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初めてのナンパ

 カランカラン。

 出入り口のベルが鳴った。


「いらっしゃい」


 飲食店「展望塔」のマスターは挨拶しながら顔を上げ、入ってきた客を眺めた。

 おや。

 ローブで頭からスッポリと身を包んだ、小柄な人影が出入り口に立っている。

 顔馴染みであった――少なくとも全身鎧の騎士を連れて入ってくる人物など、こんな大衆店には一人しかいない。


「お久しぶり、ご注文は?」

「いつものを」


 鈴を転がすような声だった。チラッとフードから覗く唇が艶かしい。どんな季節だろうがローブを被った恰好は同じ、騎士を連れているのも同じ、注文も同じ。判を押したように変わらない彼女がどんな人物か実に興味を惹かれるが、余計な詮索は客を逃す事になる。

 マスターが頷いて店の表から見えない席を指差すと、彼女は奥に入って行った。



 この世界には米がある。


 その事実を知った時、元青年に走った電撃は落雷の魔法に勝るとも劣らなかった。

 異世界にトリップした日本人がよくアレしたりアレする代物ではあるが、実は地球上でも細長くてパサパサしているのは世界中で食べられているので、異世界で見かけても驚く事はあってもそこまで衝撃的ではないだろう。俗に言うタイ米と言う奴である。


 が、聞いて驚け、この店に調理で使われているのはでっぷりと横に太った日本米そのものだったのである。長年の変異と改良を得た地球のそれとほとんど見分けがつかないのは、異世界特有の品種か、魔界の風土か、はたまた別の要因があるのか、実に興味深かった。


 そう言えば、と元青年は思い出す――藁があれば米もあるはずだが、グォルン(料理長)は供してきた事がなかったな、と。ひょっとしたら貴族の間ではあまり食べられない物なのかもしれない。


 だが献立も和食というのは高望みしすぎであったらしい。メニューに載った炒めご飯という名のそれは炊いてない米を炒めて少量のスープで水気を含ませたものであり、どちらかというかピラフに似た代物であった。


 どちらかというと平原の向こうに見える魔王城を一望できるビューの良さが売りのお店である。舌の肥えた元日本人・現お姫様としては正直イマイチな味だったりするのだが、それでも日本米に準ずる食感の食材を食べられるのは大きい。そんな訳でベリルは休みの日にはお忍びで食べに来ていた。


 なおこの店の情報の出元はリベールである――要するに勇者一族がベリルを誘拐するための密談に使われたあのお店だったりする。その当の拉致されてロリ鬼畜エロゲみたいになりかけたお姫様がご贔屓にしていらっしゃるのはお釈迦様も知らぬまい。

 料理が運び込まれた後にベリルはフードを脱ぎ去った。城下町を巡る際に余計なトラブルを避けるための物ではあるが、流石にかぶったままでは食べにくい。


 そして異世界風炒めご飯を半分くらい片付けた時だった、声が掛けられたのは。



「すいません、この席、空いていますか?」



 ベリルはスプーンを置いて、その人物を見上げる。

 燃え上がった黒い炎のような髪を後ろに撫でつけた男が、こちらを伺うように立っていた。

 周りを見回す。


「空席は他にもあると思いますけど」

「あっはっはっ、実はあなたに興味があるので話し相手になれないかなー、と思ってたのですよ」


 あー。

 こういう手合いは実に半年ぶりだ、大抵の人間はローブの下に隠れた美貌に気付かないか、滅びの鎧のゴツさにビビって近寄りもしない。それでもベリルの顔を見た後、なけなしの勇気を出して声をかけてくる男がいたりする。

 つまりは意外と身なりの良さそうな出で立ちな上、そんな事とは縁のなさそうな雰囲気に反して、この男はベリルをナンパしているのである。

 まあいいだろう。


「どうぞ」

「ではお言葉に甘えて」


 ベリルが相手を観察しているのに反して、あちらは視線を揺らさなかった――こちらの目の下の辺りを見て威圧感を与えないようにしているのだ。


 礼儀がなっていた。


 例えばベリルが前に遭遇した輩では、野獣のように目を直視してくるのがいた、自分の視線に魅惑魔法(チャーム)でもかかっているのと勘違いしているらしい。舐め回すように見てくる無礼な輩などは論外だ、鎧の騎士がちり紙のようにポイした。


 正直元地球でたまに見かけた悪徳勧誘にも通じる、黒いカリフラワーだったり色が反対になった逆プリンだったり、頭が悪そうではなく悪い髪型をした、チャラ男的なタイプではなかったのである。あ、ここらへん偏見入ってるけど偏見ではないと思います。


 んで、この男はどちらかというと兄貴肌というか大人というか、そんな感じで周りからモテてるので、ナンパしてまで女を引っ掛ける必要のないタイプに見える。

 まあ、ランスロットにビビらず、声をかけてくる奴なんて皆変わり者しれないが。この男がいい意味でのそれというだけだったのだろう。

 こちらの顔をやんわりと見て、おや、と首をかしげてたりする。


「おや、レディ、遠目から見た印象と違って、随分とお若いですね」

「ええ、まあ」

「おっと失礼、自己紹介が遅れました、シリウスと申します」

「はあ……どうも」

「どうです? お味は」


 シリウスとやらはピラフもどきを示して聞いてくる。


「まあまあですね」


 まるで馬鹿のように単調な返事だが、元男として当然ながらこういう経験はないのでしょうがない。

 あまりトゲトゲしい対応もどうかと思った。面倒なのでいっそランスロットにポイしてもらおうかと考えたりもする。


 しかしそうなる前に、ウェイトレスがシリウスの前にサラダを運んできた――対面に座って喋るだけでは単に食事の邪魔になる。メインディッシュが来るまでの場繋ぎ用だろう。サラダにフォークが入ると同時に、ベリルもスプーンを再び動かした。


「このお店にはよく来るのですか?」

「そうですね、町に出た時は」


 チラッと窓の外から見える平原の向こう、佇んでいる小さい魔王城にシリウスは目をやる。


「この眺めがお好きなので?」

「うーん、どうなのでしょう?」


 というか住んでいるのだが。

 このテーブルが店の一番奥だから、自然と外が見えるだけなのだ。

 そう言えばと、ベリルは改めて魔王城を眺める。

 山脈を背にして森が広がり、その前に手のひらサイズの巨大な城がある。城下町への道はいくらかかるんだと言わんばかりに黒い大理石っぽいのが敷き詰めらえていた。

 そう言えばバンパーなどで衝撃緩和がなくても、馬車はあまり揺れなかったなー、とベリルは思い出した。確か尻が痛くなるとか、酷く車酔いするとか、馬車はそういうものだったはずだ。


「興味深くはありますね」


 それが正直な感想だったが、シリウスはクックッと笑う。


「面白い人ですね、子供のようかと思えば成人のように落ち着いている」

「いえ、子供ですよ?」

「ヴァンパイアではなく?」

「それなら皿の上には炒めご飯の代わりに生きたネズミが、フォークの代わりにストローが置いてあると思いますよ」


 シリウスは想像した。

 ストローをぶっ刺してチュウチュウ。

 何故か尻に。

 ぶほっ。

 ベリル的にはイマイチだったのだが、ツボに入ったらしい。


 今にも笑い転げそうなのを我慢しているのだろう――机に突っ伏してしばらく肩を震わせている男の前に、ウェイトレスが変な顔をしてメインディッシュを置きながら去って行った。



 ところで大通りから目立たない路地の中、数人の男がコソコソと伺うように飲食店を見つめている。

 となると物語的には我らがヒロイン兼ヒーロー狙いの悪党と思いきや、そいつらの身なりや面構えは意外と悪くない。

 そこからは店の奥は見えないらしく、男達は相談をしていた。


「もっと見える所に移動しますか?」

「いや、やめておこう、食事が済めば出てくるだろう」


 その中のリーダーっぽい、骨が定規で出来ているようなカッチリした男が頭を横に振る。ふー、と愚痴っぽい溜息が漏れる。

 ふと、揺れた視界の端に、何か引っかかった。

 周りを見渡す。


 獣の意匠を凝らした、スマートな全身鎧の騎士が、一行に混ざるように伺うような仕草を真似していた。


「なっ!?」


 リーダー格の驚愕した声でようやく一同は異物に気付き、反射的な動きで騎士から飛び退って腰にした剣に手を――


「止めろ!」


 声を抑えた一喝でビクリと止まった。

 獣は、自然体のまま首を傾げて男たちを見つめている。

 その時、リーダー格は何故か、地面に転がった肉を嗅ぐ魔物を連想した。


 どれから食おうのかな――ではなかった。

 まだ。

 こいつらは食えるのかな、だった。


「……ど、どこのどなたかは存じありませんが、こちらからあなたに敵意はありません」


 辛うじて絞り出した言葉に納得したのかどうかはわからない、鎧の騎士は無言のまま、

 一同の目の前から突如消えた。


「き、消えた!?」

「いや……上だ」


 リーダーの視線を追う一同が見たのは、まるで蹴られたように微かな足跡のついた建物の壁だけだった。


 それっきり。大通りから伝わってくる騒がしさが遠かった。そこだけ切り取ったかのように、その路地だけがゴキブリでも殺せそうな沈黙で満ちる。

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