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眠らない男

 麗人の塔ではない、魔王城とは離れた人界。

 それでもこれだけは譲れないと言わんばかりにシラ(世話役)が用意した天蓋付きベッドの中で、


 ――あの好き勝手な鬼畜(勇者)のどこが良かったの?


 腰だけに毛布を被りながら、寝返りを一つ打つ。

 それでも寒くはなかった。勇者の作り出した巨大な氷の棺や電気代を馬鹿食いするクーラーよりも、魔道具学を駆使したエアコンは快適でムラがない。


 ベリルが思い返すのは二年前も以上の事だった。うだるような真夏の人界で、馬を早駆けさせながら生暖かい風を二人で浴びていた――その時はまだ、暑さにうなされながらこの誘拐犯を馬から突き落としてやれば如何に爽快か、みたいな事を考えてたはずだ。


 それが変わったのは何時からだろうか。


 如何にこの半年、思考停止してただ持ち駒を動かしていたのかがわかる――なるほど、今のベリルは傍から見たら失恋して自棄っぱちになった娘のそれだ。


 そして失うというのは、それが確かにあったという証拠でもある。


 これが凡百の小僧小娘だったなら、ほっといて頭を冷やすまで傍観するという選択肢が周囲にとって最善なのだが――ベリルとヴォルグ、事実上の魔王と勇者の関係を放置しておく道理がないのは、両界と事情に精通した闇の巫女の反応を見れば明らかだ。

 時間が経つにつれ、魔王城にビルが建った時以上の大騒ぎになるのは自明の理だからだ。

 となると、ベリルと勇者の取り得る行動を明白にしておくというのは、間違いなく全世界の優先事項である。


 うへえ、である――何が悲しゅうて個人レベルの色恋沙汰をそこまで拡大されなければならないのだ。


 うー、と唸りながら、ベリルはおばあさまに締りが足りないと言われた両足ごと抱きまくらに巻き付く。


 もう一回整理してみよう。


 事の起こりは勇者の一族がベリルに目を付けた事から始まる。

 これについては非常にわかりやすい。ベリルが一代で発展させた魔道具学は、この面の先駆である勇者にとっての商売敵だからだ。

 崖っぷちの人族を支える勇者にとって、自分たちの飯の種を探られるのはクリティカルな事項だからだ。なんかすごい使えるモビルスーツで一方的にボコってた連邦が、もっとすごいガン◯ムを開発しているのを、日本とドイツを足して願望で割った独立コロニーが破壊しようとしたのと同じ事である。

 恐らくは数千年の間、似たような事が何度も繰り返されたのだろう


 んでもってロリコンが高じて弟に毒殺されて、今や魔王城の墓場に眠るペド兄の方も――元男としては非常にアレだが気持ちはわかる。

 勇者の力を保つという事を建前に個人的な変態欲望を満たすというのは、女子高生をホテルに連れ込むのをゴシップ誌にスッパ抜かれて人生相談だと言い訳する政客とどこが違うのか、という事だ。

 とどのつまり、ディーク=ブラウン(前代勇者)は人間として正しく歪んでいた――前後一貫しているのだ。


 その一方、(現役)の方は――


 ベリルはガバッと身を起こした。


 ここまで考えて、おばあさま――ひいては闇の巫女の一族の意図がわかったのだ。

 歴代最強の魔王をボコりながらも前例を破って殺さず、女目当てかと思えば知識を仕込み、世界を教えるだけでいいのに心を寄せ、手に入れたと思えばアッサリ手放すような、若き――魔族から見れば幼いとしか言いようがない人族のトップ。

 矛盾だらけだった。人間として――そして世界の半分を司り、時には魔界にも手を伸ばすような黒幕としても。筋が通ってないのだ。


 一連の出来事を外から眺めている方からすると、勇者・ヴォルグ=ブラウンとは、ピースも絵も合わないパズルだ。何を考えているのか理解できないのだ。

 それが門前の小僧ならげんこつの一つでも落として無視すればいいだろう――しかしヴォルグはそういうレベルにいない。危険なのだ。


 そしてベリルは勇者に近い所にいた――下手をすると、世界の誰よりも。

 だから闇の巫女は一度は勇者の傍らにいた事のある、魔族の姫君にこう言ってきたのだ。


 今や魔王の座にあと一歩の所までいるベリル=メル=タッカートは、どうしてヴォルグ=ブラウンの仕打ちを許したのか。

 奴の価値を証明せよ。

 


 アホらしい、何で私がそんな事せなきゃならんのだ。

 正直にそう思った。


 あいつはもう、過去の男なのだ。ベリルにとっては自分を女にした人物、それ以上でもそれ以下でもない、はずだ。


 毛布を頭から被って枕に顔を埋めて何度も寝返りを打ち、ベッドの上で探るように両手を動かしてから気付く。


 ベリルの身辺には、あいつとの関係がかつてあったという証拠が何もない。

 よくある話のように、男が女に贈るブローチ一つすらない。


 少々グチャグチャになったシーツから身を起こし、ベリルは二階にある寝室の窓を両手で押し広げる。


 空気汚染を知らない人界の夜空。織姫と彦星が異世界に転生してきたと言われても説得力が十分な天の川が広がっていた。一日の境目を跨いでもなお空に留まる三日月も見える。


 そしておばあさまが失恋したと評した別れの日以来、ベリルの中で密かにぐつぐつと煮え滾ってたそれは、この瞬間、臨界点を迎えたのである。


     ※


 長き千年の時を生きる魔族からすると、人族の寿命はまるで人界の犬か猫みたいに見えるだろう。

 短い生の間で何かを成そうとする人族に言わせれば、ダラダラと生きる魔族は冒涜そのものだ。

 しかしそんな意見も、千年以上も世界を停滞させた一族が言うと笑止千万である。



 魔王城から三日歩いた場所。ある部屋の中。

 あいつは何時寝てるんだ――そう噂になっているらしい。しかし同僚達も、青年が本当に一睡もしていないとは思わないだろう。

 まばたきもせず、リベールという称している青年は書類に目を通し続けていた。


 常人なら疲れた目を閉じて眉間を揉むタイミングで、机に置いた魔導レコーダーに指をやる――肌身離さず持ち歩いているカートリッジの入ったそれは、決して他の人間の目に触れる事はない。

 魔導レコーダーは魔力源たるマジックチャージャーを差し込んでいないにも関わらず、記録された映像を暗闇の中に浮かび上がらせた。

 それは本人すらも気付いていない珠玉のスナップショットだった――人界に連れ去られた魔族の少女が、台風のような養母に取り寄せた髪飾りを付けられていた。世に二とない美貌の上では、期待と不安がない混ぜになっている。


 青年は表情の一つも変えずにそれを眺めていたが、数秒でそれを閉じた。

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