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春風は突然に

 燃え上がるような髪を、後ろに撫でつけた男だった。

 ゆったりとした貴族服に身を包み、胸ポケットにハンカチなんぞ突っ込んでいる。地球の超有名ロボットであるガン◯ムみたいなもっこりタイツではなく、乗馬パンツなのもまた趣味が良い。しかしこういうのはスタイルに自信がないと悲惨な事になってしまう、髀肉の嘆である。

 そして彼の場合――廊下ですれ違ったメイドさんが振り返り、見せかけではない脚部の筋肉におおー、と仰け反っていたりした。

 魔王城の廊下を我が物のように悠然と歩いていたそいつは、やがて外に出る通路が目に入ると、そちらに足を向ける。


 そこには鎧の騎士が、剣を床に突いて立ちふさがっていた。

 見知った顔だった。

 男が同等の身長である騎士の前に立つと、騎士は無言で一歩横にどける。


 その背後には、庭園が広がっていた。

 よく手入れされた生け垣は巨大迷路というのほどの複雑さではないが、少々入り組んだ構造で中が伺えないようになっている。

 一番奥の区画にお目当ての人物はいた。


「見つけた」


 男の声に、体育座りで芝生に座り込んだベリルは顔を上げる。


「こんにちは、先日はどうも」


 ニッコリと笑って会釈した男に、ベリルはただ一言しか返せなかった。


「……こんにちは」



 事の起こりは、シラの一言から始まった。


「そろそろダンスパートナーを選びましょう」


 まるで湯気立つ紅茶に毒が入っていると言われたように、ベリルは口元に持って行ってたカップをピタリと止めた。

 最近ムラムラも納まってきたし、今日辺りに工房のチートコンビが作った魔導レコーダーのプロトタイプの検分でも、あーそういや周期が正常ならアレがそろそろ来るだろうし、ついでにマジカルなナプキンを工房から取ってこよう、とか考えていた矢先である。


 不意打ちの一発だった。


 これだけではピンと来ない読者も多いとおもわれるので説明しよう。

 我らが主人公、ベリル=メル=タッカートは魔界の王族である。

 例えば地球上の中世ヨーロッパにおける王族などは貴族というよりは大会社の幹部みたいなものだ。その一日は朝食を取りつつ、執事という名の秘書から豚骨スープの如くこってりとしたスケジュールを聞く事から始まる。


 やれ面会だの、やれ会議だの、果てには食事から子供が出来たと思われる(ピー)のタイミングまで記録されているのはどっちが管理者かわかったものではないが、そのために王族というのは贅沢三昧な生活が出来るのだ。古代中国における皇帝に至ってはあの広大な土地における国内総生産(GDP)の、実に7割にも及ぶ富を独占していたという。


 が、幸いというなんというか、魔界における王族は軍隊も真っ青の交換可能なブロック組織ではない。そもそもの魔王(パパ)が、人族の冒険者や王様ごっこがやりたい魔族の中二病人を、待ち構えて八つ裂きにする核弾頭兼天皇兼漬物石なのである。その娘であるベリルの役割も力こそが正義という魔族の価値観に準ずる。


 即ち、力のある者を夫とし、力のある子供を生め。


 ひでぇ話だと思うかもしれないが、実は言い方が悪いだけで皆やっている事だった。

 古今東西地球異世界にかかわらず、玉の輿や逆玉が悪い言葉ではないように、パートナーは金持ちであるほどいい。医者や弁護士がモテたり、どう見ても大会社の成金ヒヒ爺がいきなりモデルと結婚するというのはそういう事である。

 子供に関しても同様だ、医者がわざわざ高い金を出してボンクラ息子を駅弁医学院に入れたり、金持ちの奥様がしばしばモンスターと見分けがつかない教育ママと化すのも、それが全てではないにしろ、経済力を付けて欲しいからなのである。

 いや、そもそも科学が極まった地球でも経済力は技術力、ひいては軍事力とかなりの相関を示している。軍事力で周辺国から金を脅し取り、その金で軍事力を強化する自転車操業の果て、カラクリがバレて破綻寸前というデタラメな国もあるくらいなのだ。


 ここで一つの言葉を思い出してみよう。



 魔法は、充分に発達した科学技術と見分けが付かない。



 魔族の力とは、単なるジムに通った兄ちゃんが目の前の人間を一人二人張り倒した挙句、お巡りさんの厄介になって猫のように丸くなるような、みみっちい腕比べなスケールのそれではない――れっきとした軍事力なのである。

 魔界における価値観では、力を得られる金“だけ”ではなく、力自体が物差しなのだ。


 ではそれがシラの言うダンスパートナーとどういう関係があるのか。

 この場合のダンスパートナーとは、平時におけるダンスの練習相手であり、パーティにおけるエスコート役でもある。普通は兄弟や従者が務めたりするものだが、あいにくと一人っ子で基本的に男子禁制を身辺に敷かれていたベリルにはそれもいない。


 つまり社交界デビューなのである、モテモテである、有象無象のナンパなど話にならないくらいの男が群がってくるという事なのだ。

 ベリル=メル=タッカートという魔王の一人娘、その元々歩むべきとでも言うべき人生の持つ引力が、ここに来てダイ◯ンもかくやという勢いで元青年を引き寄せ始めた。


 同時に一つの現実にも気付いた。

 工房での技術はかなりの円熟を見せ、未だに公開するタイミングを伺っている――しかしそもそもの前提として、それで成果を挙げるのは、女としての人生となんら矛盾するものではなかったのである。


 甘かった。


 それにベリルが気付かないのもある意味しょうがない。

 この世界から見て遥かに進んだ異世界の記憶を持つというアドバンテージこそあるものの、ベリルは決して何もかもを予測できる超人ではない。周りにもいるのも技術馬鹿(バイアン)や腕力馬鹿だらけで、頼りになりそうなブレーン(シラ)は、そもそも彼女を女として仕立てあげようとする者達の急先鋒だ。

 一夜漬けする時間もなかったテストの如く、丸腰のベリルがあうあうと右往左往している間に、結婚コンサルタントにかかったアラフォーの如く貴族のリストがベリルの目の前に並べられた。どの処刑法で死にたい、と聞かれるような気持ちでその中の一人を選ばされる。


 そしてそいつがやってくる当日、麗人の塔を抜け出して花壇の中でガタガタと震えてたのである。


 これくらいビビったのは、5歳の誕生日が終わった翌日以来かもしれない。

 そのダンスパートナーとやらがどこぞの性犯罪者(勇者)みたいなのも怖いが、ちょっとオイタをしてきた時点でそれを口実に追い出せるのでまだマシな方だった――だが恐らくそれはない、魔王(パパ)とシラが選びに選び抜いた貴族達は、どいつもが種族魔力家柄素行全てで非の打ちどころがない魔族の青年達であるのだ。

 しかし何が本当に怖いのかわからないまま、ベリルはその貴族と対面を果たしたのである。


 見知った顔だった。


    ※


 かつてシリウスと自称していた貴族の青年は半場確信のようなものを持っていた――魔王の一人娘であるベリル=メル=タッカートは、彼の予想していた人物である事に。

 そして他の貴族がやれ宝石だの、やれアクセサリーだのを送りつけていただろう中、青年は一つの封書を彼女に送った。

 その中にはただ一文だけ書いてある。


 もう一度楽しい食事を。


 余人にはチンプンカンプンの内容だろう。しかしそれで彼が呼びつけられたという事は、青年の予想と狙いが的中した事を意味する。

 町で出会った時より、遥かに気合を入れておめかししたであろう少女は、彼が今まで出会ったどの女よりも美しく見えた。

 不安に揺れていた瞳が彼を目に入れた途端、安堵に緩められる。

 かつてシリウスと名乗った男は、しゃがみこんで彼女の手を取る。


「先日は偽名で失礼しました、ジョルジュ=スパンハウゼンと申します」

「それを言えば私は名乗ってすらいませんでしたから――ベリル=メル=タッカートです」


 汚れないようにだろう、手袋を外していた透き通るような手の甲にキスした途端、魔王の一人娘はまるで敏感な箇所を弄られたかのようにピクンと身を竦ませる。


 おっと、いかんいかん。

 年端も行かない年齢でありがながら、賢い姫だと聞いている、先日の食事で魔界各地の話を興味深く聞き、質問していた内容を考えても少なくとも頭は悪くないはずだ、男の下心に気付かないとは思えない。

 親父殿などはここで攻めろ、とか言うだろうが、そんな事をしたら彼女の信頼を損なうのは明白だ。


「立ちますか?」

「はい、お願いします」


 コクンと頷いた彼女が、ジョルジュの手を借りて立ち上がろうとした直後の事である―ー、


 フラッと華奢な体が、彼の懐に倒れこんだ。

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