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旅の少年

 ガタン。

 馬車が地面の凸凹を拾い、小さく揺れた。

 いってー、何だ今の、荷台に尻を打ち付けた乗客達が口々に不満をこぼす。

 気の荒い傭兵達などは我慢できず、御者に直接文句を言い始めた。


「御者、もうちょっとデリケートな運転できねえのか!」

「いやー、すいませんねぇお客さん達、この辺り、街道が荒れてるんで揺れるんですよ」

「ったく、頼むぜ」


 まあまあ、旅には付き物の風物詩ですよ――同行の商人達に笑いながら窘められ、傭兵は気まずいような、申し訳なさそうな笑みを返した。

 年季の入った傷だらけのドワーフだった。乱暴そうでいて愛嬌があるのはこの業界で長いからだろう――魔界を渡り歩く定期便の護衛は腕が無ければ勤まらないが、それだけしか能のない乱暴者が安定した仕事を得られるほど世の中甘くはない。

 今もほら、彼は荷台の中をグルリと見回し、終始黙ったままの商人に声をかけた。


「坊主、お前は平気なのか?」

「慣れっこですから……それにしても大したものですね」

「……何がだ?」


 幾つものバッテンや切り傷が残った顔、それが訝しげに歪む。


「皆の不満が直接爆発する前にガス抜きをしたんでしょう?」


 自分でも意識してやっていた事ではないのだろう――指摘された強面な傭兵はたちまち顔を真っ赤にさせた。


「……ばっ! 坊主、そんな事はわかってても言わないもんだぜ」


 あらら、こそばゆいような、恥ずかしいような顔で黙りこんでしまった。わはははははは、二人のやり取りに好意的な笑いを上げた商人の一人が口を開く。


「少年、君こそ若いのに大したものです」

「そうですか?」


 ドワーフが我慢できずに口を挟んだ。


「そうでえ、俺もこの稼業長いが、坊主ほど若いのはあまり見ねえぞ、今いくつだ?」

「はい、先月で十二になりました」

「けっ、まだ乳臭さも抜けてない年でそれかよ、気色わりぃったらありゃしねえぜ」


 やり込められたお返しのつもりか悪態を付く傭兵だが、周囲の視線は暖かい――見た目や態度ほど怖い人間ではないのがバレて形無しと言った所だ。

 年端もいかない人族の少年は商人はかくあれと言わんばかりの、見る者を和ませるような笑みを浮かべ、空気を入れ替えるように話題を口にした。


「そう言えば魔王城のお姫様もまだ若いらしいですね」

「っていうかまだガキだな、今年で確か9歳になるって話だったか」

「というと少年、君もですか?」

「ええ、取り扱っている商品の中にいくつか面白いものがありまして、それでなんとかお城の人に渡りをつけられないかと」

「いやはや、その年で魔王城ですか、本当に大したものです」

「噂の美姫にもお目にかかってみたいですね」

「いや坊主、そりゃ流石に無理だろ」

「希望ですよ、希望」

「なんでえ、らしい事も言えるじゃないか――しかしどうなのかねぇ、そのお姫様ってのはそんなに綺麗なのか? いくら金のかかった王族とは言え、いかんせん、まだ九つにもなってないんだぜ」


 生き馬の目を抜くような商売をしている相手に溶けこむようなドワーフの話術に対しても、金が絡まない事なので商人達も気楽なものだ。

 とは言え、こんな時こそ緩んでポロッと漏らしてしまうのだから案外油断がならない。水を向けた後ははいお好きに、という抜け目の無さを尻目に、少年と傭兵は会話を続けた。


「さあ、お目にかかった事はないですが、火のない所に煙は立たないとも言いますし」

「その噂もどこまで当てになるんだかなぁ・・・火打石も魔法もなしで簡単に火を起こすだの、人族でも使える魔法のランタンだの、あんなのを本当に作ったんなら、もっと広まっててもいいと思うんだが」

「へえ、そんな話があるんですか」

「おうよ、とは言え、魔王城から帰省した料理人が話した奴の、その又聞きだがな」


 少年の目が一瞬思案に沈むのを誰もが見逃さなかったが、若いながらも一端の商人であるのを皆わかってきている。当たり前の事だとして誰もが気にしなかった。


「案外ズルっこだな、おめえさん、この話を引き出すのがお目当てか?」

「その話は僕も別口で聞いていたので裏付けが取れたという程度です、それに――」


 少年は一旦言葉を切って、悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「ズルじゃない、知恵です」


 見れば商人達が皆、うんうんと感心したように頷いていた――それで少年の狙いはそちらの方だと、ドワーフの傭兵は今更ながら気付いた。

 いやはや、男娼でも務まりそうなくらいにナヨッとした面なのに、そのくせ言葉は研いだばかりのナイフのようだ。一太刀で場慣れた商人どもの心に切り込みやがった。

 いや、よく見れば体もよく鍛えている――旅の商人は逃げ足が命だ、それでいて顔に出ていないのはワザとやっている、そうに違いない。

 なんてぇガキだ、末恐ろしいとはこの事だ。


 ガタン。

 馬車が思い出したかのように再び大きく揺れた。


 「おい御者!」


 いやー、すいませんねぇ。


    ※


 魔王城。

 エントランス。

 の右に進んで左に曲がって一番奥。

 のクソ長い螺旋階段上がる。


 ドッチャリ。

 花束。宝石。人形。金塊。首飾り。指輪。おもちゃ。ケーキクッキー果物香水口紅化粧品バッグピアス羽ペン羊皮紙――誰だ、未成年にワインなんか送る馬鹿は。

 うんざりである。


「プレア、これ分類しておいて」

「はい、お嬢様」


 まるで今からゴミでも出しといて、という風の命令を下した主に、その前で控えていたメイドが一礼した――そのままゴミの分類に入る彼女に目を向けながら、アルケニーの老婆は口を開いた。


「ベリル様……それなら私が」

「シラにはあとでちょっと相談――大丈夫、返事はちゃんと送るから」


 あ、そうそう。


「プレア、ワイン送ってきたのには返事無しで、あと、ちゃんとした物を送って貰った人には私が自分で書きます」

「かしこまりました」


 そう言われては、シラとしては引き下がるしかない。

 それにしてもなんだろう――やる事はやっているはずなのに、この釈然としない感じは。


 3年経った。

 話を進めるのがはえーよタコ、という読者の方々はとりあえずその振り上げた握り拳を下げて頂きたい――別に途中の描写が面倒だとか、話進まねーと誰かに言われたからではない。これはシナリオ進行上の必然という奴なのである。


 何せ、この間の展開と来たら、地味の一言だったのである。


 それを知るには我らが主人公、麗しき幼女、んで中身は地球生まれの元青年、ベリル=メル=タッカートの一日を見てみよう。


 朝、起床。魔界の朝というのはカーテンを開ければお日様がキラキラという訳には行かない――常闇の世界なのである。しかし魔族達は起きれば薄暗い空間が広がる生活に慣れているので特に不満はない。

 この点ばかりは子供らしく――ベッドの上で団子虫になるクセのあるベリルを優しく起こすのは世話役のシラである。ただし優しいのは起こし方だけで、何時までも布団の中でグズってると百と八もあるという技をかけてられて偉い目に遭う。ところでこの老婆、この9年間で麗人の塔に朝来るのが遅かったり病欠したりお暇を頂くという事が一切無かった。ひょっとしてロボットかなんかじゃないだろうか、と世界観の違う感想をベリルが抱いたのは内緒である。


 ベリルがパジャマ姿でトイレに入っている間は朝食の用意である、しかしこの二年でそれをやったのはアルケニーではない。彼女と一緒に朝食を運んできたメイドの名をプレアという。花も恥じらうバンシーろくじゅうさんさいであった。


 単なる世話役になるのを惜しんだ主のリクエストにより、シラが念に念を入れて選考した上、秘密を漏らそうとしたら体が動かなくなるという、んで強引に解除したらトラップ発動で北斗神拳をかけられたモヒカンみたいになる、というえげつない魔法をかけられた彼女は当初ビクビクオドオドとしていた――しかしベリルの身の世話をし、シラからご教授を受けている内にすっかり混じって赤くなってしまった。

 現在の性格は一言で言い表すと、セメント系。ベリルと並んでいるのを眺めるのは結構な目の保養だが、二人のイメージは温室トマトと研がれたカマぐらいの開きがある。


 その結果、経験豊富な老婆はお姫様の相談役というポジションに納まった。言葉に出さなければ魔王の懐刀という認識をする奴は魔王城にはいなくなっている。


 朝食の後、着替えるのは勿論フリルゴテゴテのドレスだ。無論元青年とアルケニーの間に血で血を洗うファッション戦争が起きたのは想像に難くない。紆余曲折を経て着替えは自分でやっていい、しかしドレスはお姫様らしく、という結論に落ち着いた事だけをここに記す。


 ついでにこの際なので設定を明かしておくと、喜べ紳士諸君、この世界にドロワーズなどという単なる短パンだったりブッカブカでかぼちゃパンツまがいだったりする無粋な代物はない。一般的にはノーパンだった。


 だが絶望せよ、ベリルも魔界の一般女子も、ここ数年で魔王城から流行の始まった紐パンが一般化している。パンチラのロマンがわからん腐れ外道どもは人界への旅立ちをお早めに。民間レベルでは魔界と交流がある人界のノーパン女子が、地球におけるブルマ並の速度で絶滅するのは確実視されているからである。イエス・パンツ・ノー・タッチ。


 朝食後は授業である。

 経験豊富な貴婦人であるシラによる女としての教育は完璧の一言であったが、ダンスに礼儀作法という所でネタが尽きた――流石は神童というか、地球の中世ヨーロッパの貴婦人も嗜んでいた刺繍についてはもっと凄い物を作っていたし、読み書き勉強計算に至っては独学で野郎顔負けの知識を身につけてきたからである。


 よって近頃のシラはもっぱら相談事と魔法の授業に終始している。ベリルに魔法が使えないのは相変わらずだが、それでも関連の知識がベリルには必要だったのである。

 なお増々ファンを増やすその外見についてだが――噂を聞きつけた各部族から送られた、分類しなければいけないほどの贈り物を見ればその程がわかるだろう。


 が、この娘、立っても座っても歩いても花が裸足で逃げ出すくらいの美貌とは裏腹に、その類の有象無象への対応が身も蓋もなくなってきたような気がする。シラよ、教育の仕方を間違ったのかと悩む事はない、これは主が男としての自我と美少女になってきた外見に葛藤し、妥協した結果なのだから。大丈夫、インディアン猫被る。


 午後は近頃ちょっと動きが悪くなったスケルトンナイトを伴って、大抵は工房か資料庫だった。たまにムシャクシャした時は庭園で体育座りをしたりする。成果を挙げたお陰か魔王やシラによる命令も段々と有名無実化しており、最近は通りすがりの魔族達と挨拶ぐらいはできるようになっている――ただし女人限定で。野郎には相変わらずの面会謝絶状態だった、お姫様の事情を鑑みれば当然と言えば当然の事であろう。


 そして工房には少し顔を出す程度で、最近のベリルはもっぱら資料庫に入り浸っている事が多かった。例の聖水に浸けた藁束マッチだの、余人には原理が不明なマジックランタンだのを作って魔王城内で配ったりしていたが、ある程度の評価を得た時点で彼女は手を止めたのだ。


 何故ならこれらの物が秘術と同じく、きっかけさえあれば人族に扱えるものだと気付いてしまったからだ。それはつまりスケールこそ違うが、禁忌である秘術と同じリスクを孕んでいる事になる。

 無論ベリルとてそれが自分にしか発明できないとまでは自惚れてはいない――それでも他の者が作り出すのはそこまで早くはないと睨んでいた。


 とどのつまり、彼女は技術を外に開放するタイミングを見計らっていたのだ。


 その沈黙は対外的には地味に映った。あれぇ、最近のお姫様ってパッとしないよなと発言した命知らずが肉体的・精神的な両方の意味でボッコボコにされ――しかし内側では主に資料庫の中身をメモで増やしながら、ベリルはひたすら地道に作業を進めていた。


 後になって思えば、それは嵐の前の静けさであったのだ。


 そして9歳の誕生日は、各方面から寄せられる贈り物(ゴミ)の山を分類する事から始まった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 設定が良い [気になる点] ナレーションが第三者視点で書かれてるのに気づくのに時間がかかった
2021/01/21 00:14 退会済み
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