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体は骨でできている

 声が聞こえる。


 起きなさい。


 なんじゃ、やぶからぼうに。

 眠かったので、彼はその声を無視した、寝返りを一つ。

 ばしばし。

 頭を叩かれた。

 徹底的に無視する、彼は眠いのだ。

 やがて諦めたのか、手が離れる。

 うむ、若者は諦めが肝心じゃ。


「起きなさい――――――!」


 イエ―――――――ス、マム!


 いきなり耳元で怒鳴られ、バイアンはまるでバネができたかのように跳ね起きて直立不動の姿勢を取った。


 ん?

 そこで気付く。


 目の前に銀髪の少女が立っていた。年のほどは十になるかどうかと言った所か、貴族がよく着るようなフリフリのドレス。見覚えのある顔の上には、どんな宝石でも摸倣のできない、揺らめく紫が彼を真正面から捉えている。

 バイアンはその人物を知っていた、その背後にいる全身鎧のスケルトンナイトも。


 ――はれ、奥方、何故そんなにちっこくなっているのでありますかね?


 いや待て、奥方は確か1年前に逝去したはずである。あの時の魔王タッカートの荒れようと言ったら、それまで合計三人の魔王に仕えたバイアンの心胆を寒からしめるものであったのだ、忘れたくても忘れられるものではない。

 何せ、魔王城が丸ごと真っ二つになりかけたのである。


 ――あの時は危うく死ぬところであったな。


 となると目の前にいるお嬢ちゃんは別人か。

 それにしてもよく似ている、闇の巫女の血縁だろうか?

 心中の疑問をあらわすように首を傾げたバイアンを見据え、奥方をちっこくしたようなのが口を開いた。


「バイアンさんですね?」


 左様、わしがバイアンじゃ、と頷きながら言おうとして――

 声が出なかった。

 む。


「魔王城お抱えの魔導師である、あのバイアンさんですよね?」


 頷くと同時に、声が出ない理由に気付く。

 両手を前に出すと、骨だけの指と手のひらが視界に入った。

 なるほど、どうやら自分は使い魔であるスケルトンになったらしい、とバイアンは状況を理解した。

 どうやって死んだのかは記憶にない。ある朝起きた後、いきなり千年近い人生が一瞬で目の前を走り抜けたのは覚えているので、多分その辺りでお迎えがきたのだろう。

 そしてお迎えされた先は、目の前の少女だった。記憶があるという事は、自分はただの使い魔ではない。

 バイアンには、今の自分のような存在を作り出す魔法に心当たりがあった。


 ――なるほど、あの術を使われるとこういう感じになるのじゃな。


 自分の考えた術式を自分に使われるというのはなかなか味わい深いものがあった――まるで自ら掘った穴に落とされて埋められる気分だ。

 その一方で面白いとも思った――なにせ、こんな体験は誰にでも出来る事ではない。


 周りを見回す、自分たちが立っている所には墓石が間隔を空けて並んでいる。一番隅っこでは巨大な空き地のド真ん中に金属の棒が立てかけている――見覚えがあった。葬った冒険者や勇者が勝手にアンデッド化しないようにする、魔除けのシンボルだ。

 つまりここは魔王城にある墓場という事になる。バイアンには身寄りがないので、恐らく自分が死んだ後にここに葬られたのだろう。

 ふと思い付いて足元を見てみると、比喩的ではなく、棺桶の中に両足を突っ込んでいた。

 背後を振り返ると棺桶が埋まっていたであろう穴、そして墓石。


 偉大なる魔導師バイアン、ここに眠る、タッカート歴78年。


「あの……状況は理解できていますか?」


 問題ない、右手を背中に回した一礼をする――人族の騎士の場合は誓いという意味で剣を目前に立て、魔導師の場合は敵対の意思がないという事を表明するために、杖を背後にしまうのだ。こんな()では格好が付かないのも確かだが。

 ほっとしたような様子の少女はバイアンに一礼し、背後を振り返った。


「では、ついてきてください」


 その瞬間、何かに引っ張られる感じがして足が自然と動いた。


 ――ほう、これが術式に強制される感触という奴か。


 となると術者は当然ながら目の前を歩くお嬢ちゃんという事になる。

 魔族の寿命は長いが、大体二十代までは人族と同じ速度で成長する――つまり彼女がヴァンパイアでない限り、見た目そのままの子供が、自分の作ったあの魔法を行使したという事になる。


 ――うーむ、実に面白い。


 まるで滝のようにきめ細かい銀髪が揺れている。バイアンは少女の後ろ姿を観察した。

 その時だった、男の声が聞こえたのは。


『ご老体、お久しぶりです』


    ※


 バイアンの墓を掘り出し、遺骨に秘術を施して出来上がったスケルトンは非常に落ち着いているように見えた。

 そして状況を飲み込む速度が異常だった。城内を歩いている間、なんと歩き方がギクシャクとしていた――普通のスケルトンのフリをして見せたのだ。


 更に驚いたのは工房のドアをベリルと共に潜った後だ。

 中で控えていたゴーレムにバイアンは目を向けた。なめらかに戻った動きで、片手を挙げて挨拶をする。

 驚くベリルを尻目にバイアンは興味深げに工房を見渡していたが、突如、グルンとその首が120度くらい回転し、再びサス=カガタの方を見る。

 心臓に悪いのでやめて欲しい。

 魔導師のスケルトンは異世界版ホワイトボードに近寄った。羽ペンで余白に文字を書き始める。


 ――さて、とりあえず自己紹介と行こうかの。


「はい、お願いします」


 ――もうわかっている事だろうが、わしはバイアン、生前はこの城で魔導師なんてのをやっとった。そんでお嬢ちゃんの名前はベリル、魔王タッカート様の一人娘である。今は9歳。ここまではいいかの?


「……そこまで知っているのですか?」


 驚いた。

 この魔導師が死んだのは8年前の事だ。例え両親と面識があって自分が娘だと見当がついていても、再婚しているかどうかわからない父親の一人娘、なんてのはわからないはずだし、見た目からおおまかな年頃を推測はできても、9歳なんて正確な数字は出てこないはずだ。


 ――そこのほれ、騎士に聞いたのよ、どうやら使い魔同士では意思の疎通ができるようでな。


「ランスロットと?」


 ――予め聞いておけば話が早いじゃろう? わしもこんな体になって初めて知ったが、例の魔法は普通の使い魔の式を流用しとるから、使い魔同士が連携するための疎通機能も受け継がれてるらしい。


「ではサス=カガタとも?」


 ゴーレムはベリルの前でひざまついたまま動いていなかったのだが。


 ――うむ。


 120度の理由はそこか。腹話術みたいだ。


 ――しかし伝説の騎士の名とはな、いささか名前負けしておらんかね?


 そう書いて、バイアンはわざとらしくカタカタと歯を鳴らす。笑ってるつもりらしい。

 傍に控えている髑髏の騎士を見上げる。

 そっぽを向いていやがる――こんな動きをするのは、ベリルも初めて見た。


 ――照れとるんじゃよ、勘弁してやれんかの。


 そう言えばランスロットはこの魔導師が召喚したスケルトンだった――気分的には親子、いや、生前の年を考えるとおじいさんと孫だろうか。


「いいんです、それで」


 カタカタカタカタ。

 そして死した魔導師は、いきなりド真ん中に切り込んできた。


 ――もうすぐ寿命なんじゃろう?


「……はい」


 ――独力では間に合いそうにないので、まだ簡単だったスケルトンの術式でこの老骨をたたき起こした、違いますかな?


「…………その通りです」


 辛うじて声を絞り出し、ベリルは唇を噛む。


 わかっている。

 自分で開発した術式で自らを使い魔にされたのだ、複雑な気分であるのは想像に難くない。術式の強制は絶対的であるが、それは使い魔になった本人の気持ちとはまた話が別だ。

 それを承知の上でこの秘術に挑んだのだ。

 不興を買ってでも。

 秘術で強制してでも。


「あの……ランスロットを再生できれば元に戻します、だから――」


 ベリルの言葉をバイアンは手で遮り、続けて言葉をホワイトボードの上に紡いで行った。


 ――おっと失礼、状況はわかり申した。なぁに、この爺やに任せれば大丈夫ですぞ、ご安心くだされ。


 椅子に座ってなければ崩れ落ちていたかもしれない。

 ホワイトボードに体を向けたまま首だけを180度回転させた魔導師は、ベリルの顔を見て再び書き足した。


 ――ハンカチが必要ですかな?


 え?


「あ、あれ?」


 知らぬ内に涙が流れていたらしい、慌てて取り出したハンカチで拭う。

 うわー、恥ずかしい、大の男が何度目だよ。

 

 良かった。

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