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形なきモノの価値

 油断があったのかもしれない。


 工房での成果は魔王城内で一定の評価を得た――その結果、資源と時間にある程度の自由が効くようになった。

 対外的には自重し始めたので非常に地道ではあるが、その間も工房での実験は進んだ。

 世界への理解を深めたベリルには、全てが順風満帆だと感じていたのだ。



 非常に間抜けな事に、髑髏の騎士に呼ぶべき名前が無い事をベリルが気づいたのは、この世に生を受けてから8年も以上の事だった。余裕ができてから気付いたのである。

 ある意味無理のない事なのかもしれない。髑髏の騎士はベリルが5歳になるまで主と触れ合う事なくボーと突っ立っていたし、彼女が麗人の塔から外に出る時は呼ばずともついてきたからだ。


 ずっと、一緒だったのである。


 そして落とし穴は、老婆の言葉でぽっかりとその口を開けた。


「お嬢様、もうすぐ寿命なのですから、名を付けると情が移りますよ」


 だがその言葉を聞いたベリルの表情を見たシラは、しまったという様子で額に手を当てる。


 時既に遅しだった。


 

 そう、気付いた頃には遅かった。

 滅びの鎧は既にランスロット――髑髏の騎士を取り返しのない所まで蝕んでいたのだ。

 当の鎧を作ったサス=カガタが工房に書き込んだ返答によると、鎧を取り外せばスケルトンナイトは自らを支える力を失うという――塵と消え去ってしまうのだ。

 これで必要なのが魔力であったらまだなんとかなった。しかしが鎧が吸い取っているのは、骨で構成された体に残る数少ない生気なのだ。


「せめてバイアンが生きていたのなら、まだなんとかなったのかもしれませんが」


 そして誕生日の朝、シラの口から出たその名前を聞いて、ベリルの心臓が大きく跳ねた。

 シラとの相談で出たその魔族は、秘匿している秘術が記された羊皮紙、その最後に書かれた文字であった。そして彼は約8年前にこの世を去ったという魔王城お抱えの術者でもある。


 しかしシラの言葉は、禁忌の秘術という意味ではないだろう――聞けば禁忌の秘術は腕利きである彼の者が使えた数多の魔法の一つに過ぎない。スケルトンナイトを作った者なら滅びの鎧の事もなんとかなるのでは、と考えているのは明らかである。


 ベリルは迷った。


 禁忌の秘術を使えば確かに髑髏の騎士を召喚し直す事は可能だ。だが魔法の使えない彼女にはいまだ直接使う手段がなく、どうしても誰かに頼る必要がある。

 ランスロットを再生するだけなら、今すぐシラにその存在を明かせばいい。


「確か資料庫には、その類の記録も残っていないという話でしたね」

「うん」


 ごめんシラ、嘘ついた。

 知識を残すためのメディアである羊皮紙が高価だ。そのせいか元地球人の感覚からすると、魔族というのは記録するという事に恐ろしく無頓着だ。

 しかしこの場合はある意味幸運でもある。そのお陰で禁忌の秘術が残っているなど、この地獄耳なアルケニーでさえ疑問に思わないのだから。

 彼女や父親を信じていない訳ではないが、教えるのは最後の手段だった。


 元青年の知ることわざが一つある、後悔先に立たず。

 目の前の安易な選択肢に飛びつくだけなら猿でも出来る。


 考えろ、手を尽くせ。

 どうにもならないと思うには、自分はまだ何もしていないのだから。


    ※


「あれに名前を付けたようだな」


 その声を聞き、思考の海に沈んでいたベリルは我に返った。見上げればここ数年ですっかり見慣れた顔が目に入る。


 魔王・ベルセルク=フォン=タッカート。


「……お父様」


 なんとなく、その膝の上が定位置になってしまった感がある。それでも父の顔を見たければ、大きく見上げる必要があるくらいの偉丈夫だ。


「どういう名だ?」

「はい……ランスロットと」


 ベルセルクはクックックッと愉快そうに笑う。ベリルには慣れっこではあるが、その仕草の一つ一つに威圧感が篭っている――娘の前ではただの父親であるこの男は、紛れもなく魔族を統べる魔王なのだ。


「古の騎士の名とはな」


 驚いた。


「その名の人物がいたのですか?」


 この世界に。


「ああ――それに因んだのではなかったのか?」

「いえ、自分で思いつきました」

「ふむ、偶然とはあるものだな」


 ベリルはそう思わなかった。

 ランスロットなる名が出てくるのは地球では有名であるアーサー王の伝説である。

 最高と言われた伝説中の騎士――それと同じ名前の人物が、やはり騎士としてこの世界に存在した。


 ――そんな偶然があってたまるか。


 偶然と考えるにはあまりにも記号の符合が多すぎる。この体になってから随分と疑り深くなってきたような気がする。


 しかしその疑問はとりあえず後回しだ。誕生日がベリルにとっても、ベルセルクにとっても、親交を深める貴重な機会なのである――その証拠に、今まで無数の人族と魔族を屠ったであろう手のひらが、ベリルのぷにぷにとしたほっぺたの形を変えるようにグニグニとする。

 こうやって父が自然に実の娘を愛でれるようになるまでも、かなりの時間がかかったのだ。


「ところで部族達の贈り物は気に入ったかね?」

「全然」瞬殺であった「一応はお茶のお供にできそうなお菓子ですら、何が入っているかわかりませんから」

「そう言うな、あやつらはあやつらでお前の気を引こうと必死なのだよ」

「それなら私の好みぐらい知っておいた方が筋だと思います、巨大な宝石だの秘蔵のワインだの――そんな相手の身の丈に合わない物を送ってくるぐらいなら、羊皮紙と羽ペンの方がまだマシです」


 いや、それもどうかと思うが。

 魔王(お父)さま、思わず天を仰いでしまった。魔族に共通の神はいないのだがなんとなくである。

 最近は少々おとなしくしていたと思えばこれだった。外見はますます亡き妻に似てきた娘の、教育のしかたをどこで間違ったのだろうか――それについてはこの三年間、何度もアルケニーと話したが結論は出なかった。恐らくこれからも謎なままであろう。

 というか男として見ると、彼の娘ほど難儀な女はいないだろう、そういう意味でも母親にソックリなのかもしれない。


「好みか」


 しかし父親としては余裕があった――なにせ、この母娘の性格を一番把握している男というのが自分だという自負があったからからである。その一番把握している者に女を含めないのはまあ、そういう事である。


「そう言えば今年はまだ私からのプレゼントを送ってはいないな」


 ベリルは目をパチクリとさせた――6歳のあの件以来、彼女は誕生日に何もねだっていなかったのだ。


「今日という日に先立って、外界に通達を出しておいた――魔力や魔法に関する、その伝承などに出る物を求める、とな」


 恐らく魔王城の外では、そのお触れがベルセルク自身のためだと考えているに違いない。

 しかしそうではない証拠に、彼の愛娘は亡き妻を彷彿とするような笑顔で、彼のたくましい胸板に頬を擦り付けたのだ。

 ありがとう、お父様。


 どうだ、まだ見ぬ男達よ。

 娘の笑顔はまだしばらく父親だけのものなのだ。



 そんなこんなで数日後。


 各地からの呈上物の検分は、随分と骨が折れた。そしてそれはゴテゴテとした品物の中、殊更にベリルの注目を引いたのである。


 それ自体はただの羊皮紙を切り取った切れ端だ。

 しかしベリルがその上に書かれた文字を読んだ瞬間、秘境で掘り出されたという金属の塊も、珍しい植物のサンプルも全て霞んで見えたのである。


「シラ、これを書いた商人は誰?」


 とんでもなく興味を惹かれた。


 こんな発想をする者が、この世界にもいたのだ。


    ※


 その時、彼は飲食店の外で冷たくなったお茶を前に、時間を潰していた。


 人界では雪の厳しくなる厳冬だが、常闇であると同時に常春の土地である魔界ではそんな事もない。同じ冬でも多少冷たい風が吹く程度で、酔っぱらいが地面に寝込んでも翌日無事に起きれるほどだ。


 魔族の王が陣取る城を中心に一定距離内では建設を許されてはいないが、やはりそれだけのシンボルに人が集まらない訳はない――観光しに来た者。魔王城へ奉公しに来た者。一旗挙げたい者。その彼らから稼ごうとする者。吸い寄せられた人々はやがて家を作り、村と成し、いくつかの町へと成長して行った。


 今やそれらは繋がり、山脈を背にした魔王城を囲む巨大な城下町と化している。

 さながらそれは、今も彼の前にある、半分食べかけのドーナツだった。

 飲食店の外からは魔王城を一望できた――彼が座っている席が置かれた平原の向こう、手のひらに納められるほど小さいそこには、常闇の君主である魔王が陣取っている。


「ご主人、お尋ねしたい事がある」


 はい、どうぞ、と背後でそんな会話が聞こえた。


「この店にリベールという商人はいないかね?」


 ああ、それならあそこで座っている坊主がそこだよ。

 それを聞いて、リベールは素早く食いかけのドーナツをお茶で流し込んだ。


 どうやら賭けに勝ったらしい。


「もし、リベール殿かな?」

「はい、何でしょうか?」


 使者らしき魔族は戸惑いながらリベールに声をかけた――まあ、気持ちはわかる。


 何せ、自分はまだ12歳の若造なのだから。

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