女だ!初潮だ!ブラジャーだ!
「さあ、お嬢様」
幼い頃から世話をしてくれ、親同然のアルケニーが文字通りの魔物と化した。
「い、いや……やめて、シラ」
ベリルはほとんど何も着けていない。あられもない姿であった。
工房から急遽呼び出したバイアンにお湯を作らせて、朝風呂で体を洗った後の事である。丁寧に温風で乾かされた銀髪は燐光すら放っているし、クリームを丹念に塗り込まれた肌はまるで高山の積雪を思い出させた。ただし世の中の無理解な親御さんの目が怖いのかそこだけはせめてもの抵抗として残っていたのか、両脚の付け根ではフリフリの紐パンが辛うじて居住権を主張している。
部屋の隅っこで縮こまり、両腕で胸を隠した魔物に向ける視線は涙ぐんでいる。
「大丈夫ですよ、痛くありませんから」
何時も自分に向けられていた優しい笑顔は変わらずに、今の少女にはそれが魔王の威嚇よりも恐ろしかった。
いやいやと首を振り、絶望的な面持ちでアルケニーが手に持った物に目を向ける。
わかっているのに、その恐怖の代名詞から目を離せない。
「お願い……なんでもするから」
「では言う通りにして、これを」
ピシリ。ベリルの中で何かの亀裂が入る音。
「いやああああああああああああ、助けてえええええええ!ランスロット!お父様ぁぁぁぁぁ!」
もう我慢できなかった、元男としての尊厳も何もかもかなぐり捨てて、ベリルはここにいない誰かに助けを求めた。
扉の前にいたリビングアーマーは主の声に反応し、微かに首をかしげた。
ドッタンバッタン、時折細々とした悲鳴が上がり、そして少女の嗚咽が長々と続く。
お嬢様、実にお似合いですよ。
あうううううううううううううう。
では次のを試してみましょう。
もういやぁぁぁぁぁぁ……。
異常なし。
今日も麗人の塔は平和であった。
「む」
魔王タッカートは何かに気付いたかのように声を上げ、片手の爪を挙げた。
やっぱり。
爪の先が少し割れていた。
大地をも真っ二つにする彼の力は強力ではあるが、その反動も強烈であるのだ。
魔力を放出し、その反動を受け止めるための長い爪は綺麗に形を揃えてないと、変な方向に逸れたり不発になったりする。ネイルケアは万全にしなければならない。
玉座の腰掛けに仕込まれていた物入れを開き、取り出したサス=カガタ特製のヤスリを取り出した。割れた部分がなくなるまで磨き、すぐに駄目になったのを捨ててもう一枚もう一枚と取り出し、形を整える。
それにしても暇だ。
戦いに飢えたリビングアーマーが魔王城の外を徘徊し、様子を伺っていた冒険者や騎士を事前に畳んでしまうため、ここ最近人族の襲撃はご無沙汰である。
魔族の方もやはり数ヶ月前にふと思い立って、攻めこんできた若造をちょっと細やかに活造りにしてみたのが噂になってしまったのか、めっきり挑戦者が途絶えてしまった。
悪趣味だとは愛娘の弁である。そうしてみたのも「お父様の攻撃って大雑把ですね」と言ったあれのせいなのであるが。
慣れない事はするものではないな。
次に襲撃者が来たら何時も通り、痛むを覚えぬ内に八つ裂きにしてしまおう。
とりあえず今日も暇を潰すために、ベルセルクは逆側の腰掛けに入った金属プレートを摘み出した。
勿体ぶるのもここらへんにして本題に入ろう。
事の始めは12歳の誕生日をちょっと過ぎた頃、我らが主人公である元青年の現お姫様・ベリル=メル=タッカートが朝起きた時、股の間からシーツに赤い染みが広がっていた事である。
初潮が来たのだ。
ああ、遂に来てしまった、というのが起き抜けのボーとした頭の中での感想であった。
前触れはあった。
最近胸が膨らんでるなー、と鏡を眺めて思ってはいた。元地球生まれの青年として当然ながら女の体の仕組みに関しての知識もある。
んでもって昨夜にちょっとクラクラするなー、と思った矢先のこれである。
事前の心構えがあったおかげか、そこまでショックは受けなかった。
まあ、めでたい事ではあるのだろう。起こしに来た老婦人とメイドは口々におめでとうと言ってる訳だし。
それでも自分の体から結構な量の血液が出ているというのは、なかなかに来るものがあったらしい。ベリルはしばらく硬直したまま、シラとプレアの二人にされるままになっていた。
そして気付けば朝風呂後の紐パン一枚ナプキン入りになった姿で、今度こそ予想から忘れ去られていた物が眼前にあったのである。
それはこの世界では一人前の女性となった証に贈られるものである。半分に割って並べた白いマスクメロンのようであった。調べてみると発明は近代のくせに古代中国に既にあったり、時代考察なんぞ異世界だから細けぇ事はどうでもいいんだよと言わんばかりに、元青年には振られた彼女を思い出してちょっとしんみりとするくらいには見覚えのある形だった。
つまりはブで始まり、ラが中継ぎし、ジャで締めるアレなのであった。
自分でも何故そんなに激しく抵抗したのかはよくわからない――予め用意していたそれを持ち出したアルケニーが訝しがるほどの嫌がり方であった。しかし子供というのは訳の分からない物がツボに入って笑い出したりするものなので、特に気にもせず、メイドに近頃伸び始めた主の手足を抑え付けさせた。
そして事ここに至りベリルの中にいる元男が、強烈な拒否反応を示したのである。
フリフリのドレスを着るのはまあ、いい。鏡を見れば非常に似合っているのが一番大きいだろう。肌触りも地球上のブランド品と似た、ある意味覚えのあるそれだった。
スカートでスースーするのもなかなかアレだったが、当初はノーパンだったのを考えると、紐パンを着けている今は大分マシになったと言える。
突き詰めていくとなんだ、実は女装の素質とかあったんじゃないの、とか――深く考えると大切な何かが決定的に壊れそうな何かはとりあえず置いておこう。
とにかく胸に当てられるその異質さを目にした瞬間、あばばばなななぶぶぶぶららららららと、ベリルの中にいる元男が叫びを上げたのは、やはりまっ平らな筋肉の上にそれを当てられるのを想像したのではないかと後々考察したりして自分で悶絶する事になる。
結局の所――らしくもない女っぽい悲鳴は元男としてのアイデンティティに、今までにないほど巨大な衝撃の入る音であったのかもしれない。
バン!
ドアの前にいたリビングアーマーは、扉が勢い良く内側に開ける音にビクッと体を震わせた。
心なしかそろー、とした動きで振り返る。ようやく着れたドレスの襟を、暴漢にも襲われたかのように両手で引き寄せた主がいた。その下には勿論着けているのだろう。
怒ったような、恨めしそうな表情。お目めはウサギみたいに真っ赤になっている。
裏切り者。
無茶ゆーな。
あれに割り入れと申すか主よ。
魔王の放つ一閃の嵐に晒される方がまだなんとかなるだけマシであった。
あと、ランスロットが止めなかったのは、それが曲りなりとも主の害になる事ではないのを理解しているからだ。
しかしそういう言い訳をしようにも彼は喋れない。無理が通れば道理が引っ込んでしまうような女の理不尽さは生前の経験でそれなりに体験してもいる。
ジトー。
掻くはずもない冷や汗がダラダラ流れる錯覚。
年齢も少女という域に入った主が、その整った美貌で上目遣いで睨みつけてくるというのはなかなかの迫力であった。正直脳内麻薬をドバドバ出しながら魔王と戦った時より怖い。
それはさる事ながら6年前、玉座の間のすぐ外の陰。今はなき白骨の体をカタカタと震わせながら聞いていた惨劇がランスロットの記憶を過る。その時の滅びの鎧が悟った事は、鉄串と猫撫で声は怖いという事である。
しかし結局ベリルは何もせず、スネたような表情はそのままでそのまま部屋の中に引っ込んで行った。
現代地球上のそれとは違い、この世界のナプキンはそこまで完璧なものではなかったのである。
絶対安静であった。
その夜、お祝いと称して作られた料理長のおめでとうマカロンが、ベリルを襲った。
エンジンかかるまでちょっと控えめに