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最初の魔道具

 なんだ、まだ子供じゃないか。

 お互いに対しての第一印象がそれだった。

 無理もない、少年にとってベリルは年下の少女である。逆に地球生まれの元青年にとって、リベールはまだランドセルが取れたばかりのガキだった。

 しかしだからと言ってお互いを侮るような態度は見せない――片や幼くも評判が魔界に広がりつつある才女。片や若年12歳で魔王城に切り込もうとする商人。お互いに自分がそうであるので、尚更人を見た目で判断できないという事をよく知っていた。


「はじめまして、お会いできて光栄です、リベールと申します。下賤の生まれ故姓は持ちませんが、魔王様の大いなる庇護の元、各地で商いをさせて頂いています」

「はじめまして、ベリル=メル=タッカートです。恥ずかしながら魔王様の眷属として皆様の恩恵を受けている一人です」


 流石と言うか、挨拶の順番や前口上など、礼儀にも手抜かりなしである――うーん、どう言うのか、目を閉じれば談話室の平均年齢が7歳くらい上がりそうな二人だった。何故そんな半端な数字なのかは部屋の中には三人いるからである、ちなみに生きていない護衛のスケルトンナイトはノーカンだ。


 二人の年齢を足しても桁が一つ足りないぐらい生きているアルケニーは、二人の会話を黙って見守っていた。主の能力を信頼しているし、無粋な自己主張で場の空気を乱すほど下衆ではないからだ。

 口火を開いたのはベリルが先だった。


「早速ですが、本題に入りましょう」

「……よろしいのでしょうか?」


 ベリルは王族である――格付けをするための雑談や能書きを覚悟していたリベールは拍子抜けと言った様子で呟いた。


「ええ、既に城下町で数日もの間、待つための無駄な時間を過ごしたのでしょう? 更にそれをさせるのは忍びありませんから」

「そうでもありませんよ、これほど美しい姫に一目でも会えたのなら、待った甲斐もあったというものです」


 ふふっ、と猫を被りながら笑うベリルは、しかし内心驚いていた。

 リベールの視線は、元青年にとって馴染みのあるものだった――言葉こそお世辞を言ってはいるものの、お姫様や女としてのベリルにはこれっぽっちも関心がない、そういう目だ。

 いや、男の(さが)として惹かれてはいるのだろう。年が近いのなら尚更である――その上で己を制御し、それ以外のものに専念する目。

 いっぱしの、男の目だった。


(ほー、こいつは面白い)


 久々に放り込まれた生意気な坊主という刺激に、久々に少女の中にいる元青年が頭をもたげた。


「こんな物を送りつけて博打を打ったのなら、こんな子供にお世辞を言う必要もないでしょう?」


 そう言ってベリルが取り出したのは、例の羊皮紙の切れ端だ。


「そうでもありませんよ、商品の価値をわかる方は、商品その物より大事にすべきだと思っていますから」

「それで、博打の結果はどうでしたか?」

「ええ、思いもよらぬ大物が釣れました」


 全く、なんという会話だろう。シラは心底呆れた。大の商人でもペースを乱すような主に平然と接する少年が少年なら、そんな相手に初めての交渉をケロっとしてこなす主も主だ。


「今日お見せしたいのはこれでして」


 そう言ってリベールが机の上に差し出したのは一枚の羊皮紙である――巻物ではなく、折り畳んである。

 それをベリルは手に取り、読む。

 冒頭からその羊皮紙の用途が書いてある。


 ドンピシャだった、これ以上なく。


「これをどこで……と聞いても教えてもらえないのでしょうね」


 リベールは魔力の魔の文字とも関係のない人族だ。逆に言えば――魔力絡みの物は他に魔族が絡んでいる可能性が大きい。


「ご容赦を、折角姫君に渡りをつけられたのですから」


 頭ごしに直接行ったり来たりされるのは困るという事だ。


「ではお望みの代価はありますか?」

「……恐れながら、噂に聞く、火をつけれる藁束というのを」

「はい、どうぞ」


 ポン、と机の上に置かれて開かれた細長い箱を、リベールはこれ以上なく間抜けな顔で見つめる。

 直後。

 あーはっはっはっはっ。

 堪え切れないという感じで、顔を押さえて笑い始めた。


 よっしゃー、一本取った。

 元青年はお姫様のなかで密かにガッツポーズ。


「参りましたよ、そこまで読まれていたとは」

「秘密の価値を知る人が、技術の安売りをする訳がないでしょう?」

「ええ、全くその通りです」


 羊皮紙の切れ端に技術そのものではなく、その有無だけを示唆して直接渡そうというのはそういう事だ。

 地球では、それを企業秘密と言う。

 この幼き商人は、技術の価値を知る者を探していたのである。


 ――全くとんでもないな、本当にまだ12歳か?


 元青年は自分の身分を棚に上げて舌を巻く。


「お嬢様、それは……」

「大丈夫」


 ここでついに見かねて口を挟んだアルケニーをベリルは抑えた――まあ、言いたい事はわかる。

 この細長い箱は、ベリルの秘密に掠っているのだ。


「中身を検分しても?」

「どうぞ」

「……一見普通の藁束ですね、これは指輪――いえ、金属の輪ですか、内側に彫っている紋様は魔法を発動するためのものでしょうか? となると……この藁束が特別なのでしょうか」


 ビンゴ。


 その台詞でベリルは若き商人の意図を確信した。

 間違いなく、こいつもベリルと同じ概念にたどり着きつつある――いや、恐らくまだリベールの中ではまだ名前すら無いだろう。しかし一歩遅れつつも元青年と同じ事を考えているのだ。


 少年、君が考えている物に名を付けようか。


 魔導具なんてどうだろう?



 そういう事である。


 使用すれば魔法を使える道具を、魔道具だと定義したとしよう――ベリルが調べた限りでは、今までそんな概念はこの世界になかったのである。魔族という種族が存在し、魔法という技術が存在する世界では非常に意外な事だった。


 それはさる事ながら二年前、藁束マッチを完成させたベリルが真っ先に思いついた事。

 魔法を使うための魔道具があれば――藁束マッチのように、自分も魔法を扱えないか?


 典型的なファンタジーでの魔道具という物は、動力源で分ければおおまかに二つに分けられる――所持者の魔力を使う物と使わない物である。

 しかし前者は簡単な呪文なら覚えた方が手っ取り早い。ベリルが求めるのは無論後者だが、そちらに至っては何かの物質に魔力を流す事はできても、貯め込む事の出来る物質が自然にはなかった――というよりは誰も見つけようとしていなかったのである。

 何より魔力の放出を可能とする物質がない、これが最大の問題だ。放出ができないと、いくら魔力を貯蔵できても取り出して利用ができない。


 ん? 魔力を貯蔵して、放出できる物質……?


 そこまで考えて、ベリルはモヤモヤとした違和感を抱いた。そして半日後、用を足している時、その正体に気付いて頭を抱えた。


 あああああああああああああああった。


 股から出るアレ、つまりおしっこであった――それはばっちいのを除けば、便利な液体電池と言える。木の棒にチョンすれば魔力が利用でき、魔法が発動するのである。

 これの価値を知る者に知られた日には、問答無用でどこかに拉致されかねない。となるとあれか、それなんて恥辱の姫◯◯◯(同人でチマチマ小金を稼ぐ会社の18禁ソフト、ダウンロード販売、2000円)となる訳か。極めつけに性転換物である。

 なんてこったい――秘密の重さがまた増えてしまった。一体何の嫌がらせだ、これは。

 まさかお嫁に行くより悪い未来絵図があったとは。過酷と言えばあまりにも過酷な現実であった。


 今までベリルが技術開放の手を止めていた原因の一つがこれである。

 藁束マッチやマジックランタンと順調に出来上がった――さあ次は面白アイテムでも作っかあ、という矢先に、この問題に気付いてしまったのだ。妙に広まってベリルの痛い腹を探る奴が出てきては元も子もない。


 おしっこの代用となる物が必要だった。

 魔道具を作るために、そしてベリルの秘密が暴かれるリスクを軽減するため――ベリルは魔力を貯蔵し、自由に放出するための電池を作らなければならなかった。



 そして雌伏の時は終わった。

 リベールなる少年が、最初ベリルの元によこした羊皮紙の切れ端にはこう書いてあったのだ。


 魔力の放出に関して。


 野球で言えば100マイル。受けた方の手が痛くなるど真ん中の剛球ストレートだった。欲しくてたまらなかった。


 しかも彼はベリルに更なるものを提示してきたのである――即ち、私は知識の価値というものを知るという、機密保持の概念である。


(勿論、手札はまだあるんだろう?)


 ボクシングで言えば、先ほどのやり取りはジャブの応酬を交わしたに過ぎない。

 面白かった、たまらなく面白かった。

 脳筋だらけの周囲の中にいて一人で飽き飽きしていたベリルと、彼は初めて同じ考えを持っていたのである。

 それはそうであろう、この世界はベリルを中心に回っているが、決して彼女を特出させるために馬鹿ばかりを配置した趣味の悪い世界ではないのだ。


「他に望む物はありますか?」

「ございません、"今日"はこれで十分です」


 一瞬、ベリルの反応が遅れた。

 逆に一本取られ返された形だった。


「わかりました、若き商人リベールよ、今後何らかの技術があれば持ってきてください。悪いようにはしません。魔王の娘、ベリル=メル=タッカートとしてそれを保証します」

「ありがたき幸せ」


 ソファの上で深々とお辞儀をする少年の頭頂をベリルは眺める。ひょっとしてこいつも馬鹿だらけに見える世界に飽き飽きしてたのかもな、と思った。


 ベリルは正しかった、そして間違ってもいた。


     ※


「随分と楽しそうにお話しておりましたね」


 シラの言葉に、プレアメイドの持ってきたお茶を飲んでいたお姫様はあー、うんと空返事をかえす。


 アルケニーは思案した――よくよく考えてみれば、これは主が初めて近い年頃の子供どころか、異性と話した唯一の事例だった。

 あの少年は平民ではある。しかしあの年で魔王城に切り込んでくる辺り、頭はかなりいいようだ――たまたま主の求めていた物を持っていたとは言え、会話にこぎつけたのは大金星と言っていい。

 流石にまだ色気付く年頃ではないが、お嬢様もこれで多少は異性に興味を持ってくれれば……。


「シラ」

「はい、お嬢様」

「あの商人の身元を洗ってください――ただし、技術の出元がわかっても手を出さなくていいです」

「それは勿論ですが……理由をお聞きしても?」

「気になるから」


 主が色恋な意味で言ったのではないのは明らかだった――何故ならその紫色の瞳に浮かんでいるのは甘ったるいものとは程遠いシリアスなものだったからだ。



 今、ベリルはこう考えていた。

 こう言ってはなんだが、藁束マッチはそれ自体だと売り物にならない。

 ベリルのおしっこを蒸留した結果、わずかながらも魔力が聖水蒸留水の中に残っていた――そして聖水に浸けて乾燥した藁束には、その魔力が込められている事になる。

 付属されている金属の輪には、魔法にそこまでの造詣がないベリルでも開発できた簡単な魔導式が彫り込まれている、それを藁束に通す事をトリガーとして、火の魔法を発動させるのだ。

 この世界では画期的な発明だと言ってもいい。


 しかしそれは商品として大きな欠点を抱えていた。

 個人の体質を利用しているので、当然ながら量産できないのだ。


 さきほどの交渉の際、ベリルの横には藁束マッチの他にもランタンが置いてあった。しかし意外にもリベールはそれを一瞥しただけで引き上げてしまったのである。

 こちらの欲しい、あるいは一生をかけても得られない物を寸分違わず持ってきておいて? 商品未満の物だけを一品取ってアッサリ引き下がった?


 あそこまで若くて成果を出す人間が腹に一物を持っているのは当然だが、あまりにも代価が釣り合ってない――怪しさ全開である。調べようとして当然だった。


 まあいい――とりあえずは技術の検証だ。

 全ては杞憂で、リベールがただのペテン師だという可能性もあるのだから。

 そして羊皮紙に書いてあるのが本物だとすると、今度は本命を狙って魔王城に来るだろう――あまり期待はできないが。ひょっとして聖水の代わりになる物を作って持ってくるかもしれない。



 違う、そうじゃない。

 ごちそうさまとベリルが礼を言って談話室から出て行った後、アルケニーは密かにため息を一つついた。


 これは先が思いやられるわね。

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