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本当は怖い性教育

 気がほぐれたのか良かったのか、ナンパのように強引に盛り上げようという苦しさもなく、割と和やかな食事が終わった。


「いや、楽しい食事でした、レディ」

「こちらこそ」

「では、私はこの辺りで」


 そう言ってシリウスは立ち上がる。

 あれ?とベリルは首を捻った。


「いいのですか?」


 あまりにもアッサリしている気がする。元青年にその経験はないのだが――地球上でも確か電話番号を聞くとか、要は次に会うための段取りを付けるというのがナンパの目的だろうと思った。


「ええ、楽しい会話が出来ただけで十分です」


 ちょっとうさん臭い。


 当然の疑問であった。

 ベリルはソーシャルサイトなどで修正バリバリの写真を、実際に会った事すらない男共にアイドル扱いさせるような、自己が肥大した女ではない――それどころか同年代で自分ほど男をわかっている女はいないだろう。


 そのわかっている元青年が軽く警鐘を鳴らしている。

 あまりにも紳士的すぎる。

 と思っていたのが顔に出ていたのか、シリウスが参ったばかりと言わんばかりに諸手を上げた。


「正直を言うとこれほどお若いレディだと思っていなかったのですよ」


 ああ、なるほど――つまりはどっかの性犯罪者(勇者)とは違うという事である。ベリルは中身はともかく、外見上はいいとこ中学に上がるか上がらないという程度なのである。それに手を出すのが成年扱いがかなり早い異世界でも犯罪扱いという事なのだ。


「ただ、またお会いになる機会があればまた楽しくお話できればいいですね」

「ええ、喜んで」

「ありがとうございます、では、またお会いしましょう」


 そう言って勘定を机に置き、踵を返して去って行く姿はいっそ潔かった。

 その背が店の外に消えるのを見送ってから、ベリルは食後の紅茶を口に含んだ。

 ナンパと思いきや、意外な拾い物だった。シリウスの知識はなかなか豊富で色々と魔界の現況について話を聞けたし、会話の巧みさも参考になった。ともすれば鎧の騎士が傍に立っているのを忘れてしまいそうになるのは、ランスロットがあまりにも無反応なせいだろう、シリウスが紳士的――つまりは害意の無さのお陰だ。

 そろそろ出ようかと思っていた矢先、目の前にコトンとケーキが置かれた。

 疑問の視線を上げるとマスターが立っていた、間近でベリルを見て驚いた顔をしている。


「これは先程の方からです、食事が終わった後にお出しするようにと」


 おおう、元男としても思わず仰け反ってしまう芸の細かさだ。

 しかし本当の一撃は、マスターが机の上のコインを回収した時だ。


「あとお嬢さんのお勘定も済ませておいたという話ですので」


 マスターが意味ありげに笑う。

 やられた。

 割り勘とかの話ですらないのに、おごられた事を断るにもその相手がいない。

 押して駄目ならダメ元で引いてみな、ではなく、押して駄目なら方法を考えて押してきたのだ。

 ベリルは思わずこめかみを押さえてしまった。

 そして何よりの問題として、あの男を避けるためにこの店に来る事を渋るほどではないという事だった。

 再会するのがあまり嫌ではなかったのである。



「それで、どうなされたのですか?」

「どうなったも何も、それっきり」


 ベリルの話を聞いたアルケニー(蜘蛛女)は顎に手を当て、ふーむと唸る。


 脈がない。


 見た目も言動も結構な洒落者という話だった。主の年頃ならコナをかけられて悪い気はしないはずなのだが、ベリルの反応はとことん冷静だった。毎度ながら12になったばかりの少女とは思えない。


 が、一つだけ何時もと違っていた事がある。

 ケーキの皿に挟まれていたという小さな羊皮紙のメモだ。

 書いている内容は他愛のないもので、今日は楽しかったとかそういうものである。

 しかしベリルはそれを持って帰ってきて、あまつさえ話しながらヒラヒラと目の前で眺めていたのである。

 脈がなくとも目はあるのかしら。

 その男の事も、一度調べておく必要があるだろう。

 それはともあれ。


「では授業を始めましょうか」


 え、とベリルは声を出す。夕食後というのは記憶にある限り初めての事なのだ。

 それを尻目に、シラはいくつかのプレートを取り出した。魔導レコーダーである――そう言えばシラが最近工房に出入りしていたなー、とベリルは思い出した。


「ところでベリル様、殿方のお体についてはどれくらいまでお知りでしょうか?」


 えーと、と少女は天井を見上げて考えるような仕草をする。傍目から見て乏しい知識を絞り出そうとしているように見えるが、実際はどこまで言ってしまえば違和感がないのかと悩んでいる。


「えーと、声が低くて、胸がなくて、あとは下のほうが――」


 そこで言葉を切る、うーん、(ピー)はストレートすぎるかもしれない、どう言うべきのだろうか。

 棒?

 シラは顔色も変えない主に何やら納得して頷いた。元々資料庫に入り浸ったりして知識だけは大人顔負けのお姫様である、この程度は知っているだろう、という理解だった。


「では殿方と子供を作る方法については?」


 純真な風を装って失敗してベリルの目が泳いだ。外見こそ麗しいが、不審な態度はどう見ても本棚の裏に隠していたエロ本(BL本でも可)を親に見つかった中学生だった。


「いいでしょう」


 シラの指が魔導レコーダーに触れ、絵を映しだした。


「え……?」


 意表を突かれた声がベリルの喉から漏れる。

 目の前に映しだされたのは、ダビデ像みたいな男の裸体の絵であった。

 ただし、地球上のそれと違う点として、股の間にモザイクなしで描かれているのはやたらとデカくてエグくて剥けていたりした。

 いや、そこまではまだいい――サイズはともかく、元青年にとってはある意味サキュバスより見慣れてるのだ。

 問題は、何故こんなものが映しだされたという事なのだが。

 すっげえ嫌な予感がした。

 ギギギと顔を向けてきた主に対して、アルケニーは当然のような顔をしていた。


「そうですね、どうやら子作りの方もご存知のようなので――今日は触りとして具体的にどういう風にやるのかを説明しましょう、実技はその後で」


 うん、知ってる。

 いやいやいやいや。

 確かに地球でも王族とかに手取り足取りで教えるような人間がいたのは確かだ。式を挙げた夜にヤる事の内容を指導者ありで体験するという、よく考えるとすっげぇいやな初夜もあったという。


「シラ、実技って……?」


 はい、とまるで足し算を教えるような教師の態度で老婆は頷き、


「お嬢様自らのお体で――」


 ガタッ、と立ち上がろうとしてベリルは真っ青になった。

 動かない、何時の間にか椅子の上に極細の糸に縛りつけられていた。


「無理!」

「大丈夫ですよ、殿方を呼ぶ訳ではありませんから」


 当たり前だ、ここでヤられてたまるか。

 いいですか? とシラは前置きし。


「お嬢様も子供を作れるお体におなりなされました。しかし、子作りとはそのためだけに行う訳ではありません、将来旦那になるであろう殿方との仲を円満にするためには――」


 くどくどと喋るアルケニーの言葉は両耳の間を通り抜けた。

 えーと、つまり今から始まるのは性教育なのだが、地球上のそれよりもアグレッシブであるのですね。

 この教育役は、男を夜にも転がすために、元男に床上手になるための手ほどきをすると言っているのだ。


 道具を使わない分、まだ序曲と言ってもいい地獄が始まった。


    ※


 同じ頃、城下町のある宿で彼は晩酌をしていた。


 結構高級な部屋である。魔王城ほどではなくとも絨毯はふかふかだし、ベッドもしっかりと天蓋付き、彼が今飲んでいるワインも予め机に置かれていたものである。

 昼間、ベリルの前でシリウスと名乗っていた男だ。オールバックから解き放たれた髪は正に黒い炎とも言うべき見事さで、主の些細な動きに応じて揺れている。

 飲食店を出た後、青い顔をした従者達が自分に駆け寄ったのを見て、シリウスは訝しげに眉をひそめた。


「若!ご無事でしたか!?」


 おいおい、大げさすぎるだろう、とシリウスは口に出した。しかし彼は従者達をよく知っている――単に食事をしただけでこうなるような柔な輩ではないのだ。

 何があったと聞いてみる。リーダーのペトルが、路地での出来事を滔々と話し始めた。


 鎧の騎士。

 獣のような仕草。

 壁に残った足跡。

 一瞬、死を覚悟した。


 全く、今日は愉快な日だ。

 飲食店で出会った少女の事を思い出す。

 美しい少女だった。大人顔負けの教養と知識が会話から垣間見え、話していて飽きなかった。男への警戒心も十分にあるが、興味の惹かれた話題に身を乗り出す様はあまりにも無防備で、美女に慣れている彼も一瞬グラッときたほどだ。


 確か彼女の傍にも、見事な作りの全身鎧を着た騎士がいた。


 あんな重い代物を常時着ていて護衛するのは単なる馬鹿であるので、リビングアーマー(動く鎧)であるのは間違いないだろう――ペトルの話にある獣の鎧もそうに違いない。あんな動きのできる魔族が、治安が悪い訳でもない城下町で全身鎧を着る必要があるとも思えない。


 恐らく、両方とも彼女の護衛なのだろう。

 子供ながらに気品があるとは思っていたが、あのレベルのリビングアーマーを従えるとはどこかの貴人なのだろうか。


 ふと、二つの知識がシリウスの脳裏でつながる。


 町中で出会った、二体のリビングアーマーを従えた、銀色の髪を持つ美しい少女。


 幼い頃から、すでに魔界にその名を轟かしていた魔王城の美姫。


 面白そうだった。

 一族の長である父に命令されて魔王城の近くに来たのはいいものの、あまり気が乗らなくて街中をブラブラしていたのだ。


 だが、少しは楽しい事になりそうだ。

 期待を飲み干すように、シリウスはグラスを傾けた。

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