伏魔殿の虐殺
「勇者ヴォルグよ、おもてを上げよ」
「はっ」
「連れの者もおもてを上げるが良い」
そう言われて、ヴォルグの傍で跪いていたベリルは初めて顔を上げる。
うわー、コッテコテ。
玉座の上ではもっこりパンツに赤い靴の、よく考えれば元祖ガ◯ダムにも通ずる悪夢のような恰好をしたような王様。両側には槍を持った、トランプに出てくるような近衛兵。そこから更に左右には、でっぷり太った豚とむっつりとしたガリガリ君の対称的な凸凹コンビ。ズラーと並んだ貴族達が驚いた顔でベリルを見ていた。
息を飲んでいる。
ふははははは、そうだろうそうだろう。自分で言うのもなんだが、超絶美少女なのである、可憐なのだ。清楚な白いドレスで当社比百パーセント中の百パーセントである。今のベリル=メル=タッカートよりお姫様お姫様している女は人界魔界合わせてもそうはいない。
うわ、あの豚みたいなのが鼻息も荒くこっちをガン見してる、どっかの性犯罪者を彷彿とするような血眼っぷりだ。
虚しくなったので元青年は考えるのを止めた。
が、ガン◯ムもどきはベリルの完璧にお姫様っぷりに全く動じなかった。流石は一国の王である、そんじょそこらの貴族とは貫禄が違う。
「ほう、これは人の身であるとも思えぬような美姫よ」
正解、魔族です、魔族なんです。
「余はベオヴーフ国王、オーデン=トーフ=ダコハペンである――姫の名はなんと?」
おでん。豆腐。大根。はんぺん。
さんかくしかくまる。
ぶほっ。
なんだこれは、何の陰謀だ――元青年は恐らく三十年余りの人生で、最大の努力を払って吹き出しそうになるのを堪える。
9割くらいは我慢できた、しかし残りの1割がいい感じの微笑みを作り出したのは怪我の功名か棚からぼたもちであった。王様が眩しそうに目を細める。結果が良ければ全てよかろうなのだ、うん。
「ベリルと申します」
「家と国は?」
元青年は地球地球魔王城魔王城……と心のなかで十回念じる。
湧き上がった郷愁でお約束の、ベリルは切なげな儚げな表情を作る。目を伏せる――現状、演技と本気の比率は7対3と言った所。
「ここより遙か遠き祖国は魔族により滅びました、もはや亡き王家の姓が意味を持つ事も――」
――ありません。
最後の方を立ち消えにするのがポイントである――あながち間違ってもいない亡国の王女を演じたベリルに、周りの貴族から同情の視線が集まる。こういう時、外面がいいというのは得だ。ここにいるのがひげもじゃの落ち武者もどきだったらこうは行かない。だがギラギラした目を俺から離さない豚、てめーは駄目だ。
「そうか、辛い事を思い出させたな……近衛兵!」
ここに、と玉座の間の出入り口に立っていた兵士が礼をする。
「教導騎士団長、シフォン=レア=レイバックを呼べ」
え。
魔王城より遙か遠い人界の奥深くである、こんな所に人族の知り合いなどいるはずもない――しかしケーキみたいなその名前は、確かに記憶の端っこにこびり付いていた。
誰だっけ。
そして近場に控えていたのだろう――程なくして現れたその人物を見て、ベリルは最大限の猫を被って心のなかで叫びを上げた。
あああああああああああああ――――――――――!
魔王様に指一本でダウン。おもらし仲間。辺境の脳筋王国。ランスロットに連れられて魔王城から逃げ帰った。
あれから8年。
股間を濡らした落ち武者だったのが、今や豪勢にグレードアップした鎧を包んでいた。ハンサムな細面は精悍さを増して、いい感じにワイルドな無精髭を生やしている。
辺境王国の騎士だったシフォン=レア=レイバックは勇者と同じく、王様の前で帯剣を許されていた。跪いている勇者とは違い、立ったままだった。拳を顔の前に持って行き、ビシッと礼を取る。
「王よ、お呼びでしょうか」
「うむ、貴公はかつて魔王の前から生還した、数少ない騎士であるな」
「はっ、恥ずかしながら生き恥を晒しております」
「謙遜であるな……そこのベリルなる姫に見覚えは?」
シフォンは目を閉じた、在りし日の出来事が瞼の裏に去来する。
「……命の恩人でございます」
おお、なんというめぐり合わせか――どよめく貴族達、流石に感嘆の声を漏らす王様。
「……確かか?」
「我が剣に誓って」
即答だった。鞘に入れたままの剣を目の前に持って行き、シフォンはビシリと剣の銘を詠んだ。
あっぶねー!
表向きは平然としながら、ベリルは内心で冷や汗をダラダラ流す。
シフォンの前で偽名なんぞを名乗っていたら、今頃はアウトだったかもしれない。
その間にもシフォンと王様の会話は続く。
「王よ、発言をお許しください」
「許す、申してみよ」
「ベリル姫には身寄りがいませぬ――ひいては我がレイバック家がその後ろ盾となり、昔時の恩義に報いたいと思います」
えーと、つまりこのケーキ騎士はベリルを養女として迎えると言っているのですね。流石に嫁に来いという空気の読めない意味ではないだろう。
「よかろう――」
「僭越ながら、お待ちください、王よ」
豚が一歩前に出る。ようやくベリルから視線を外してくれた。
が、その代わり、とんでもない事を言い出す。
「まだベリル姫は魔族でない証を立てておりませぬ、その首の模様は何でございましょうか?」
なるほど、先ほどの視線は隷属の魔導式が入ったベリルのうなじをガン見していたらしい。
魂胆が見え見えであった――つまりは牢獄に繋いでエロゲでげへへへへである。ひょっとしてそういう事が可能な役職についているのかもしれない。
「ふむ、そうであるな、ヴォルグよ、何か申し開きはあるか?」
「――魔王城から逃亡を防ぐための烙印でございます、既に解呪は済んでおる故、見た目以外に影響はございません」
逆!逆!どっかの国のマスゴミも真っ青な事実歪曲っぷりに、内心のツッコミが止まらない。
「そうか、では証の儀を先に済ませておこう」
王様がガリガリ君に目配せする。ベリルの前に、原石を切り出したような水晶が差し出された。
「姫君、これを」
ベリルの前にしゃがみこむ時でさえ、ガリガリ君は無表情だった。こ、こええ。
受け取った水晶の形には見覚えがあった。十歳の誕生日にどっかの商人から贈られたそれは、魔王城の主がいなくなった今では誰にも顧みられる事なく、魔王城の倉庫の一隅でホコリを被っているだろう。
全く変化のない水晶を返すと、周りの貴族達が若干一名を除いてほっとしたような雰囲気。ほほう、これが証の儀ですか。つまりこれでわたくしが魔族ではないと証明できるのですね。
魔族とは魔法を使える種族の総称だ、魔法を使うには魔力を放出する能力が必要である。
つまり、これは魔力を探査する代物だ。
思わずヴォルグの方を見る、どっかの商人であった勇者は軽く微笑んで見せる。傍目から見ると不安げな恋人を安心させているように見えるが、実態が違うのは明らかだった。いたずらっ子の光が目の中で閃いていた。
――こ・の・野・郎・!
「うむ、魔族ではないようだな。では姫よ、レイバック卿の申し出に異論はあるか?」
「――いいえ、謹んでお受けします」
ほんの少し思案して、ベリルは答えた。金とコネはある方がいい。万が一ヴォルグに放り出されてもなんとかなる、という保険はありがたかった。
豚が先を越されたような悔しげな表情をしている、うっわー、わかりやすい。
ベリルは内心ほっとする。出来れば紳士的なレイバック家の方にお邪魔したい、とすら思う。しかしベリルを養女にしたいのがケーキだろうが豚だろうが、彼女の身柄を取っていくのを横にいる勇者が許すはずもない。
「では勇者ヴォルグ=ブラウンよ」
「はっ」
「改めてこたびの魔王討伐、大儀であった、中央国家同盟の名の元に褒美を取らせる――何か望みはあるか?」
「恐れながら申しますが、我が身とベリル姫の、王立ベオヴーフ学園への入学をお許しください」
「……それだけで良いのか?」
「我がブラウン家は古より続く勇者の家系――血筋と技さえ残れば、それ以上は使命を鈍らせるだけでございます。姫と私もやむを得ないとは言え、長き間魔界に留まっていた身、人界に戻った今、まずはこちらの常識に馴染むのが先決かと」
いっそいさぎよい欲の無さに、貴族達からの反応は様々だった――感嘆に安堵が大半。性格の歪んだ奴は嫉妬していたりする、豚とか豚とか豚とか。
ちょっと待て、とベリルは思わずストップを入れそうになる。
が、その場の空気がそれを許さなかった――そう、空気だ。勇者に寄り添う姫君なのである、血筋、ヴォルグの言ってる事はつまりは遠回しに、
気付くも時既に遅し。
王様と貴族達の視線は、まるで何かを祝福しているかのように暖かった。
「なるほど、そういう事か――学園を卒業し、婚礼の儀の暁には申するがよい、中央国家同盟を挙げて祝おうではないか」
「身に余る光栄であります」
いやいやいやいやいや待て待て待て待て待て待ってっつってんだろうが!
いつの間にかお嫁に行かされる事になっていた。焦りながらも何ら有効なアクションを起こせないベリルの前で、王様がまるで処刑の判決を下すように締め括る。
「慎み深きも功労あるヴォルグ=ブラウンには王家の名の元に、別に褒美を取らせよう。では三者とも退出するがよい、ベリル姫の美しき花嫁姿、余も楽しみにしておるぞ」
ぼーぜん。
ヴォルグに肩を抱かれて、ベリルは逃げ出すように玉座の間を後にする。
流石に肝が冷えたよ。
ベリルだけに聞こえるように、勇者が呟く。
野郎ぶっ殺す。
おでん