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いい年こいた野郎が魔族の幼女になった時の心境を10文字以内で述べよ

そんなに幼女が好きか君達

 その時、彼女は自室のある麗人の塔に戻るため、長ったらしい階段を登っている所だった


 疲れた。


 心の声は言葉に出さない。目の前にはピシッと伸ばした老婦の背中。有無を言わせぬ雰囲気に引っ張られるかのように、えっちらおっちら螺旋階段を踏む。

 年に一度の、自室から出ていい誕生日。降りる時はスキップしそうになるのを教育係の老婦に止められていたが、登りの足取りはまるで階段にアースハンドでも生えて足を掴まれてるかのように重かった。

 時折塔の壁に空いてる穴からはまるで墨汁をぶちまけたかのような闇が広がり、星一つない。


 ここは魔界、常闇の世界、生きとし生けるものの敵・魔族が住まう領域。


 子供の足に麗人の塔は辛い。そもそものこの塔は城主が気に入った女を闇夜に広げた翼で浚い、空中でキャッキャッウフフと骨抜きにしてから、窓経由で最上階にあるスイートルームに運び込むために建てさてたものだ。世話をするための物質も出前の如く窓から運び込まれるのが常であり、実際に階段を登り降りするのは主に物言わぬリビングアーマーだ。

 つまりこの嫌がらせのように長ったらしい階段に対し、愚痴大賞というものがあれば彼女が一等賞間違いなしなのである。


「バーバ、疲れたよー」


 前の階段を登る老婦はにべもない。


「もうすぐお部屋に着きます、今しばらく辛抱なさいませ」

「もう駄目ー」


 あらら、ついに階段に座り込んでしまった、父親と二人だけのささやかな誕生パーティとは言え、久々のご対面にはしゃぎにはしゃいだのだ。子供は根性がない。ここ至って体力も気力も底を尽きてしまったらしい。

 老婦はやれやれと溜息をついた。居室まではまだ半分もある、と言うと彼女は即座に泣き出すだろうが、子供の足でよく頑張った方だろう。


「しょうがありませんね」


 手に持った魔力の光を消し、老婦は彼女を抱き上げる。夜目の効かない彼女にはもはや何も見えないはずだが、勝手知ったる様子で老婦の体に手を添える。


「えへへ・・・ありがと」

「どう致しまして」


 闇の中で、老婦の目は爛々と赤く光っている。赤い月は微笑ましそうに弓状にしなり、塔の外と同じ色に染まった螺旋階段を危なげなく登って行った。


「バーバも、お父様も・・・大好き」


 老婦の腕の中にいる彼女は、周囲を包む闇に安心しきった様子でまどろみに沈んで行った。



「私達もあなたが大好きですよ、ベリル様」



 闇とその住人は、ただ彼女を慈しむように包み込んでいた。



 星一つない魔界の空にも月がある。

 人界の月と違い、唐突に空に現れて短い間に光を放つそれは、現れた時と同じく突如消え去る。

 人界との違いについて考察するような物好きもいるが、魔界においてのそれは、基本的に一日の区切りという以上の意味を持たない。


 今、常闇の空が月の光を飲み込んだ。


 それは彼女の5歳の誕生日が終わった瞬間でもあった。


 ~1番列車に新宿行き、中央線の列車が間もなく参ります、足元にご注意ください。~

 プー、と遠くから聞いた事もないような音が聞こえる。

 荒い表面をした一枚の巨大の岩の上に、本の中でしか見た事のない人族が、見たこともない服装で周囲を埋め尽くしていた。

 上を見上げると抜けるような青い空の中に、魔界では決して目にする事のない太陽が燦々と輝いている

 やがて先ほどの間抜けな音と共に、巨大な金属の箱を繋げたような乗り物が轟音と共に目の前に止まり、周囲の人間の流れに逆らわずに乗り込む。


 電車の中でスマートフォンにイヤホンを挿して両耳に付ける。

 イヤホンを持つ両手は大きく、ゴツゴツとしてした。


 ガバッ。

 照明の一つもないのに、部屋の中は何故か薄暗かった。

 両手を眺める、生まれてこの方フォークとナイフより重い物を持った事のない、擬音で形容するならばぷにぷにと言うべき小さな手。

 天蓋付きのふかふかベッドから身を起こした彼女は茫然としたまま、壁に掛けられた人物画を焦点の合わない目で眺めていた。

 銀色の髪を腰まで垂らした女が、微笑みながらこちらを見ている。

 しばらくした後、ようやくといった感じで彼女は言葉を絞り出す。



「……なんてこった」



 天使のような声で、地獄の淵でも覗いてしまったような響きだった。


     ※


 自分がかつてどんな名前だったのかは覚えていない。


 ランドセルを背負った記憶。

 学ランを着た記憶。

 気合を入れた大学デビューの末に就活でヒイヒイ言いながらようやく内定を得た記憶。

 長年付き合っていた相手に振られた記憶。

 どうでもいい、と思った。

 肝心なのは振られた相手というのが彼女だった、その一点なのである。


 そう、もはや何もかもどうでもいいのだ、男であった事以外は。



「ぐおおおおおおおおおおお」


 それにしてもこの唸り声はないだろうと思われた、ロリ声で食ってる声優(31歳♀)が面白半分でPCに取り込んでいた黒歴史ノートを、間違えてブログにアップロードしたあげくにウェブ魚拓を取られて拡散された時、人はこういう声が出せるのかもしれない。

 すげぇ光景であった。

 曇り一つない流れるような銀色の髪は、ベッドの上で転び回ったせいでグッチャグチャ。流石に年相応だが、世のペド貴族が家産の全てと引き換えにでも手に入れようとするであろう体を包むネグリジェは、凄い角度でめくり上がってガン見するか目を覆うべきか迷う所である。ただしPTAならば手ではなく唾が出るだろうが。二次元も裸足で逃げ出すような美貌が両手で覆われているのは、せめてもの慈悲という奴かもしれない。

 死のう。

 まるで起き抜けに枕の横でゴキブリがコンニチハしてたぐらいの勢いで、元男の幼女は駆け寄った窓に手をかけ、木造のそれを開いた。


 バタバタバタ。風が突き抜け、銀色の髪が闇と光の境い目で舞った。

 記憶の中で一番近いのは会社の屋上で感じたビル風だ、高所でコンクリートのジャングルに縛られず耳を通り抜けた時、風はこういう音を出すのだ。

 闇が部屋の中に染み込んでくる――比喩ではない。

 まるで光が夜を照らすが如く、しかし光のように一気に突き破るのではなく、布地に垂らされた染料がジワジワと広がるように、室内の微かな光が押されるように後退して行き、ある所で均衡を保ち始めた。

 ――世界の法則が違う。

 そう実感して窓に目を戻した直後、翼を広げた何かが目の前を横切っていた。

 空に広がる闇を泳ぐ、巨大なコウモリのような生き物――それが闇の従僕(シャドウサーバント)と呼ばれる魔族である事を、彼女は成年の男としてではなく、この魔界に生まれた五歳の幼女として知っていた。


 巨大な城が広がっている。


 まず目にしたのは塔ほどの高さではないが、その半分はあろうかという城壁だった。光を下げた鎧姿の警備兵がすれ違いながら歩き回るほどの幅がある。手のひらにスッポリ収まりそうなほど小さく見えるのは彼らが小さいのではなく、それだけ彼女のいる塔が高いのだろう。

 城壁の内側、微かにランタンの光が届いて見えるのは庭園らしい。

 城の中央に目を向けると、塔より高いキープ天守閣が闇の中にひっそりと佇んでいる。


 その構造については完璧に知っている訳ではない。

 しかしその中に誰がいるのかはわかる――日付けが変わる直前のつい今まで、彼女はそこにある食堂で父親と久々のディナーを楽しんでいたのだ。


 二つの記憶が絡み合う。

 男として生きてきたアイデンティティとでも言うべき記憶という軸に、この世に生まれ落ちてからの五年が螺旋状に絡みつく感覚。


 父親は大きかった、城にいる者の誰よりも高く、黒い筋肉隆々の巨体に黒いマントを羽織っていた。

 ドラゴンをも切り裂く巨大な爪で器用にワインの入ったグラスを摘み、ジュースが入った彼女のグラスと軽くぶつけ合わせてコツンと音を立てる。

 彼の者の名はベルセルク=フォン=タッカート。

 フォンとは王家において男性を現すミドルネーム。ベルセルク(狂戦士)の名を頂く彼の者の二つ名は魔王タッカート(八つ裂き王)。本人とその配下がフカシをこいているのでなければ、それは魔族を束ねる唯一の頂点である。

 そして――


 お嬢様、まずは自分の名前を書けるようにしましょう。


 まだ読み書きが不十分な中、唯一問題なく自分で書ける彼女の名前はベリル=メル=タッカート。

 メルというミドルネームとは王家において女性を意味し、つまりは恐れ多くも魔王の一人娘であらせられる。



「……どうなってるんだ」



 その呟きに答えれる者は、誰もいない。

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