に軍事的な援助を与える代わりに、あの手この手で金を搾り取る事で自国の豊かさを保証している。

 思わず犬の糞だとか鬼畜なんたらとかが口から出そうな所業だが、それは古今東西に限らずどの王国でもやってる事ではあるし、ある一面では自国の利益を追い求めるのは正しい事である。しかも地球でのその親玉とやらは合理的に手下を豊かにしてからカツアゲしているのだ。


 そういう意味では、この世界の辺境国事情は更に悪かった。

 つまり、辺境国は中央国家同盟の援助を受けられるが、その代わり魔族との戦いという厄介事を押し付けられる。

 どこが厄介かと言うと軍隊というのは非常に金食い虫であるからだ。魔族対策のため、派手に金を使うよりもどこかの国にお金をあげて押し付ける方がマシなのである。

 それはつまり押し付けられる方は大局的に言うと損している訳で、結果的に辺境国は増々援助に頼らざるを得なくなる。

 じゃあ受け付けなきゃいいがな、とは言う人もいるだろうが、魔族の脅威や貧相な土地事情やらの現実的な問題を前にして、骨のある独立独歩の道を歩むと言うのはなかなか出来ない事なのだ。というか人界の現実として、ほとんどの辺境国には出来なかった。パブロフの犬の一丁上がりである。

 ただし手綱を外れては――具体的には魔族と手を組まれると困るから、てめえ裏切るとぶっ殺すぞと脅してもおく。ちなみにこれを外交と言う。わかりやすい例では戦車で自国民を轢き殺した事を隠蔽しようとして失敗したり、テポドンだの銀河何号だの外国から着服した金でミサイルを開発してる国々のやってるあれが露骨でわかりやすいだろう(なお、そういう露骨な奴を恫喝外交と言う)。


 シフォンから聞いたセルビア王国の話から、ベリルはそこまで理解していた。

 いくら王族とは言え、普通の5歳児が持ってていい教養ではない。下手をすると王族でさえそこまで具体的にわかっていないかもしれない。

 いわんやその下っ端である騎士には、である。話が通じるとも思えない。


 しかも元青年のそれは地球では特殊な例ですらない――大人になれば大なり小なりその概念がわかってしまう事なのだ。

 そしてそれは、義務教育で教わるのが出来ない事なのである。

 更にそれらを知る手段は今や商業雑誌や専門家などの真面目なルートからだけではない。読者や視聴者を楽しませるために、手を替え品を替える娯楽文化すらその第一線に立ち始めているのだ。

 サブカルチャー恐るべし。

 いまだ娯楽が英雄譚だの単なる恋愛小説だのに留まっている異世界にとって、現代の地球という世界はまことに恐ろしい環境だと言えた。


 とまあ、これのみなら平民レベルで出来る王族並の教養を持ってる地球人すげー、というだけの話ではある。

 そもそも理解できたからと言って、ベリルにはそれをなんとかする能力もつもりもなかった。

 しかし今シフォンと話しながらも、彼女の脳裏には別の物が浮かんでいた。

 理解の外にあるもの。

 四畳半の小宇宙にはなかったもの。


 魔族と魔法。


 それは言うなれば、彼女が初めて世界への好奇心に芽生えた瞬間であった。


     ※


 魔王城に潜り込んだ人族の襲撃者がいる。

 そいつは魔王に喧嘩を売って指一本でダウンを喫し、命からがら抜けだした。

 魔王は捨て置けと言い放った。


 ここで問題が一つある、そいつは本当にほっとかれるのだろうか。


 んなわきゃねーだろうと思ったあなた、正常です。

 いや、困った事にそういう本当にほっとくような御仁はしばし見られる。

 例えば大人にテスト勉強用の知識を詰め込まれて思考の停止した学生はまだ若いしある程度仕方がない面もあるが、お役所仕事という言葉を自らの行いで定義してしまった役人などは言い訳のしようがない。他にも似たような輩は身近で探せばいくらでも心当たりはいるだろうし、そいつらに向いてお前は死ねと言えば死ぬのかと文句を言った事のある人も数えきれないくらいにはいるだろう。


 しかしここはビルの一フロアではない、日々勇者だの冒険者が侵入してくる魔王城である――そんなのがいたとしても、ゲーム的な言い方をすると真っ先に経験値とお金に化けているはずなのだ。

 そもそもこの世界の常識として、魔族より単体の性能で劣る人族が一人で魔王城に乗り込んできているというのがおかしいのだ。

 ゲームではないのである、一気に襲いかかるモンスターの定員が決まっていて、行儀よく侵入者の回復も待つという、勇者を活躍させるための悪趣味なプログラムは現実的な魔王城にはない――強く当たってあとは流れでお願いしますと言った所で、恒例のタコ殴りの後、身包み剥がされチリ箱にポイ。見よ勇者ども、これが本来の歴史だ、という感じなのだ。

 魔王様に自ら手を下されたのは、羞恥にまみれた(本人談)偶然が創りだした奇跡なのである。



 例えば今、廊下をメイド服を着た魔族が歩いている。

 見た目だと肌が少々青白い以外はただの可愛いお嬢さんだが、そこは泣く子も黙る魔王城、大人の襟を掴んで片手で持ち上げてしまうぐらいの事はできる。その証拠に水一杯のバケツを片腕で軽々とぶら下げて歩く動きには微塵ほどの力みも見えない。その辺り、魔族というのはまことに荒事向きの種族と言える。

 だがしかし、廊下の向こうから聞こえた暢気そうな声に、メイドさんは一瞬体を硬直させた。



「はー、魔王城はやはり豪華ですねぇ」



 件の襲撃者はあろう事か、無防備にも廊下のド真ん中をテクテクと歩いていた。


 その横を歩き、あれこれ話を聞いている幼女は今や魔王城で最も注目されている人物であろう。流れるような銀髪は魔界の闇の中でもなお微かに蛍光を放ち、顔立ちも魔王が一目惚れとしたという奥方様によく似ていながらもそれを邪魔しない程度に父親の雰囲気が入っている。

 単に外面がいいだけだと女子の間で総スカンの目標であるが、気品溢れる歩き方は身に付けるための厳しい躾が伺えた。瞳に溢れる知性は彼女が見た目通りの幼女ではない事を示している。見る方が顔を赤らめてしまうほど可愛らしく恥じらう姿を見ていなければ、年の行ったヴァンパイアと間違えられてもおかしくはない。


 ――ああん、お嬢様ラブリー!


 あまりにも身分が違いすぎて嫉妬の意味がないというのもあるのだろう。本日初公開であるのにも係わらず、魔王令嬢の御姿はガッチリと魔族達の心を掴んでしまっていた。


 魔族の寿命は長い、先立たれた後に後妻を娶るのはそう珍しくもない。

 しかし噂によると、実は魔王城でもイケメン度が高め、かつ外見年齢人族で三十代そこそこの魔王タッカート様は、成長すれば魔族版かぐや姫というか、八つ裂きにしまくっても間に合わないほど男が寄ってきてるであろう愛娘がちゃんとしたお相手の元にお嫁に行くまで、再び身を落ち着かせるつもりはないらしい。


 麗人の塔にいる人物と使い魔を思い出せばどこから出てきたんだとツッコミたくなるような怪情報だが、何故か疑う者は皆無であった。

 てゆーかそこまで美人なら結婚後も言い寄られまくるだろうがねーちゃん達――地球でもたまに聞く話ではあるが、ストーカーに旦那が刺されかねない。

 まあ幸いというかなんというか、この世界には同人誌が無ければそれを持ち込んでくるような不届きな地球人もいなかった。いたとすればどんな十八禁やら相姦やらお耽美な代物が作られて作者ごと八つ裂きにされるかわかったもんではない。


 閑話休題。


 こう言っちゃなんだが、死力を尽くした魔剣にアレを迫られたのが初デビューである幼女の評判ではない。本人が知ればえええー、ちょっと待ってくれ、何のか知らんが補正が効きすぎにも程がある、と思わず唖然としてしまうほどの評価であった。

 まあ、その半分は敵には容赦ないがなんだかんだ言って身内には人気のある魔王と、魔王城の女達の上に立つアルケニーのせいであるのだが、残り半分はまあ、本人の見た目とその他色々であろう。


 そんなのと歩いていて見つからない訳がなかった。


 しかもお嬢様を人質にしているのかと思えば丸腰である、ダガーの一本も持っていない。身に着けた鎧も先導するリビングアーマーっぽいのと比べるまでなくみすぼらしい。観察するような目の幼女と違い、お上りさんのように魔王城の内装を眺めている姿は、さながら可愛い親戚の子供を連れて観光に来たお兄さん(21歳♂、自宅警備員)のようであった。


 お前のような勇者がいるか。


「セルビア王国は違うのですか?」


 ベリルがうながすとシフォンは雄弁を再開した。


「ええ、王家は質実剛健をモットーとするので……中央国家同盟の王宮はこれに勝るとも劣らない豪華絢爛ぶりとの話ですが、我らが王は……」


 あーだこーだ、節制がどうのとか清貧が剣をなんだとか。

 つまり貧乏なんですね、とベリルは口にも顔にも出さない、大人なのである。尚も熱心に続くセルビア王国の話も聞き流している。

 舌がフル回転している本人には悪いが既に三周目なのだ、関心を寄せている振りをしているだけマシだと思って欲しい。

 その代わり、彼女の目は廊下の向こうで回れ右したメイドの姿を見逃さなかった。


 ――なるほど。


 推測通りだった。恐らくは魔王(パパ)かシラ――もしくは両方からの命令があるのだろう。

 道理でベリル=メル=タッカートとしての5年間、シラと魔王以外の魔族と話した記憶がない訳だ。


 スケルトンナイトは馴れ初めが先日のあれであるし、そもそも喋る舌を持たない。誕生日のディナーでも給仕は家族同然のアルケニーがいるだけで、基本的には父娘水入らずだったのである。

 というかこの髑髏、一体どこで考えてるんだろうか、骨?


 考え事をしていればあっと言う間だった。

 気が付けば魔王城の裏口に出ており、そこには森が広がっていた。


 帰りは大丈夫なのかと聞けば、シフォンは魔王城の近くの森に荷物と馬を隠していたらしい。

 熱弁で自分の国の素晴らしさを知って貰えたと思った騎士は、予想通り再びベリルをセルビア王国に誘って一蹴され、相手がスケルトンだと知らずに全身鎧の騎士と別れの礼を交わしていた、正に知らぬが仏である。


 未練がましく振り返る落ち武者の後ろ姿が消えるまでベリルはそこにいた。

 生え茂る木々に、目が釘付けになっていた。



 魔王城のとある事情通がしたり顔で語った内容によれば、件の騎士はただ捨て置かれただけでなく、魔王様の指示を受けたご息女によって籠絡され、間諜として人族の国に戻されたという。


 真実は、本人達のみ知る。

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