4年の結晶
――それでは、工房内にある物を拝見してよろしいですかな?
今もランスロットの代わりに工房の前で立たせている二体の門番だの、魔王城で巡回している奴等だの――普段はそんな仕事をさせているスケルトンが人間臭い動きで工房内を歩き回る光景というのは、思ったよりシュールな光景だった。
ベリルが机に並べた品々を見て、バイアンはふーむと今にも声が聞こえそうな感じで手を顎にやる。
――これは?
骨だけの人差し指が、凸型のあんこが入った硬い寒天みたいなのに向かう。
「マジックチャージャーです。デリスの木の樹液を粘土に練り込んで作りました。外を覆っているのは魔力の発散を防ぐガウムの樹液です――伝導性が悪いので」
デリスとは魔界でポピュラーな赤い果実で、軽快な食感とほどよい甘さを持つ。香りもよく、地球で言うとりんごや梨の地位に近い。ベリルが閃いてシラからお説教を食らったシャーベットもこれだ。
無論それぞれの要素では上回る素材もあったのだが、魔力貯蔵量と重さ、そして手の入りやすさを考慮して、一番トータルバランスのいい奴を選んだというベリルの説明に、骨だけの魔導師はふむふむと頷く。
――この紋様は?
「魔力の流入と放出をさせる魔導式です」
ほほう、と感心したジェスチャー――流石というか、今の説明でこれが何に使うのかわかったらしい。
ベリルも感心してしまった。よく表情がなく、声の出ないスケルトンでここまで感情を表現できるものだ。
しかしこれはまだまだ序の口である、ベリルは内心にんまりとしてしまう。
――外まで突出したあんこと、反対側に空いた穴は?
あんこはこの世界には無いのだが、ニュアンスとしてはそのようなものだ。
「直結用のジョイントです。互いをはめ込むと、複数のマジックチャージャーを同一の魔力として使う事ができます」
――なんと!?
すげぇ、骨体標本のムンクの叫びなんて初めて見た。
思わずしてやったりという笑みがベリルの顔に浮かぶ。
秘術の危険性に気付かなかった魔法馬鹿でも、流石にこの機能の持つ意味がわかったらしい。
工房での最初の実験である蒸留の結果――ベリルは聖水を漬けこんだ藁束で作ったマッチだの、魔力遅延と発火の魔導式を書き込んだプレートに蒸留の残り物を載せたマジックカンテラだのを作り上げた。
そして魔力放出の魔導式をリベールが持ってきた。ベリルのアイディアを練り込み、サス=カガタが魔力計を作り上げた。そしてそれぞれの魔力量を計測した結果、妙な結果が出たのである。
聖水は1滴ではほとんどわからなかった。30滴ぐらいを合計する事になった。つまりは1CCぐらいでようやく1マナちょい――まあこれは妥当だろう。
残り物は一回の蒸留で1000マナ。これも発動した魔法の範囲を考えるとこんなものだろうと思う。
なお原液、えーとつまり直接しーしーしたのを測るのにゴーレムが作りやがったのは――カップに入れて変色する紙を突っ込む検尿用みたいなのではなく、地球でドキドキしながら線が一本か二本かを見るみたいな奴であった。
合理的に形を考えると似てしまうのは当たり前だが、それを使った時の元青年の心境はその、なんというか――いや、よそう、人の傷はむやみに抉るものではない。今も変化を計るために時々使っているのだ。
結果は計測不能。つまり魔王様から貰った爪の欠片でやったのと同じ結果である。魔力計を文字通りぶっ壊してしまったのだ。
あれぇ? ベリルは首を捻った。ついでに安全装置の必要性にも思い至った。
計測に使った魔力計の最大値は10000マナだった。それをぶっちぎったという事は、つまり蒸留だと魔力の大半が失われてしまう事になるのだ――聖水だろうが蒸留の残り物だろうが。
原液と比べると、蒸留水だろうが蒸留した残りの魔力量は、現役と比べると残りカスに等しかったのである。
が、これは冷静に考えると別におかしい事ではないと気付いた。あの忌々しい4年前、狂った魔剣の事件を思い返せばいい。後になって考えると、そもそもあれは直接原液に接触していた訳ではなかったのだ。
あの時、おもらしの真上にいたソウルイーターは、空中に散じた大半の魔力を吸収していたのだと考えるとつじつまが合う。
うわ、道理で飲ませろと絶叫してた訳だ、便器に剣身を突っ込むとアヘ目になった魔剣をベリルは想像してしまった。キモい、キモすぎる。
そして次に考えたのは当時実験をしていたマジックチャージャーに、アレの魔力を直接移し替えるというものだが――ここでまた問題が発生した。
例えば今バイアンの手にあるデリスの樹液を練り込んだ粘土の魔力貯蔵量は、手のひらサイズで1000マナと言った所だ――つまり足りないのである。
試しに更に魔力貯蔵量の大きい貴金属――溶け合わせた巨大な銀塊に余剰魔力を測るための魔力計をくっつけた奴でやってみた。
1万6200マナ。
うへえ、であった。
1CCの氷を沸騰させるのに使う魔力量が100マナであるからして、これがどれほど膨大なものなのかわかるだろう。
正直死んでもやりたくないのだが――しーしーしながら呪文を唱えるという手も考えなかった訳ではない。しかし考察した結果、それも駄目だとわかった。太ももに引っ掛けてしまって攻撃魔法を使った日には、下半身が丸ごと吹っ飛びかねないのである。
更に色々と実験してみた結果、結局はマジックチャージャー同士を接触させると、電力のように魔力が合計されるという簡単な法則がある事にベリルは気付いた。その法則を元に改良の結果、今バイアンの手にあるものみたいな形になったという訳だ。
魔力の貯蔵と利用、そして直結。
これこそがベリルが四年間も地道に続けた研究、その結晶の一つである。
喋れないのでこういう言い方は妙かもしれないが――たっぷりと絶句してから我に返ったスケルトンはマジックチャージャーを机に置き、その横にある羊皮紙にわくわくしながら目を向けた。
中身を読んで首を傾げ、んでもってガクッと肩を落とす――なんじゃ、珍しくともなんともない。そういう感じだ。
千年近くも生きていた魔導師だ、知っているのだろう――羊皮紙に書かれているのが魔導式に関するもので、そしてそれが流行らなかった理由も。
だがその程度だと思ってもらっては困る。
「そこに書いてあるのは、最小にまで細分化した魔法を発動するための呪文やイメージ――そしてそれらを魔導式と互換するための表です」
魔導師の動きが止まる。
魔法関連の勉強をした後、ベリルには思った事がある。
魔法とは呪文とイメージで型作った虚空の回路に、魔力を流しこんで現象を起こす技術だ。
ならばその呪文とイメージを必要最低限のパーツに分けてしまい、それを魔導式に翻訳してしまえ。
言わば、魔法のシステム化である。例えば地球の言葉を例で例えると、今までは読音を漢字で表現していた万葉仮名だったのを、ひらがなを制定した上で五十音表にし、カタカナに翻訳した事に近い。
しかしこの呪文のシステム化、ひいては魔導式への翻訳のキモは単にわかりやすいだけではない。
バイアンは、まだ動かない。
「そこに書いてあるのは、呪文とイメージでも簡単な方を細分化して魔導式に起こしたもの、ですが――」
放心した様子で死した魔導師がゆっくりと顔を上げ、そこにポッカリと開けた二つの黒い穴から視線がベリルに注がれる。
やっとわかったのだろう、羊皮紙に書いてあるものの意味が。
そして目の前にいる少女が、どんなとんでもない事を考えているのか。
その態度でベリルは自分の発想について、確信を深める。
「更に魔導式への互換を進めてマジックチャージャーも併用すると、理論上では誰でも魔法が使えるようになります――魔力がなかったり、呪文を口にできなくても。」
――例えば、今のバイアンやベリルのような。
これは彼女や若き商人が脳裏で思い描いていた、魔力なき者でも魔法を行使できる技術――魔道具の基本となる概念なのである。