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魔王城の休日

 久々のシャバだ!


 麗人の塔から飛び出た我らが主人公・ベリル=メル=タッカートは、勢い余って外に待機していた鎧の騎士に受け止められた。

 ふわりとプラチナブロンドが宙に舞う。


「ありがとう、ランスロット」


 ――マイプレジャー(どう致しまして)


 この辺りはリビングアーマーに転生しようが相変わらずだ。

 しかし少々ハイになるのは勘弁して欲しいと、ベリルは思う。

 何せここ数日、機嫌は悪くなるわ、少し痛いわ、何がと言わないが漏れるので、ベッドに敷いたマットの上で枕を抱いてじっとしてないといけないわで散々だったのだ。


 話を聞きつけた魔王(パパ)がどこにそんなものがあったのか、意外とファンシーなドラゴンのぬいぐるみを持ってきてもした。しかし不機嫌な娘の姿が何かのトラウマに触れたらしく早々と退散してしまった。

 まあいい、わざわざ顔を見に来ただけマシだ、その辺りは許してやろう。


 なるほど、元彼女が生理時に怒りっぽくなるのはこういう感じだったのだな、と元青年は思わずしみじみとしてしまった。あれからもう7年以上も経つ――気が付けば地球での生活が随分と遠くなってしまった。

 ただし数日間大変だった代わりに、今日は一日中好きにしていいとシラからのお達しだ。

 しかしそのシラも、主の行き先を知ったら顔を覆っていたに違いない――今にもスキップしそうな足取りで、ベリルが向かったのは魔王(パパ)のいる玉座の間ではなく、花壇でもない。

 工房である。



 工房の前では獣の造形をしたリビングアーマー(ソウルイーター)が暇そうにたむろしていた。

 ヤンキー座りをしながらベリルの方を見つめている。

 姐サン、お勤めご苦労様でした、と今にも言いそうな様子である――そうではない事を、ここ数年の付き合いでベリルは知っていた。


 よしよし、と毛皮とは程遠い手触りの兜を撫でてやると満足したように立ち上がり、彼女の後をついてくる。

 工房に入るとゴーレムの姿は見えなかったが、奥の方でカーンカンと金属をハンマーで叩く音がする。

 机に敷いた羊皮紙の上に図面を描いていたリッチはペンも止めずに、首に当たる部分だけを180度回してベリルに向けた。


『おや、ベリル様、もうお体の加減はよろしいので?』

「うん」


 ちょっとこそばゆい。

 ベリルは壁にぶら下がっているホワイトボードを覗きこんだ。

 極小空間における圧縮魔導式の記憶限界について原始人が何様。


 なるほど、全くわからん。


 別に魔法の勉強を中断した訳ではないが、バイアンという人間(?)チートを工房に迎え入れて以来、日々複雑化する研究の内容について理解しようとするのを、ベリルが放棄して久しい。

 どうせネタを放り込めば勝手に何かを作るのだ。あえて固定したイメージを押し付けなければ、意外な形のが出来上がるかもしれない、とさえ今では思っている。

 ベリルは羽ペンを持つ。ビッシリとした工程表で埋め尽くされたホワイトボードの一番隅っこの余白に文字列を書き加えた。


 漏れないナプキン(作り終わったらこの黙々は消去するように)


 少々無茶ぶりかもしれないが、なんとかしてもらおう。


『ほっほっほっ、流石に何日もじっとしているのは堪えた様子で』


 千年近くも生きてきて、なお存在する大魔導師にはこのような話題など既に通過済みらしい。


 話題を変えよう。

 その大魔導師の背後に回り、ベリルは声をかけた。


「バイアン様、何を描いているのですか?」


 リッチは人差し指の末節骨を、羊皮紙の横にあった金属プレートの上に置いた。


 直上の空中に膨大な図面が映しだされた。


 これが工房で開発された、地球におけるタブレットコンピューターやスマートフォン、その異世界バージョンである。ただしいまだに読み取り専用なので、どちらかというと電子書籍リーダーみたいなものなのだが。

 魔導リーダーと名付けられたそれが投写した魔導式にベリルは見覚えがあった――大半が魔改造されたり圧縮された魔導式で意味不明のものに置き換えられてはいるが、辛うじて理解できるプロトタイプを前に見たのだ。


「これは……魔導リーダーの基礎魔導式ですね?」

『左様、これを改良しようと思ってのう』


 あー、また勝手に何かやってる。

 冷静に考えると秘術の創始者であるバイアンが転生する際、そっくりそのままの魔導式を使う訳はなかった、という事である。

 ランスロットやソウルイーター、雑用のスケルトン達と意志の疎通はできるのでベリルの使い魔のままであるのは確かだ。しかしこのジジイはどうやら動機の制限を解除したらしく、指示を出さなくてもやれ高性能化だの、やれ小型化だの色々やるようになってしまった。

 例えば魔導リーダーも当初は文章を1ページ表示するぐらいが関の山であったのに、気が付けば図面を表示できるようになっていたという塩梅である。


 だとすると絶対服従の部分も怪しいものだが、転生の際に使った魔導式を刻んだプレートを見せられて、それはまだ残されていたというのを、ベリルはバイアンが転生した半年後にようやく理解できた。

 魔導式の研究ではこの世界において第一人者と言えるベリルでも、不眠不休で研究するこのジジイの前では赤子のようなものだ。悪意を持つ相手でないのはベリルの幸運だったと言える。


「どのように改良するのですか?」

『うむ、まずは文字を書けるようにしようと思っておる』


 そう言って投写された図面の上で、指を描くように動かす。

 なるほど、つまりは魔導リーダーに書き換え機能を付加しようと言うのだ――魔導レコーダーというとでも言うべきか。


「書き込んだ文字は記録できるのですか?」

『まあ、普通に考えると無理じゃな』


 アッサリとバイアンは認めた。


 つまりは技術のレベルが違うのだ。

 一定のパターンを記した図面や文章を魔法で投写するには、それ用の魔導式をプレートに描けばいい――だが逆にその図面や文章を変更した場合、プレートに刻まれた魔導式も変えなければ記録はできない事になる。

 つまりは魔法から魔導式のリバースエンジニアリングを行う必要があるのだ、それがどれほど無茶苦茶な芸当か、ベリルにも理解できる。


 うーん、と元青年は人差し指を唇に当てて考えこんだ、なかなか可愛らしいという事を本人に言えばかなりのダメージを受けるだろうが――幸か不幸か、ここにいるのは喋れないリビングアーマーと、枯れた死神もどきの使い魔トリオである。

 えーと、魔導リーダーが白黒フィルムだとしたら、魔導レコーダーは今や懐かしくなったアナログレコードのようなものな訳で。


 あ、わかった。

 別にアナログレコードも、人の手でわざわざ描き込んでいる訳ではないのだ。


「だったらバイアン様、記録するための媒体を別に用意してみてはどうでしょうか」

『ほう、となると?』

「えーと、投写と記録のための魔導式を独立させて、記録(レコード)の魔法に応じて変化する素材を用意すれば――」


 ポン、とリッチは両手を叩いた。

 皆まで言うまい。

 自分の世界に没頭してブツブツと呟き始めたバイアンを尻目に、ベリルは二体の護衛を連れて工房を後にした。



 ひょこっと出入り口に頭を乗り出した愛娘の顔を見て、魔王ベルセルク=フォン=タッカートは手元の金属プレートを操作して、投写していた文章を消した。地球だろうが魔界だろうが、何かを読みながらおざなりに対応すれば、家族の機嫌を損ねてしまうのは同じである。


 魔導リーダーはいまだ外界に公開されてはいないが、試用した者にはお概ね好評だった。

 たまにしか仕事のない、しかし玉座をそう頻繁に離れる訳にもいかない魔王は殊更にこれを愛用した。雑用のスケルトンが資料庫から運び出してきた巻物を工房でリーダーに翻訳して刻み込まれたのを、毎日読んでは暇を潰しているのだ。おかげで最近は顔つきすらインテリっぽくなってきたような気がする。

 見ればソウルイーターが玉座の腰掛けを開き、慣れた手つきでランスロットが手に持ったプレートと既読の奴を交換していたりする。

 玉座の傍にまで歩いてきた娘を、ベルセルクは膝に抱き上げた。


「もう体はいいのかね?」

「はい、ご心配をおかけしました」

「心配などしておらぬよ、我が娘よ、喜ばしい事ではないか」


 あ、なんか遠い目になってる。

 この可愛い娘もいずれはお嫁に行っちゃうんだろうなー、とかそういう事を考えているに違いない。

 そんで婚礼とかで号泣するのだ、きっと。

 心配すんな、親父。

 死んでもお嫁にはいかないから。

 


 ベリルは間違っていた。

 魔の手は、すぐそこまで迫っていたのである。

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