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騎士の剣探し

「では授業に入りましょうか」

「……はぃ」


 頭上から降り注いだ天上の福音に、ベリルはゆっくりと横に倒れ込んだ。



 これだけでは訳が分からない人もいるのでぶっちゃけると、正座である。

 東洋の侘び寂びという奴だ。しかし東洋だろうが大西洋だろうが元現代人にそれをやる機会はほとんどなかったので、今更ながらやらせられるのはなかなかキツイものがあった。


 正座が体罰になった時代から正座が体罰である世界に、その事にベリルが感慨を思えなかったと言えば嘘になるであろう。

 こらそこ、まるで成長していないとか言わない。青年から幼女になった身からすればその言葉はなかなかシャレにならないのだ。


 幸い幼い身は膝が柔らかい上に地面はふかふか絨毯なので痛くはなかった。


(まー、体罰であーだこーだ言われるほど文明が進んでる訳でも無さそうだし)


 しばかれなかっただけマシ、と考えた方がいいかもしれない。

 そう成人として冷静に考える一方、痺れる足を擦っているのはどう見ても叱られて涙目になった可愛い幼女、と本人に言えばショックを受けた顔で一週間はおかずにできる。


 引っ張るのはこの辺りまでにして授業に入ろう、教育の基本と言えば読み書きである。

 しばらく薄い樹皮の上に炭で習字をする音が淡々と続く。


「ばーば、お願いします」

「はい、よく出来ました」


 驚け、五日目にしてベリルは基本言語であるマーギ語の基本スペルをマスターしつつあった。


 はい、では次の方。


 ちょっと待て、異世界モノでは面倒ゆえにスルーされがちな事項ではあるが、ここはあえてネチネチと描写してみよう。


 そもそもこの手の話ではよくある事に、何故か異世界人が日本語喋ってたというのから、翻訳コンニャクに金属の輪っかを付けたら言葉がわかったという訳の分からないものまである。生憎とベリルにそのような都合のいい展開は当然ながら発生しなかった。指輪よりチョーカーの方がエロくね?いやいやそれは奴隷ものに突入しそうでがんな、という個人的感想も置いておく。

 つまりは地道に覚えるしかないのだが、では幼女として生まれ落ちた5年間、シラ=セプテット(世話役)による教育の下積みがあるかと問われればこれも微妙である。


 魔族の知性がどれほどのものかは未だもって不明ではあるが、元地球人としての記憶を検索してみるとこの年頃は予防注射嫌~習い事嫌い~と縦横無尽に暴れまわっているものである。いいとこ社会人になった後に最近の園児はABC覚えさせられて大変だなー、という程度のものだ。

 まあ、そもそもその園児でABCからして怪しいのだが――何せ中学生という名の15歳児に知識を大量に詰め込んでも、ただのパターン認識が得意なゾンビが出来上がるだけであるからにして――そこから更に1桁少ない5歳児にとって、エリート教育の意味もわからない両親から強制されたABCとは、発音の出来る単なる落書きに等しい。心当たりのある人は思い出してみるといい、英会話教室でグッモーニングとグッバイを何ヶ月も繰り返したあの不毛な時間を。


 つまり現時点で文字はほとんどスタート地点からの出発という事になる。普通に考えると少なくとも数日前まではただの子供だったベリルにとって、読み書きを覚えるのはなかなか骨の折れる事であるはずだ。


 そう考えると彼女が挙げた成果には目を瞠るものがあった。

 子供の吸収力に「読み書きを学ぶ」という成人並のモチベーション、加えて漢字と文法の複雑な日本語に対する慣れから来る余裕。基本スペルを組み合わせるマーギ語には、試験用とは言え英語の経験も役に立った。それらが組み合わされて、本人ですらビックリの学習速度を発揮しているのであった。


 そこに驚愕しているのは本人だけではない、それは世話役のアルケニーも同様であった。

 そもそも数日前から様子がおかしかったのだ。

 誕生日で魔王様とディナーをした帰りまでは、まだ階段でダダをこねてた何時ものベリル様だったような気がする。

 そして悪夢――怯えるようにベッドの上で縮こまった幼女の可愛らしいお目々には、紛れもなく知性の光が光っていた。ここ数日で無駄な言動が減り、周囲の反応を観察しながら自分の言動を決めているフシもある。


 しかしさしものアルケニーをしても想像できたのはそこまでだった、まさか元地球人の男という中身がいきなりスッポリ幼女に入り込んだ、というのはファンタジアな世界の住人にとって想像の限界の遥か先にある事柄であったのだ。


 ではその思考がどこに向かったのかというと、


(これも血筋なのかしら……)


 こんな感じで当の本人にとっては明後日の方向に、しかし周りから見て至極常識的な結論に納まってしまったのである。


 そしてこの事がベリルにとって有利に働いた。


 今までただの子供であったベリルが泣こうが喚こうが頑として外出を認めなかったシラが、誕生日以外で初めて麗人の塔から出るのを許可したのである。


     ※


 ゴオオオン、と重厚な音を立てながら扉が両方に開き、室内で沈殿していた暗闇が蠢くように這い出してくる。見るからに非常にゴッツい代物と思ってはいたが、まさか開けた者より分厚いとは思ってもみなかった。

 そんな扉も扉だが、それを両手でこじ開けた者はどれほど筋肉隆々なマッチョマンかというと――


 はい、もうおわかりですね、筋肉がない、少ないのではなく無い、骨だけである。


 全身鎧であの素早さと言い、階段での一件と言い、一体この細っこい体(註:控えめ表現)のどこからこんな力が出ているのか。ベリルは思わず口を半開きでポカーンとしている。

 当のスケルトンナイトは息を乱してもいない――呼吸のための肺すら持ってないので当然ではあったが。


「お嬢様、お手が汚れますよ」


 試しに彼女が全身で押してビクともしないのを確認していると、当然のような顔をした世話役にハンカチで手を拭かれた。

 筋肉モリモリで爪バッサリの魔王(お父)様は見るからにして凄く強そうだったが、犬のおやつみたいな外見をしたスケルトンナイトでさえもこれほどとは、とベリルは内心で魔族への認識を新しくする。


 室外に這い出して薄くなった闇の中では、整然と並べられた武具の数々が鎮座していた。



 さて、この三人が何故武器庫の前にいるというと、ベリルの一言が発端であった。


「代わりの剣を探せないかな?」


 青天の霹靂であった。

 あまりのショックにシラが呆然と隣に座った彼女を凝視していると、上目遣いで不安げに「・・・駄目?」と呟く。

 授業中は上の空であり、てっきり叱ったせいでしょんぼりとしていたのかと思ってたが――、


(お嬢様……)


 ――この幼い身で他人を思いやれるとは。


 逝去した奥方から直接娘を託されてはや五年――シラは思わず感涙しそうになるが、表面上は平静を装った。


 思案する。


 実を言うと、今までこのお嬢様を麗人の塔に閉じ込めておいたのは魔王(パパ)の意向もあるのだが、それを解除する判断はシラに一任されていた。

 何せ魔族を束ねる魔王の一人娘である、その利用価値は計り知れない。


 それが例え護衛付きでも、分別の付かない年頃で外に出す訳には行かなかった――子供の我侭で万が一がないとは限らないからである。

 しかしここ数日で垣間見せた知性と今の思いやりが脳裏にチラつく。


 うーん、考えてみようかな、という訳なのだ。


 塔の壁に刺さり、外にまで突き出たあの断剣の事もある。

 ベリルはあれが普通だと誤解しているようだが、そもそも一般的なスケルトンナイトとは一山いくらで骨の山から召喚し、一山いくらで使い捨てられるモンスターの代表格と言っていいのだ。


 ネクロマンシー(操屍術)に使う魔力はリーズナブルの一言。安い奴は質も悪い。全身これ金属のリビングアーマー(動く鎧)と比べて軽い分多少素早いのだが、如何せん力が弱く、数で補わないと人族の雑兵にすら兵士無双されるのがオチというキング・オブ・雑魚である。


 では何故そいつらは使われるのか。

 安いからである。


 特に高位の魔族にとって消耗する魔力は九牛の一毛であり、維持するための魔力も極少量、必要なのは人族の骨のみ――極端な話、人族のどこかの町の公共墓地に入り込んで術を発動すれば簡易的な軍隊の一丁上がりである。無論これがしばしば彼の国で騒動を起こしたりするのだが、少なくともそれをやる魔族の中にそんな事を気にする奴はほとんどいない。


 しかしベリルとシラ、この主従の前にいるスケルトンナイトは違った。

 要人の守護と言えば一般的にリビングアーマーが定番である。力のない人間が着込むと身動きすらできないフルプレートアーマーを使わざるを得ないので動きはスケルトンよりは鈍くなるが――何せ見た目からして硬くて頑丈であり、力も使い魔にしてはなかなかのものである。


 強力なリビングアーマーを作るのは至極簡単だ、曰く付きの凄い鎧に思いっきり魔力を流し込めばいい。性能のいい物は金もかかる。魔王の一人娘を守るためのそれを作って維持するとなれば生半可のものではない。

 魔王の娘を守るには、魔王の力が必要だった、しかしパパンは人族を皆殺しにするという大切なお仕事がある上に肉体派と来た。


 かと言って別の魔族にリビングアーマーの召喚を頼むのも躊躇われた。それが直接的な護衛にしろリビングアーマーのような使い魔にしろ、どうしても反逆のリスクを消しきれなかったのだ――何せ前魔王の末路からして誰かさんの二つ名通りに八つ裂きにされて絶望の谷に真っ逆さまだったのだ。目前の欲望に忠実な魔族の弱点である。


 ではどうするか。


 ところでこんな話がある、両界に名を知られたドワーフの鍛冶師・サス=カカダはある時、妻子を人族の貴族に皆殺しにされた。復讐の念に囚われた彼は魔族に身を寄せ、数々の強力な武具を鍛え上げる代わりに仇を一族郎党皆殺しにしてもらったという。彼は今も魔王城のどこかで武具を作り続けている。

 そんな魔界の名工が真っ先に怨念を込めて打った鎧は持ち主に魔王をも凌駕する無双の剛力を与え、代わりに命尽きるまで生気を吸い上げるありがちな性能となった。


 しかしありがちなのはそこまでだった。鎧を初めて着た魔族は胴体にブレストプレートを被せた途端、一瞬でそこだけがミイラと化して絶命してしまったのである。

 さしもの魔族にもこんなアブナイ代物を使おうとする命知らずはいない。さりとて捨てるのも作りが見事すぎて惜しい――という訳でそれは長い間、盗っ人向けのブービートラップとして武器庫で猛威を奮っていた。

 商品開発の前には仕様をちゃんと考えろとか適材適所などと言った言葉を痛感させられるエピソードであろう。


 ここで逆転の発想をする者がいた、そいつは少し手間暇をかけて長持ちのするスケルトンナイトを一体だけ召喚し、その罠にしか使えないような鎧を被せた。


 狙いは三分くらい当たり、七分くらい外れた。


 そのスケルトンナイトは並の魔族を凌駕する剛力を持つに至るようになった。


 しかしほとんど生気を吸えれないせいか発揮される力は元々の性能には及ばない。微かに残る生気を吸われながら動く中身はいずれ崩壊するまでおよそ十年。


 その時は中身を入れ替えれば再び――なんとか使えるようになったそのスケルトンナイトは、晴れて麗人の塔の番人として配置される事となった。


 つまり、少し長持ちして力持ちな以外はただのスケルトンナイトのはずなのである――シラが知っている限りでは。


 ベリルが動いたのを初めて見たというのも当たり前だ。そもそもアレが動いたのを見たという記憶はシラにもない――こう見えても魔王城では一目置かれているのである、彼女や魔王の逆鱗に触れてまでベリルに手を出すような度胸のある魔族はこの城におらず、当然ながら仕事のない門番は基本的に動く必要がないのだ。

 一方で技術を伴わない剛力だけでは、ボロボロになった剣で塔の壁を貫通する事は偶然でも難しい。しかもお嬢様(ベリル)の話では、どう考えても剣を意図的に使い捨てにしていた。

 鎧以外にも何らかの手が入っているのは間違いなかった。



 その推測は、髑髏の騎士が自ら剣を選ぶ事で確信に変わる事となった。

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