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囚われの奥様

 魔王・ベルセルク=フォン=タッカートが転落した日。


 一点に絞り込まれたエアストライクの精確な狙撃が、ベリルの前を歩いていた勇者に激突した――ように見えた。


 パリーンとガラスの割れたような音にエコーがかかる。クロワッサンのように幾重にも並べられた無数の薄いプロテクション(防御結界)は空気の塊に一気に砕かれ――しかし最終的には使用者を無傷のまま守り抜いた。


「天狗族か」


 狙撃を受けた少年の言葉は、攻撃を受けたとは思えないほど淡々としている。

 軽く伸ばした人差し指で円を描き、初弾が飛んできた方向に向ける。

 真上から、次弾が飛んできた。

 しかしまたもや貼り直したプロテクションに阻まれる、頭上に少年が人差し指を向けた途端、飛んできた狙撃を何発にも増やしたようなのが、轟音を立てて真上に飛んで行く。

 空の上で、腕を交差させた天狗が明後日の方向に吹っ飛んで行った。


「ジョルジュ様!」


 思わず叫んだベリルに勇者は笑ってみせた。


「大丈夫だよ、多分死んじゃいない、しばらくは動けないだろうけど――婚約者かい?」

「違います!」


 冗談にもならない。射殺すような視線を向けるベリルに、リベールは肩を竦めて見せる。


 ベリルにも理屈はわかる――天狗族の得意魔法は風だ。日頃から同族で訓練を繰り返す彼らが防ぐのを得意としているのもまた同じ風である。生半可ではない風の魔法をぶつけられても、少なくとも命が取られる心配は少ない。


 驚くべきは魔法を使うプロセスだった。軽いジェスチャーと――恐らくはイメージを加えただけで、目の前の少年は魔法を使ってみせたのだ。ベリルはそんなものを知らない、バイアンに聞けば恐らく概念ぐらいは知っているだろうが、そのリッチは今ここにいない。


 ベリルが置いてきた。

 目の前の、未知の概念で魔法を駆使する勇者に命令されて。


 首に定着したそれは刻み込んだ者を隷属させるための魔導式だった、恐らく使い魔の召喚魔法を利用したそれは、ベリルを少年の言う事に逆らえないようにさせていた。自由は効く、しかし一旦少年の言葉を聞いたり逃げようと考えたりすると、気が付けば彼の言う事に従ったり、体が動かなくなっていた。

 かつてベリルは似たようなアイディアを思いついた事がある。

 しかし生きた者を好きなようにするぐらいなら、死体から情報を取ったりネクロマンシー(操屍術)でスケルトンにした方がまだマシだった。

 よって非人道という地球の文化らしい考えの元に、元青年が破棄している。


 勇者を阻む者は、ジョルジュで最後となった。

 森の奥では、何時か聞いたように馬が繋がれている。リベールは鞍の横に下げられた荷物をゴソゴソと漁り、


「さて、と、脱いでくれないかな?」


 とんでもない事を言い出す。

 思考が停止したベリルの両手が、他人のもののようにコルセットドレスの背中の紐を解きにかかる。


「あ、ごめん、その木の陰でいいよ、全部脱いで、手伝うから」


 手伝ってもらってたまるかー!

 しかし心中の絶叫とは裏腹に、クルリと向けた背中の紐をリベールは鼻歌混じりで外す。


「これで良し、あっちで脱ぎ終わったら見せてね」


 死んでやる。

 そう考えた途端に体の動きが鈍くなった、恐らくは舌を噛み切ろうとしてもアゴが止まるだろう。

 その間にも体はリベールの前で服を脱ぎ始めている。慌てて木の陰に隠れ、ベリルの脱いだドレスが地面に落ちる。

 うあー、勿体ない、土で汚れる高級ドレスを惜しむくらいに余裕ができている事に、少女は気付いた。

 これが古臭いAVの如く野外羞恥プレイで青カン――と言うには空は薄暗いが――というのなら泣き叫んでいた所である。しかしリベールの意図は、どうやらそんな即物で享楽的なものではないらしい。

 落ちたブラジャーが地面に軽い音を立てた。ハラリと、解けた紐パンが足を伝う。

 生まれたままの姿、つまりすっぽんぽんになったベリルは、両手で要所を隠しながら、おそるおそる木の陰から出る。その仕草が余計扇情的な事に本人は気付いていない。


「はい、その場でクルリと回って」


 ――野郎!


 ここまで来ればリベールの目的がベリルの裸を見る――少なくともそれだけではないと気付く。


 勇者の流儀を思い出す。

 魔王城から持ってきた物を、全てベリルに捨てさせるつもりなのだ。

 思わず感心してしまうような念の入りようだったが、腹が立つのは変わらない。股間に当てた手を太ももで挟み込み、お尻に力を入れながら、ベリルは可能な限り素早く体を回す。

 再び正面を向く。リベールが用意していた服を差し出し、目を閉じる。


「はい、これを着て」


 受け取る片手は胸のか、それとも股のか――どちらかを選べと言われれば前者だ。それでも体を晒しながら手を伸ばして服を受け取るのは、清水の舞台から飛び降りるほどの勇気が必要だった。


 薄目になってないだろうな。


 半ばやけっぱちになりながら、ベリルは目を閉じた少年の前で着替える――どうせこいつが見ようとしたら、自分には抵抗できないのだ。


「もういい?」

「まだ!目開かないで!」


 幸いにして、人界でもノーパンは絶滅したらしい。人族の希望である勇者の用意した紐パンを、ベリルは腰に括りつける。腹ただしい事にサイズはピッタリだった。

 リベールに引っ張られて乗馬する。脱ぎ捨てた下着が誰にも発見されないのを、ベリルは思わず祈った。下着泥棒に怯えるOLの気持ちを、元青年が言葉でなく心で理解した瞬間であった。


    ※


 ベリルは目を開いた。

 夢――じゃなかった。

 目の前には見慣れない、木張りの天井。

 しかしよく見慣れた、魔界特有の薄暗い空間。


「…………~~~~~~~~~~~!!!!!」


 勇者に拉致られた時の事を思い出してしまい、ベリルはベッドの上で悶絶した。


 ギイイイイ――そんなベリルの前で、部屋の扉が開く。


「どうだい、奥さん、ご気分は?」


 一瞬、反応の遅れた彼女を誰が責められようか。

 背が低く、恰幅のいいドワーフのおかみは机の上に木製のトレイを置き、硬直したままのベリルに顔を近付かせて、心配げな声を出した。


「大丈夫かい? 頭がクラクラするのなら言うんだよ」


 はっ。


「あ……だ、大丈夫です」


 プシュー。

 真っ赤になった少女を、おかみは温かく見守っていた。


 ――初々しいねぇ。


 本人が聞いたら死にたくなるような感想を抱く。


 違うのである。

 ベリルがオーバーヒートしているのは、奥さん呼ばわれされたせいではないのだ。

 旅の途中で来てしまったのである。

 見知らぬ第三者にアレの事を言及されるのは、存外恥ずかしい事をベリルは知った。地球の業者が親を売り払っても手に入れたがりそうな魔法のナプキンが懐かしかった。


 真っ赤に染まった紐パンを前に、流石の勇者もお手上げだったらしい。

 慌てて近場で宿を取った後、シーツを敷いたベッドの上で、ベリルは初めての時のように絶対安静になっていた。


 設定上は、旅の途中で不運にもアレが来た、新婚旅行中の夫婦という事なのである――宿を取る時にマスターがすごく羨ましそうな顔で、リベールの顔を見ていたのを覚えている。


 それにしても、アレが来て助かったのは確かだ。

 追跡の目に付かないようにするためか――勇者と魔王の娘、二人だけの旅は野営上等の、元文明っ子・現お嬢様にはなかなか過酷なものだったのだ。

 流石に焚き火の番をしろだとかは命令されなかったが、虫が寝袋の横を這いまわっていたりしたせいで、昼間、馬の上で居眠りをする事もしばしばだったのである。


 宿屋の中で、久々の風呂にも入れた。


 俯いたベリルの前に、おかみはドロドロのミルク粥を差し出す。


「もうすぐしたら旦那さんが戻ってくるよ。それまでにこれを食べときなさい」


 ――おまわりさん、その旦那です。


 言えない、まさかそいつが誘拐犯だなんて。

 しかし言おうとしても舌が動かないだろう。今のベリルには、木製の大きいスプーンで粥を掬い、フーフーと息を吹きかけるのが関の山だ。

 それに――仮に隷属させられていなくとも、ベリルが誰かに本当の事を言った途端、あの勇者はその誰かを消しにかかるだろう。


 では書くのはどうか、これもダメだった。

 動機から縛り、拡大解釈を許さない――そういう意味では、今のベリルは旦那様(リベール)の使い魔も同然だ。


 くっそー。

 あの猫被り野郎、どういうつもりだ。

 ふーふーとミルク粥で体を温めながら、元青年は自分を拉致したリベールの意図を考える。

 ベリルが辛うじてまだ勇者に殺意を覚えていないのは――極端な話、彼女に喜ぶ演技をさせながら犯し殺す事すらできるのに、彼がそれをしなかったからだ。


 それと、もう一つ。

 親父、どうしてるかな。


 ベリルが玉座の間に到着した時点で、パパは魔王としての力を失っていた。魔力を失ったと言っても命まで無くなるという事はない――完全に元に戻す事は難しいだろうが。

 そして勇者は、ベルセルク(魔王)にトドメをささなかった。

 徹底的な隠蔽工作をする事をモットーとする勇者らしくない、とベリルは思う――何しろ、魔王城の誰もが気付かない内に王手をかけられていたあの状況で、勇者の情報を最も持っていたのは当の魔王(お父)様のはずなのだ。


 あちちっ、油断した隙に、ベリルは唇を軽く火傷する。


 あ。

 ここでベリルは気付いた。

 ゾワワッと、背筋に冷気が這い上がる。


 衆目の中、お父様の目の前でキスをされた理由。

 あれはひょっとして少なくとも非道な扱いはしない、と周囲に思わせるためのポーズだったのだろうか。

 しかし思い直す。仮にそうだとして、ベリルを女として扱う意味であるそれは、何ら貞操を保証する訳ではないのだ。

 

 そこまで考えた所で、元凶が扉を開いて姿を現した。


「おはよう、気分はどう?」


 最悪だよこの野郎。


 あ、おかみ、待って、お願いだから。

 あとはお若い二人でおほほほほ、とお見合いババアのような顔で席を立たないで。


 バタン。

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