表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/97

魔界で転生

皆様のお陰でお気に入り数が1000になりました

この場を借りて感謝を

「本日はお日柄もよく……」

「ふふっ、回りくどい事はよしましょう――藁束の代わりになる物は見つかりましたか?」


 ソファに座った途端、頭を下げて前口上を述べ始めた商人を、ベリルは遮った。

 敵わないなぁ。若すぎる商人――リベールは後頭部を掻きながら呟いた。


「姫様も人が悪い、色々やってみましたが、駄目でしたよ」


 なるほど、半年以上も顔を見せなかったのはそういう事か。

 まあ、それはそうだろう。そうでなければ4年以上も研究に費やしたベリルと、千年近くも魔導一筋に生きておいて、なおも驚いたバイアンの立つ瀬がなさすぎる。


「しかも一週間経つとウンともスンとも言わなくなったんですよ――一体あれは何のからくりでしょうか」


 今日やってきたのはいくらかの商品を持ってくるついでに挨拶で顔を繋ぐためなのもあるが、なんらかのヒントが欲しいのだろう。

 が、生憎とそれは無理だ。


「ごめんなさい、それは言えません――その代わりに見て欲しい物があります」


 そう言ってベリルがさし出したのは、温度計みたいなガラスの棒が覗く、目盛りの入った箱だった。下の方に開いた浅い穴からは金属が覗いている。


「開いてる穴に指を入れてみてください」

「……? 何も起きませんね」

「シラ」

「はい、お嬢様」


 失礼、と断りながらシラが手を伸ばし、指先で同じ所を押した。

 グイーンと、箱に隠れていた赤い点が棒の中で上昇し、3600の目盛りの所で止まる。


「うーん、これは……?」


 そこまで呟いて、リベールはハッと気付いた。

 二人の違い、蜘蛛蜘蛛しい下半身と両足。

 アルケニー(蜘蛛女)と人間。

 魔族と人族――つまりは、魔力の有無。


「……魔力の度合いを示しているのですか?」

「魔力計と、私は呼んでいます」


 なるほど、と少年が呟く。


「つまりこれを持って、市場の反応を見てきて欲しいと?」


 流石に飲み込みが早い。


「はい、あなたの持ってきてくれた例の式を組み込んであります。報酬として当面は魔幣で金貨三十枚、そしてそれの販売金全て。もしこれが商品になるというのなら優先販売権を与えます」


 ベリルはシラと相談して決めておいた条件を持ち出した。

 それを聞いたリベールは握り拳を口に当ててぶつぶつと呟き始めた、恐らくはどうやって売り出したものかと考えているのだろう。


「わかりました――一つにつき、というと同じ物はこれ以外にも?」

「今のところは五つ用意してあります」


 無理をしなければ彼一人で持てるのは最大この程度だろう――流石に売れるかどうかもわからない品物のために、他の商品を犠牲にしろというのは酷である。

 わかりました、ではまた後日、報告に参ります――そう言ってリベールが退出した後、相変わらずドライな態度に終始した主にシラはため息を一つ。


「上手く行きましたね」

「そうですね」


 ベリルは頷く。


「それにしてもとんでもない事をお考えになさります、どこでこういう事をお知りに?」

「あ……うん、資料庫で」


 おや、とシラは思った。

 この主には珍しく、目を逸らして言葉を濁したのだ。



 ネタばらしをすると、リベールに渡したのは原理的には温度計とほぼ同じだ。

 ガラス職人に細長く作ってもらった奴を持ってきて赤い点をチョン、んでもって使用したのは地球上では環境保護や安全の問題で淘汰された水銀温度計よりも、更に原始的な空気膨張タイプの奴である。発熱に使うのは例の魔導式に発熱の魔法を繋げた奴だ。


 ちなみに地球では世界初の空気膨張型温度計を発明したのは、人間チートとして有名なガリレオのマブダチであるサントーリオ・サントーリオという人物である。ガリレオと付き合いがあるのは無論の事、こいつはこいつで医者であると同時に科学者でもあり、実験のために秤の上で食事したり、温度計の他にも体温計や脈拍計を開発したりとなかなか人の事を言えないデタラメっぷりだ。医学上における計測、言い換えれば近代医学の父と言っていい。とてもではないが二足歩行の蛙や白猫のキャラクターで何十年も食ってる会社みたいな名前とは思えない。


 んでもってこのお方、ガリレオの同僚なのを見てもわかる通り、この異世界が準拠している中世時代の区切りであるルネッサンス期後の人物であるのだ。

 つまりベリルが使用した発想は、この世界的には若干オーバーテクノロジーなのである。魔法関連の技術で大魔導師が仰天する物を作っておいて今更、という感じではあるが、魔力計のアイディアはその大半が自分で発案した訳でもない。正直ズルをしているような気持ちなので若干後ろめたくなったりする――煮え切らない態度の裏にはそんな思いがある。とことんチート主人公の素養がないヒーロー兼ヒロインである。


    ※


 件の大魔導師はどうしているかというと。


 工房に顔を出したベリルは、机に貼り付いているスケルトンの後ろ姿に近づいた。

 背後から覗きこむと、死してなお動き続けている魔導師は羊皮紙の上に書き物をしている。その横にはベリルが数日前見せた魔導式の互換表が広げてあった。


「バイアン様、こんにちは」


 スケルトンは羽ペンを持った手を止め、クルリと首だけを180度回転させた。

 そういや人体の骨格は真後ろに向けるようになっているのだろうかとベリルは思った。まあ、司馬懿のような例もある事だし、やろうと思えば多分できるのだろう。

 あと、自分があまりにも人族っぽいので忘れがちになるのだが、異世界だし。

 ベリルの姿を確認したバイアンは、羽ペンを替えてゴーレムに作らせたらしき会話用のミニボードに言葉を書き始めた。


 ――おお、お嬢様、本日もご機嫌麗しゅう。


「何をしているのですか?」


 ――いや何、ちょっと知っている呪文を魔導式に。全く、スケルトンというのは便利なものですな。眠らなくていいし、何より座っていて腰が痛くならない、こんな事なら死ぬ前になっておくべきでした。


 いや、それはどうかと思うが。


「そうですか……それで、その、バイアンさんに呪文の勉強をと思いまして」


 マジックチャージャーという魔力源があり、余人には知られないように自力で魔法の駆使も可能になった今、ランスロットの再生に必要なのは一つだけとなった。


 秘術を行使する事。


 そのためにバイアンをわざわざ墓地から掘り起こしたのだ――辛うじて理解できた秘術の入門部分を使って、魔力を持たないスケルトンにしてまで。

 ちなみにお墓はコッソリと埋め直してある、なんと言っても魔界でもその名を知られた人物の墓を荒らし、失礼を承知で秘術をかけたのだ。本人の希望次第では、ベリルは事が終わった後にバイアンを墓地に戻すつもりでいた。

 自分でやりたいのが人情である。ベリル自身が秘術を完全にマスターできればそれで良し。さもなければ万が一の場合、バイアンにやってもらう。

 スケルトンでも使えるような魔力も、呪文を唱えれなくとも使える魔導式もベリルは用意した。


 ――ふむ、その事なのですが。


「はい、何でしょう?」


 ――お嬢様に教授するためにやっておくべき事があると思いましたので、その許可を頂けますかな?


「え? いいですよ」


 そもそも工房の中では好きにしていいと言ったはずだが、と考えた所でベリルは思い出した。

 そう言えばあまりにもバイアンが生前の性格そのままっぽいので忘れていた――秘術の産物である使い魔は自分から動機を持った事を行使できなかったのだ。

 スケルトンの魔導師は頷きを一つ。


 ――了承しました。いやなに、色々と便利なこの体ではありますが、お嬢様の命令がないと自分では動けないのですよ。では三日ほど待って頂けますかな?


 何をするつもりかわからなかったが、あの性格と使い魔の性質を考えても、ベリルに害をするタチの物ではないだろう。


 そう考えて許可を出したが、ベリルは失念していた。


 この異世界は、彼女だけのための世界ではないのである。

 それを痛感したのは三日後、工房にベリルが入った時の事である。


 妙な装置が、部屋の真ん中に鎮座していた。

 恐らくはゴーレムに作らせたのだろう。その見た目で元青年はある物を思い出した。

 そう、地球のSFでよく見る、テレポーターのような丸い高台だ。


 ――おお、お嬢様、お待ちしておりました。


 椅子の上に座っていたスケルトンが立ち上がり、ベリルに一礼する。


「バイアンさん、何でしょうこれ?」


 ――それを今からお見せしましょう。


 机に置いてあったプレートと、大容量のマジックチャージャーを掴んだスケルトンは、高台の傍でしゃがみ込んだ。そこにあった穴にプレートとマジックチャージャーを挿し込む。

 これで良し、という動き。

 あ。

 高台の上に立って一礼したスケルトンを見て、元青年は思い出した。

 この光景はどこかで見た事がある。


 悪魔と悪魔が合体して、別の悪魔になるゲーム。


 そう思った瞬間、黒いのとしか言いようのない何かが高台から上に吹き上げた。

 バイアンであったスケルトンが一瞬で塵と化す。

 同時にそれは黒い物と混ざり合い、高台の上で吹き荒れながら黒い柱を型作った。

 見ている間にそれは段々と中心に収束して行き、やがて一つの形が見え始める。


 まず見えたのは黒いマントだ。

 マントからは骨張った腕が見えるが、足はついに見えなかった、空中に浮いているのだ。

 その代わり骨で作ったとしか言いようのない杖が空中で型作られ、腕がそれを掴んだ。

 黒い柱が全て黒マントに吸い込まれて行き、そして――


 高台の上で一体の魔物が浮いていた。

 

 まるで死神のようだった、手に持った杖に鎌の刃が生えていたらそのものだと言っていい。

 死神が言葉を紡いだ。


『おまたせしました、ベリル様』


 空間に響くような、エコーがかっている声――知っている、魔力で声を発する時、呪文と干渉しあってこういう風になるのだ。

 それは敵意がないのを示すように、杖を背後に回した。


『この度リッチに転生致しました、魔導師バイアンでございます』


 そしてどこかで聞いたような台詞と共に、ペコリと一礼したのである。


『今後ともよろしく』


 元青年は気付いてしまった。

 物をイチから作る事の大変さ。

 ガリレオ・ガリレイ。

 サントーリオ・サントーリオ。

 地球においての彼らがチートと呼ばれた人物であるならば。


 目の前にいる魔導師が、紛れもなく異世界のそれだという事を。

チートとは創造主の意図を外れる事、というのを痛感

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ