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深淵の底から

「それでは、魔力計の注文はこのリストにある通りです」

「お疲れ様でした――プレア」

「はい、お嬢様」


 商人が机にさし出した羊皮紙を受け取り、それをメイドに手渡した少女は、ソファの上で軽く背を伸ばした。

 背後では獣の意匠を凝らしたリビングアーマーが、気をつけの姿勢で控えている。


「うーん……順調ですね」

「そうですね、それとこれは私からです」


 そう言って差し出された箱を、少女はマジマジと見つめた。


「これは?」


 目で促されて開けると、そこには水晶の原石を切り出した置き物だった。

 台座に載せられたそれを、ベリルは両手のひらに載せてみる。殿方からのプレゼントはそう扱うよう、厳しく躾けられているのだ。

 鉱石の底にある模様が水晶内で乱反射され、微かな角度の変化に応じてまるで万華鏡のように色んな顔を見せている。

 うん、普通の女の子なら喜ぶであろう、随分と凝った一品だ。普通ではない自分でも誕生日プレゼントと言われて贈られれば悪い気はしない。


「お誕生日おめでとうございます、ベリル様」

「ありがとう……リベール」

「それとご報告がありまして――しばらく魔王城の近くから離れて各地に足を伸ばそうと思います。それはこの事のお詫びを兼ねて、という事で」

「……わかりました、また何かを見つけた時は持ってきてください」

「ありがとうございます」


 そう言って若き商人は軽く笑いながら一礼し、来客室を退出する。

 彼の閉めたドアを、ベリルはしばらく思案げに見つめていた。


 うーん、不審な仕草はないなー。



 服毒して自殺したという勇者ディークを発見した時、身に着けていた装備一式は丸々残っていたという。特に不審な点は見当たらなかったというのが魔王(パパ)から派遣されて追跡した魔族の弁である。

 死体も秘密裏に回収し、まだ腐ってない内にバイアンに生肉のゾンビにさせてみた。

 問題はそこからだった。


 勇者ディークのゾンビは、意味のある言葉を話せなかったらしい。


 らしいというのはまだお子様のベリルはシラに止められて、直接会話せずにまた聞きだったためだ。そして使い魔同士で会話のできるバイアンが尋問に当たった所、有意な情報が引き出せなかった。

 それは別にこの世界のゾンビが、地球のゲームとかで出てくるあーうーとだけ呻いたり、最近は銃器を持ち始めて弾丸の代わりにツッコミを入れたくなるようなゾンビと同じだからではない。


 記憶が寸断されていたのだ。


 勇者だのディークだの、単語を投げかければ意味不明の反応は示すが、それがどうしたという感じである。せめて出身を割り出そうとして人族の国家を聞かせても、ほぼ全ての国名に反応を示す始末。

 元青年には性犯罪者とは言え死者を冒涜する趣味などない。

 結局、ただの死体に戻した勇者は墓地に埋めてしまう事となった。


 しかし興味深い事実が一つ。

 勇者本人の持ち物にある金属プレート、それには魔導式が使われていたのだ。

 それは厳密に言うと魔道具ではなかった。しかしそれに近いものではある。

 解析したバイアンの弁によると、それはプレートを貼り付けた相手の魔力を吸い上げ、虚空に散らしてしまうだけのものらしい――なるほど、魔族相手には有効な手だろう。

 ただし、それで魔王が倒せるかと聞けば否らしい。例えば現魔王ベルセルク=フォン=タッカートを相手取った場合、その身にはらんだ魔力を吸い尽くす間に、とっくに勇者の首は落ちているだろう。

 恐らくは王女の拉致という目的に応じて装備を限定したのだろう。魔法を使えるだけの子供をかどわすのなら、その程度で十分という事なのだ。その機密保持の徹底さたるや、勇者というよりは忍者やスパイかよと言いたくなった。


 魔導式繋がりというとある意味今回のキーマンであるリベールを連想するが、こちらにタレコミを入れた後、感づいた勇者一行に監禁されていたらしい、事件の後にひょっこりと現れた。グルならば情報を横流しする理由がないし、とっくに逃げ出しているはずだ。

 それに当初持ってきた魔導式の出元が勇者一族だとしても、魔族にそれを流す理由はないだろう。


 牢獄に放り込まれている冒険者達は、当たり前のように人界から雇われたおじさん達だった。装備品を城下町にある魔王城御用達の店で買ったというのも実に皮肉が効いている。


 ううううううーむ。


 ベリルは唸った。見事に全ての尻尾を切られた形である。流石に勇者の一族が転生の秘術を知っているとは思いたくないが、死体から情報を引き出される、もしくは万が一生きてた場合に備えて、対策を練られていたというのが痛い。一族に伝わる秘薬とやらでもあるのだろうか。

 見事に策にハメてやったと思ったら、蓋を開けてみれば勇者という奴らが行う隠蔽工作の徹底ぶりを見せつけられた形だ。


 ベリルはまだ勇者という一族にかかった何重ものベールを、一枚捲っただけだったのである。


    ※


「それで、その商人とやらの疑いは晴れたのか?」

「一応は、勇者に幽閉されていたという言い分は筋が通っていますし、あの件以降は特に怪しい者との接触はありませんでした。この半年は城下町や近辺に留まって、お嬢様から仕入れた商品を売り捌いていましたしね」


 ふん、と玉座に座った魔王は鼻で軽く笑った。


「まるで婿を探しているかのような念入りぶりだな」

「ご冗談を」


 その前で背筋をピンと伸ばしたアルケニーはにべもない。


「その通り、冗談だ」


 ふー、とベルセルク(魔王)は重々しく息をつき、長い爪が当たらないように曲げた指の関節をこめかみに当てた。


「事前にアポを取っているとは言え、誕生日に訪ねてきたのを追い返さずにわざわざ会いに行く相手は誰かと思えば……まさか商談だとはな」


 複雑な心境である。男親として変な虫が付くのは困る、かと言ってこうも色気のいの字もないと先行き不安なのだ。

 あと、若干スネてもいる――歴代最強の魔王である彼をして本気の戦慄を覚えた6歳の誕生日ではアレだったのに、逆に今度は父親をほっぽいておくとは、という事なのだ。

 まあ、この辺りは魔王とて既婚(経験)者である、よくある女の理不尽さとして喉の奥に飲み込んだ。


「しかしまだ10歳だぞ、あれは」


 それが何やら工房だのゴーレムだの、気が付けば当代一と呼ばれた大魔導師を使い魔にして、まだ若くとも魔王城に乗り込んでくるような商人をアゴでこき使い始める始末。果てには歴代の魔王を屠ったという勇者を完全に不意打ちだったとは言え、情報を絞り取った上で撃退したのだ。

 魔族の数千年における歴史において、初の快挙であった。

 我が娘ながらバケモンである。

 そんな事は口が裂けても言う訳にはいかないが。


「大丈夫ですよ、お嬢様も殿方に完全に興味がないという訳でもなさそうですから」

「ほう、そうなのか」

「たまに鏡の前でお胸を見たり触ったりしているようですから」


 何故知ってる。

 シラが言ってるのは、えーと、つまりは第二性徴という奴なのですね。

 第三者から見ればこの通りであるが、本人の気持ちとは言うとあははははははは。


「これからが本番という訳か」

「ええ、ご期待ください」


 そう言い放ったシラの顔を、娘が見てなくて良かった、とベルセルクは思う。

 女は怖いのである。

 万感の篭った感想であった。


    ※


 ここはどこだ。

 真っ暗な空間に漂ったまま、彼は茫洋とした思考を走らせた。


 自分の名前――覚えている。


 名前が浮かんだと同時、周囲に様々な映像が声を伴って空間のあちこちに現れる。

 彼はどこぞの世界の聖徳太子ではないが、それらを全て同時に理解できていた。

 人族のある貴族の家に生まれ、5歳の誕生日に小振りな剣を与えられた。

 刃を潰した模擬剣ではない、真剣だ。

 それからは剣と共に生きてきたようなものだ。背が伸びると共に新しい剣を与えられ、新しい剣と共に相応の技を教え込まれた。成人した頃、朝起きてまず掴むのは自分の身長ぐらいはある騎馬剣だった。


 後々になって思えばなんとも面白味のない人生を送ってきたものだと思う。どこかの社交パーティで一回顔を見た事があるというだけの貴族の娘と婚約し、何のトラブルもなく婚礼をあげ、子をもうけた。

 だがそんな人生それも悪くない、そう思えるようになっていたのは確かだ。

 やがては自分の子に剣を与え、同じように育てて行き、隠居した父親と同じ人生を歩むのだと思っていた矢先、それは起こった。


 戦争が起こったのである、当然ながら彼も軍に徴用された。

 相手はある辺境国家に攻め込んだ魔族であり、その軍団は魔王の旗を立てていた。

 生まれて初めて見る魔族は呪文を唱えるだけで百人という兵を切り裂き、万軍に少数で突入して暴虐の限りを尽くすデタラメな生き物だった。

 そんな相手に取り得る戦術というのはそう多くはない。呪文の届かない距離から矢の雨を浴びせかけ、足の速い騎馬兵で不意を打つ。少なからず戦果は挙がった。それでもすり潰すように命が消えて行き、灯火の消えた軍はアンデッドとして起き上がり、かつての友軍に牙を剥いた。


 彼もスケルトンやゾンビの軍団を薙ぎ払い、魔族の首を数人斬り飛ばしたところまではいいものの、魔族の大魔導師に指揮官が近衛軍ごと蒸発させられ、同盟軍は潰滅したらしい。

 らしい、というのは彼は決死隊の中にいて、魔王城に乗り込んでいたからである。情報が寸断されて同盟軍の状況など知りようがなかったのだ。

 今思い返せばあれは戯れだった――退屈きわまりない戦いに倦んだ魔王に、少数精鋭として誘い込まれたのだ。

 そして玉座の間に悠然と座る魔王の前で、彼は仲間と共にその生涯を終えた。


 思い出した、自分は既に死んでいるのだ。


 その後、人族がどうなったのか彼は知らないが、どうやらまだ滅んではいないらしい。

 仮初の魂を与えられた彼は、今や魔族に忠誠を誓う身。 


 ランスロットと、彼を呼ぶ声が聞こえた。



 そしてランスロットは、身を起こした。

 確か骨が折れて身動きができなかったはずだが、なんの支障もなく体は動く。

 目の前では彼の幼く美しい主が、珍しく不安に揺れる表情で彼を見つめている。


「ランスロット、私がわかりますか?」


 そんなのは当然の事だったが、言葉を発せないランスロットは代わりに主の前にひざまずき、腰に下げていた剣を鞘ごと目の前に掲げた。

 我が全ては麗しき主君のために。


『ほっほっほっ、この辺りは変わっとらんの』

『くっさー!ぺっぺっ、騎士ってなんでこんなに臭いの』


 飛ばすツバもないのにぺっぺっと来た、主には使い魔の声が聞こえないのをいい事に、横にいる二人は言いたい放題である。特に後者のリビングアーマーとは一度主に許可を貰って勝負して叩きのめしておいた方がいい気がする。動けななかったこの半年間、どれだけ悪態をつかれたのか数えるのも面倒だ。


 今、この身にはかつてとは比べ物にならないほど力が満ちていた。

 スケルトンナイトであった時では感じなかった何かが全身を流れる感覚がある、これが魔力というものなのだと自然と理解できた。

 なるほど、こんな力があれば人族など簡単に千切れるパンのようなものだ。

 今なら、玉座から腰を上げようともしなかったあの魔王ともいい勝負ができる気がする。


 ランスロットという名の騎士は、滅びの鎧そのものとして再び魂を改めたのだ。


     ※


「ふむ、それがお前の言っていた、私の傍にいるのに必要なものかな」

「はい、お父様」


 玉座の間に座った魔王タッカートは、娘の後ろに立つ滅びの鎧を見つめている。


「ベリル、こっちに来なさい」


 娘を玉座の後ろに控えさせる。

 一見、そのリビングアーマーは娘の後ろについていたあのスケルトンナイトと変わりがないように見える。

 しかし手心を加えるつもりはない。片手にある五本の指、そこから伸びた長大な爪の全てを魔王は振りかぶった。

 下手すると誕生日に泣かせてしまうかもしれんな、と思いつつも、ベルセルクはランスロットのいる場所ごと、その周囲一帯を無造作に切り裂く。

 ギィン、と空間の軋む音がした。

 その後に振り向く、生まれて初めて見る本気の魔王の一撃で空気と闇素が長大な空間で嵐を起こすのを、父親に庇われた娘は目を丸くして見ていた――良し。

 ちょっと得意気な顔になった魔王(パパン)は前方に向き直って、しかし感嘆の声を上げた。


「……ほう」


 元髑髏の騎士であるリビングアーマーは、微動だにしていなかった、剣すら抜いていない。

 硬いな。

 本気ではなくとも、手加減なしの一撃だったはずである。

 これをぶちのめすのはなかなかに骨が折れそうだった。

 それでいて今までの行動を見る限り、こいつは何があっても娘を守り抜くだろう。


「よかろう、娘よ、これからは城下町まで自由に出歩くが良い」



 歴代最強の魔王のお墨付きを貰い、ほっぺをムニムニされながら、魔王の一人娘は嬉しそうに笑った。

幼少編・完


次回予告

◯だ!□□だ!△△△△△だ!

オレはようやくのぼりはじめたばかりだからな このはてしなく長いTS坂をよ……

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