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新しき魔王

 魔王タッカート、勇者に討たれる。


 そのニュースは瞬く間に魔王城とその周辺を駆け巡る事となった。

 各部族の城や城下町に置いていた下っ端が慌てて本拠地へと早馬を走らせ、報告が魔界の隅から隅まで染み渡るまで僅か一ヶ月。


 その噂を聞きつけた誰かが呟いた――魔王の一人娘・ベリル=メル=タッカートはどうなったのだ。


 どこへ消えた?

 魔王と共に討たれた。勇者にさらわれた。ショックを受けて寝たきりである。自ら城を去った――いずれも憶測の域を出ないが、確かな情報が一つらしい。


 魔王城にツテのある者曰く、姫君は城内にいない。

 歴代最強の魔王その者が倒れた今でさえ、魔王と闇の巫女、由緒正しき血統を持つ当代きっての美姫である――血統は申し分なく、手に入れれば箔が付く。何より美貌・教養共に伴侶として申し分がない。各部族から密かに出された捜索隊は、数ヶ月かけて血眼で魔界をシラミ潰しにする。


 それでも姫君の消息は、杳として知れなかった



 その一方で、魔界の各地で魔王城に向かった無数の魔族がいた。

 目指すは魔王城、その空席となった玉座。

 ここに一人の魔族がいる。仮にその名をチェイニー・モフグフ(仮)とする、本名じゃないのは彼がこれから遭う目は正にやられモブのそれであり――彼の行く先は魔王城の隅っこ、巨大な魔除けの金属棒が立つ死体捨て場だからである。ぶっちゃけ名前などどうでもいいのだ。


 チェイニーはそこそこ強大な魔族だった。彼の出身は一年四季中、快適で過ごしやすい、魔界でも有名な避暑地である。つまりチェイニーはかなりしょうもない縄張りを持つ妖精族であり、長老格の三女の次男として生まれた。


 しかしそれ以上しょーもない事にチェイニーはそのまましょうもない縄張りの次世代でいる事に疑問を覚えてしまった。たまたま三度のメシより修行が好きな某ドラ◯ンボールの主人公のような性格な上に、同族でも一際強かった彼は魔王が倒れたニュースを好事者から聞きつけると、取るものもとりあえず、魔王城へと単身出発する事となる。


 家族と知人以外で、チェイニーを止める者はいなかった。

 彼らの思惑はこうだ――チェイニーは多分死ぬだろう、しかし所詮は長老格の三女の次男である、価値は低い。が、万が一にも玉座に着く事があれば、妖精族は久々に魔王を輩出した部族として、周囲の尊敬と貢物を集める事となる。そうなればめっけもんである。

 同じ目的や経緯で魔王城の周囲を伺っていたオークやゴブリン族をチェイニーは血祭りに上げた、行儀よく血のプリンにして魔力を取り込む。その後、魔王城に入り込んだチェイニーは今までとは段違いのヴァンパイアと遭遇した。死闘の末に色々と貪り食って増々強大になったのである。


 玉座は目の前だった。

 その前で地面に剣をつく番人さえいなければ。


 番人は見るも見事な作りの全身鎧だった。一日中様子を伺っていても微動だにしなかったので、ただのこけおどしの置き物だと思うほどだ。

 が、その周囲に散らばっている手とか足やら色々な魔族のパーツがその予想を裏切っていた。


 しかし魔王の座は、すぐ手の届く所にあった。

 意を決して玉座の間に踏み込んだチェイニーは知らなかった――その全身鎧は魔界の名工、サス=カガタが生涯を賭けて打ち上げた滅びの鎧である事を。武器庫でくすぶっていたそれを魔王お抱えの大魔導師がなんとか動けるように仕立てあげ、更に才女として名高いベリル=メル=タッカートが魔王級の魔力を注ぎ込んだいわくつきのリビングアーマーなのだ。


 チェイニーは知らなかった――自分が立ち向かったそれは、勇者に討たれたとは言え歴代最強である事に揺るぎはない前代魔王タッカートの一閃を、そよ風のように耐えうる事を。


 チェイニーは最後まで気付かなかった――空間すら悲鳴を上げたる豪剣の一閃で、頭蓋骨のど真ん中から股の間まで縦に真っ二つにされるその瞬間まで、自分が魔王に匹敵する存在に喧嘩を売ってしまった事を。

 ヒュンと風切り音を立てて、リビングアーマーは剣を振ってこびりついた肉片と血糊を振り払う。


 そしてヒョコリと、掃除道具と桶を背負った魔族が玉座の間に顔を出した。


 ――おおう、散らかっておるな。


 前代の魔王タッカート(八つ裂き)を彷彿とするような――しかしそれより遙かに範囲の広いぐっちゃんぐっちゃん具合に掃除係は思わず仰け反ってしまった。


 しかし何時までも汚くなったままにしては掃除係の職位がすたる。魔王城の死体を片付けて三百年。お片づけは仕事ではない、人生であった。

 掃除係が玉座の間に入り込んでも全身鎧はうんともすんとも言わなかった。

 その散らかし具合に文句を言う度胸は掃除係にない。

 今や魔王城でも有数の凶悪さを誇る滅びの鎧は、どう見ても荒れていたのである。



 そして、工房の方向はうるさかった。


『この魔力を出したのは誰だー!?』


 どっかのグルメ親父の如く、ソウルイーターは手に持ったマジックチャージャーを放り出した。兜の中に接続していた黒いストローみたいなのをペッと吐き出す。


 その横では図体に合わせたおやつを見据えたまま、黒いフェンリル(魔狼)がクーンと小さく鳴いている。不本意そうに一口咥え込んでガジガジとやり、やっぱ不味かったので地面に置く。

 ソウルイーターは机をバンバン。


『渋いよー、不味いよー、主のが飲みたいよー!』

『ええい、うるさい、静かにせんか!』


 魔導レコーダーの映し出す画像に、魔導式を描き込んでいたリッチは骨ばったというか骨そのもの手を横に振り払う。


『ベリル様のは一週間に一回じゃ、明後日になるまで待っとれ!』

『爺さんの魔力は不味いんだよ!』

『贅沢言うぐらいなら飲むな、というか貴様は自分で摂れるだろうが!その魔剣は飾りか!?』

『えー、雑魚の魔力なんかもっと不味いよー』

『数百年も暴れ回っておいてどの口が言うか貴様は!』

『口なんかないよ』

『やかましい!研究の邪魔だ! 黙って大人しくできんのなら適当に周辺で狩りでもしておれ!』


 バッカーン。指向性のあるエアストライクをぶつけられて、獣の鎧が扉の内側から吹き飛ばされた。慣れっこと言わんばかりに微動だにしない門番スケルトンAB。

 立ち上がったリビングアーマーは、溜息でも聞こえそうな動きで肩を落とす。兜をカパッと開き、そこから無造作に大剣を引きぬいた。やる気のない足取りで廊下を歩いて行く。

 工房の中に残っていたロキは、ふてくされたように地面に寝っ転がったままだった。味の抜けたガムのようなおやつをガジガジしている。

 クーン、と、今はいない主に甘えるような声を出す。


 その夜、狩り尽くされた沈黙が魔王城の周辺に満ちた。



 魔王城に三つの魔物あり。

 玉座の間には滅びの鎧。類なき豪剣の使い手なり。

 神出鬼没なるは獣の鎧。小心者を魂食らいで刈り取る死の使者なり。

 前代魔王の遺産を漁る不届き者は、主を失った無念でリッチと化した大魔導師の逆鱗に触れるであろう。


 やがて歴代の魔王が就位した時と同じように、挑戦者の数は減って行った。

 数ヶ月の間に魔界中にその存在が広まった珍妙な新しき三人の魔王を、魔族達は何時しかトライゴン(三柱)と呼ぶようになった。

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