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裸の王様

 どんがらがっしゃん。


 音は塔の外にまで聞こえた。


「上手く行きましたね」

「うん」


 主を両手で抱えたまま、アルケニーは何匹ものシャドウサーバントに糸をぶら下げさせて、魔界の空に浮いていた。


「それにしても肝が冷えましたよ、正直二度とやりたくはありませんね」

「必要な事だったから」


 シラは内心感嘆した。

 この主はつくづく見る者の度肝を抜いてくれる。

 はじめベリルがその勇者とやらを誘い込んで自ら対面してみようと言い出した時、当然皆は猛烈に反対した。

 確認が取れてないとは言え、相手が相手である。


 勇者は実在する。


 わかっているのはそいつが人族らしい、というだけで、しかもそれが正確である確証もない。そいつはたまに魔王城に忍び込んで名声や富を得ようとする有象無象とは別次元の存在である。それを証明するように歴代の魔王の中でも何人かが実際にその毒手に斃れ、未だその正体や能力は霧に包まれたままだ。

 しかしベリルは譲らなかった。


 なんで何千年も経っておきながら、そんな危険な奴等をほとんど謎のまま放っておいたのだ。


 調べてみればみるほどおかしかったのだ。

 人族の危機に際し、いずこから現れて魔王を倒してまたいずこかへ去って行く謎の英雄。


 ――そんな都合のいい存在、現実に存在できるはずがねーだろうが!


 勇者の存在を知った元青年の感想がそれだった。

 力ある者が見返りも求めずにいられるほど、人間というのは聖人になりきれない。金が無ければ財宝を欲しがり、満たされたら優れたパートナーを求め、次は権力、更に名声、果てには不老不死と人の欲望には限りがない。


 そしてそれが他人の害にならない限りそれでいい、欲しいものがあればこそ人は頑張れるのだ。だからやりたくもない努力をして、話もしたくないような人間と手を握り合えるのだ――その理を外れた人間がいない訳ではないが、何人もいたという勇者が全員それだとは考えにくい。もしそんなのが実存していて成果を挙げていたら、その中の誰かがどっかの国の王か、貴族になっているはずなのだ、それが世の中の常という奴である。


 持てる者の傲慢とでも言うべきか――これだけ弱肉強食をモットーにヒャッハーしていながら、魔族というのは余程平和ボケしているとしか思わなかった。


 いや、理由というものはある、例えば魔王を倒した後の勇者を目撃した者はいる。力を尊ぶ魔族はその者には手を出さずに、敗北を認めて去るままにするのだ。魔王を倒せる勇者に手を出した者がいなかった訳ではないが、全員が返り討ちになっている上に生存者はゼロだ。


 徹底的な口封じを伴う、隠蔽工作である。

 ベリルにはそうとしか思えなかった。


 そして歴代の魔王は当たり前だがどいつもこいつもかなりの自信家であり、そこだけは人間っぽく自分だけが勇者を返り討ちにできると自負していた。たまに慎重派が現れて勇者の事を調べようとしても、百年単位での時間がたった後、風化した情報で何かを得られるかと言えば答えはノーだ。

 それはベリルの父親である、歴代最強の魔王タッカートその人であっても例外ではない。


 馬鹿か、そんなんだから何時までたっても進歩がないんだ。


 何気なく魔王様(パパ)をディスったベリルは、勇者に情報をリークした者を洗い出しながら、シラやバイアンと共に策を練り上げた。

 目的は勇者の能力、そしてその素性を洗い出す事だ。

 そのためにサス=カガタに依り代となる鎧を打たせ、大魔導師にソウルイーターをリビングアーマーに転生させた――滅びの鎧ほどのデタラメなパワーは持っていないらしいが、生前のように余計な雑味を持たないゴーレムは、足を持たないバイアンとの二足三脚で、魔力消費と性能をハイバランスで両立させた鎧を作り上げた。正にチートコンビの面目躍如である。


 かくして策は見事にハマった。今その勇者とやらは一人で凍りつかせた螺旋階段を幾度もコケながら降りて行っている、という事なのである。

 不意打ちを不意打ちで返した形だ、それも当初の目的を果たして完璧に。


(このお方は……)


 その体質は闇の巫女ではあるが、幼いながらも大の魔族でも震え上がるような策を成功させてみせた点に、魔王の娘としての片鱗を覗かずにはいられなかったのである。


 いや、シラさん、それは買いかぶりです。

 ベリルは何も元地球人として変わった事をしている訳ではありません。

 彼を知り己を知れば百戦して殆うからず。

 その概念が教養として頭に染み込んだ現代人として、火にケツがついた今、それを忠実になぞっているだけなのであります。


 何度言ったかわからないのだが、登場人物は全て成人済みという建前の、しかしどう見ても赤いランドセルをしょった幼女な、しかも研究と称して怪しい大人の玩具を使われたりアレされたりする鬼畜エロゲの攻略対象になるのは、ベリルは絶対に御免だったからである。


 しかしアルケニーの思考は震えた主の声によって中断された。


「シ……シラ」

「はい、お嬢様?」


 見ればベリルは満面蒼白で老婦人の胸にしがみ付いていた。


「も、もう降りない?」


 その目はまるでおぞましい化物でも見たかのように、真下の方向に釘付けになっていた。

 あ。

 今彼女たちがいるのは、上でどんな大声をあげようとも下には絶対に聞こえないような、天を突く麗人の塔――その頂点のすぐ近くであったのだ。

 シラは主を落とさないようにしっかり抱え直し、指示を受けたシャドウサーバント達はゆっくりと高度を下げて行った。

 これだからまだほっとけないのだ、この主は。



 さて、当の勇者様(性犯罪者)と言うと。

 ドサササ。


「ぐおっ!」


 散々たる有様である。凍りついた足場をほとんど滑りながら降り、果てには階段の終わりでトドメと言わんばかりにコケて麗人の塔を放り出された。

 軽装なのが仇となった。あちこち打ち付けて全身あざだらけ、しかもトドメに腰を打ったらしくしばらく地面で悶絶していた。

 しかしモタモタしている暇はない、巡回している使い魔に見つかって囲まれれば一巻の終わりなのだ。

 どこをどう行ったのかも覚えていないが、気付いたら魔王城の外にいた。結果から言えばきちんと使い魔の死角を突きながら脱出ルートを使えたのだろうと思う。さもなければ説明がつかない。


 もう何がなんだかわからなかった。


 命からがらと言った様子で森に隠していた馬に乗り、魔王城を避けながら、ディークは見通しのいい平原の上で必死に鞭を使う。

 行く先は城下町である――見える範囲内に追っ手はいなかったが、とにかく早く安全な所に逃げ込みたかった。


 そしてその事が勇者ディークの運命を決めた。


    ※


 ドンドンドンと扉を激しく叩く音に、リベールは椅子から身を起こした。

 覗き穴から相手を確認してから、扉を開ける。

 見知った相手だった――というよりは、少年はこの勇者が魔王城でやる事を知っており、ここで待っていたのである。

 一人で、尚且つボロボロだった、計画の結果がどうなったのかは一目瞭然だった。


「ディーク様……よくお無事で」

「ああ」


 リベールは勇者をセーフハウスに招き入れる、自分が魔王城に情報をリークした事などおくびにも出さないし、ディークがそれに気付いた様子もない。

 それもそのはずだ。少年はレストランでナプキンにマスターへの頼み事を書いた後、即座にその足で再び勇者一行の元に赴いたのだ。

 勇者殿と話していたのが魔族にバレた。王女の誘拐が成功したあとは匿って王都に連れて行ってくれ、そんな事を言ったような気がする。

 無論、それだけで信用を得るにはまだ足りない。

 もう一つの事実が、本来慎重なディークの目にベールを掛けていたのである。

「――兄上、とりあえず暖かい物を飲んで休んでください」

「ああ、すまんな……ヴォルグ」


 普段の聖人面など見る影もなく、満身創痍のディークはソファに沈み込んでふーと息を吐いた。

 やがて湯気立つ麦粥が目の前の机にコトリと置かれ、ディークはたまらずそれをズズーと吸い込んだ。

 生き返るような美味さと熱さだった。


「兄上、結局どうなったのですが?」

「どこから情報が漏れたのかは知らないが、罠に嵌められた」

「そんな……では王女は?」

「ああ、すぐに逃げられた」

「そうですか、それは良かったです」

「む……?」


 ディークは弟の言葉に違和感を覚える――しかしながら、それを問いただす事は出来なかった。次の瞬間、視界に帳が降り、ソファの上で崩れ落ちる。

 それをリベールと呼ばれた少年――ヴォルグは表情を殺して見守っていた。

 魔王をも屠り得る超人と言えども、不意を突けばこんなものだ。

 歴史上で英雄を最も斃したのは敵でもなく、魔法でもない。


 その最強の武器を毒と言う。


 勇者の脈と呼吸が無くなったのを確認した少年は、こればかりは兄そっくりの仕草で一つ息を吐く。即座に次の動きに移る。


 魔族の追っ手が迫っている。

 あの王女、ベリル=メル=タッカートは見た目そのままの天使ではない。まるで悪魔のように、とことんディークをしゃぶり尽くす気なのだろう、勇者という概念を丸裸にするつもりだ。

 愚かな兄だが、頭を冷やせば魔王城から無事に帰れた事が、わざと逃がされたのである事に気付くだろう。

 しかしそれも二度と無くなった。


 徹底的な口封じを伴う、隠蔽工作である。


 これが最善だったのだ。


「兄上、あなたは不運だったんですよ」


 いや、そうでもないかと思い返す。そもそも下種な欲望のためにあの王女を誘拐しようとしたのが、ディークの運の尽きだったのだ。

 念の為に死体の懐を探るが、リベールとの関連性を匂わす物は何もなかった。プレートなどのディークが身に着けた装備なども持って行かない――自殺に見せかけた事が疑われるとまずいし、何よりもそこに使われている魔導式の核とも言える部分は、既にリベールという商人が自らお姫様に手渡している。


 しかし一つだけ、少年が物言わぬ勇者の懐から取り出した物がある。


 

 それはお互いの尾を食い合うドラゴンを刻み込んだ紋章だった。

 さながら二匹のウロボロスであるそれはある王国で伝わるものであり、紋章は勇者の血族、その正統なる継承者の証でもあった。



 人知れずヴォルグという名の少年が人知れずセーフハウスから姿を消し、ほぼ同時にリベールという名の若き商人が数日ぶりに取っている宿屋に姿を現す事を知る者は、まだいない。

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