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策士、策に溺れる

 顔を上げられない。 

 窓を潜った瞬間、ベリルが見たプレア(メイド)の顔は、二足歩行をする子犬でも見たような表情をしていた。

 種族の特徴かそうなるように鍛えこんでいるのか、あまり筋肉モリモリに見えないジョルジュの胸板は、まるで木製のゴーレムかと思うほど硬かった。


 人生初の、お姫様だっこである。

 シラがいなくてよかった。



「全く、何をしておられるのですか」


 頭上からプレアの呆れた声が降りかかるのを、ベリルは枕に顔を埋めて聞いていた。


「言わないでください……」


 そうでなくともダメージは大きいのだ、落ちた崖の上から石を降らせるのは勘弁して欲しい。


(どうやらお姫様の体調がよろしくないようなので、また後日伺います)


 まさか抱き上げられたまま、塔の頂上に飛ばれるとは思っていなかった。

 うー、とベリルはうつ伏せのまま唸る。

 そんな主を、プレアはやれやれと言った感じで眺める。



 ベリルの無茶振りに、サス=カガタとバイアンのコンビが成した仕事は、地球の化学メーカーが知れば喀血してのた打ち回るくらい非の打ちどころがないものだった。

 それを地球の常識に照らし合わせると、それを使っている姿はどう見ても大きい絆創膏を股の間に前貼りしているようにしか見えないが、その性能は恐るべきものだったのだ。


 魔導式を描き込まれた小さな金属プレートが仕込まれているらしい、経血に込められているであろう魔力を利用して成分を分解するというそれは、魔力のオーバーロード対策すら完璧という始末。

 しかもプロトタイプであるそれに満足しそうになったベリルの前で、リッチはこう言い放ったのだ。


『まだ未完成なので、とりあえずは日ごとに交換しなければいけませんなぁ』


 魔法恐るべし。

 特殊な体質であるベリル専用でなければ、これだけで世界の半分が征服できるような代物である。


 そう、ベリルはただ今アレの真っ最中なのである。


 まあ、これに関しては偶然と言う訳でもない、そもそも面会するタイミングを指定したのはベリルだったりする。とりあえずアレがあるならトチ狂って無礼を働こうとしても、その野郎が余程の鬼畜でない限りできないからだ。

 なんか大げさかもしれないが、自分の身分と魅力を十二分に承知しているが故の自衛策である。

 今回の場合、それが裏目に出た。


 貧血気味の時は、突然立ち上がってはいけない事を失念していたのである。元青年は健康体の男であった。予測できるかできないかと言えばどちらも可能性があるとしか言いようがない。かと言ってできなかった事を責められるほどでもない。


 しかし失策ののツケは高くつく事となった。

 フラついたベリルを受け止めた後、ジョルジュは突然背中に翼を生やしたように見えた――小さく折りたたんでいた上に、服の下に隠していたのだ。天狗。今更ながらベリルは事前に確認していた彼のプロフィールを思い出す。

 ベリルを抱き上げて上空に浮き上がった天狗の青年は言うまでもなく目立ちまくった訳で、ベリルが確認しているだけでも口を開いて真上を見上げた庭師やメイドの姿は最低三人いる。


 その結果は考えたくもない――万が一にもないだろうが、噂を聞きつけたグォルン(料理長)が赤飯に準ずる何かを夕飯のメニューに並べてきたら、ベリルは即座に塔の窓から飛び降りる自信がある。


 自分には羞恥プレイの神でも憑いているのだろうか。


 しかし一方で、違和感をも覚えていた。


 それはただのベリル=メル=タッカートでは決して気付けないような、元男としての経験則とでも言うべきものだ。


 天狗族に関してはプロフィールが届いた後、ちゃんと調べてある。魔界においてのそいつらはトレードマークの突き出た鼻や扇子こそないが、背中に生やした一対の翼で空を飛ぶ種族の総称である。

 たかが空を飛べるだけとは侮る無かれ、確か地球でも陸上兵器の華である戦車と戦闘ヘリの戦力比は1:16という恐ろしい数字であったはずだ。生半可な弓では届かないほどの上空から魔法で大軍を吹き飛ばせるそいつらは、魔族屈指の戦闘部族として長らく魔界に鎮座している。飛べるというのはそれほどのアドバンテージなのである。


 ジョルジュ=スパウゼン。当年きって四十六歳。強豪部族の長の、ハンサムで紳士的な年頃の息子。

 申し分のない物件ね、元青年を振った彼女ならそう言うだろう。

 では元青年はどうだったのだろう。ベリルは思い返す。

 状況は若干違うが、クラスで仲良くなった女の子を初めて誘ったデート時。元青年には、他の女に声をかけるような度胸はなかった。

 ガバッと、ベリルは顔を上げる。


「プレア」

「はい、お嬢様」

「あの人についての身辺調査報告、持ってきてください」

「ここに」


 まるでわかっていますよとでも言わんばかりに魔導リーダーを取り出したメイドの声は、呆れるような響きを帯びていた――その姿は本人に言うとつけあがるので言わないが、最近どっかのアルケニーに似てきたような気がする。


    ※


 数日後。

 獣の意匠を凝らしたリビングアーマーが、森の中から魔王城の裏口に現れた。三枚重ねの布団のように担いでいた男たちを、ドサッと裏口の前に放り投げる。


 あとはここ数年で割り当てられるようになった回収係が牢獄にポイだ、生け捕ったそいつらの中にどっかのトチ狂った王族や貴族がいれば身代金が取れるので、会計係からは大いに感謝されている。先日主から褒美のマジックチャージャーを受け賜わったばかりである、この一杯のために生きている感じという奴である。


 ふと、背後にこちらを伺うような気配を感じた。


 振り返り、そちらの方に視線を向けると木の陰に隠れていたそいつがビクッとする。

 敵意はなさそうなので、ソウルイーターは堂々とそいつに近づき、覗き込んだ。


 眠っている黒い子犬を両手に抱いたまま、魔族の少女が彼を見上げてプルプルと震えていた。


 年の頃は主と同じくらいか、彼女ほどではないが可愛らしいと評されるような外見だった。綺麗に染められた服はキチンと洗濯されており、身なりは悪くない。


 ――なんだお前。


 ジーと見下ろしていると言葉も出ないという感じでへたり込んでしまう。

 あ、いけね、久々に骨のある奴等を相手にしたので目玉を出したままだった――見た目の威圧感以上に、相手の動きを止める魅惑(チャーム)が常時発動しているのだ。

 バイザーというよりは、開いた獣の口みたいになっている兜を閉じてソウルイーターはしゃがみ込む。


 首を傾げたリビングアーマー。地面に座り込んで獣の鎧から視線を外せない少女。その間で、くあー、と、漆黒の子犬があくびをした。

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