3章 貴方のお名前教えてください 6
ようやく着替えたエリヤは、グレイブによって外へ連れ出された。
グレイブとフィーンが協議した結果、グレイブが職場へ行くついでにエリヤの身元を調べてみることになったのだ。
……みんなとても親切だ。
突然「別世界に放り込まれた」と感じていたエリヤは、少しほっとした。
けれどどこか心許ない感覚は払拭しきれない。
全てが夢のようなのだ。
あきらかに時代が違う服を着て、煉瓦の石畳の道を歩いて、そして女の子だと思ったら男の子でその姉は中性的な青年にしかみえないのだから。
けれど少しずつでも認めないわけにはいかなかった。
ほおをつねっても痛い。念のため手の甲をつねっても痛かったし、夢だと思いたくても一向に覚める気配がない。
なにより、腕を掴むグレイブの手の感触。こんなにリアルで、体温をしっかりと感じるのだ。
(これは夢じゃない)
エリヤは観念してその事実を認めた。
(でもどうしてこんなことに)
何かの魔法の作用とかで過去に飛ばされてしまったのだろうか?
けれど魔力の乏しいエリヤに、自分でそれを検証することも難しい。
それよりも切羽詰まった問題がある。
誰も自分を知る人間もいない、家もない、お金もない、どうやって今後生きていけばいいのだろう。生活基盤がなければ、元の時代に戻る方法さえ探せないではないか。
(元の時代……か)
けれど思い出すのは、学校での同級生の冷たい態度だ。
目的があってエリヤは学校へ通っていた。けれど、自分は本当に戻りたいのだろうか。
戻っても待っているのは、退学かもしれない。
銃技師になる目的を失って、エ-レント市の祖父母の元へ帰った後……自分はどうするのだろう。
エリヤはふっと笑みを浮べた。
この時代なら、まだ魔術は存在はしていても忌むべきものという扱いだ。魔力がなくても後ろ指をさされることはない。むしろ魔力がない方が生きやすいはず。
まさか、学校でのことに堪えかねて自分はこの時代に落ちてきたのだろうか? とエリヤは思った。
誰にも魔力の有無で貶められない、そんな場所へ逃げたくて。
でもここでは、銃を造ることはできないだろう。
「それも、いいかな……」
エリヤは独り言を呟く。
初めは父のようになりたいという情熱があったから、学校へ入った。けれどもうこだわらなくてもいいのではないか、という思いはあるのだ。
銃は好きだった。
なにより父に喜んでほしかったから、この道を選んだ。
けれどこんな風に耐えてまで道を進んで、ほんとうにいいのかわからなくなっていた。
だから父の墓へ行ったのだ。自分はこのまま頑張るべきなのかどうか、教えてほしくて。
本当は、もう頑張らなくて良い。逃げてもいいのだと誰かに言って欲しくて。
けれどそんな風に言ってくれる人などいるわけがない。
「ここだ」
いつのまにか足下を見つめて歩いていたエリヤは、グレイブの声に顔を上げる。
そして見覚えのある建物に目を見開いた。
建てかえられることなく、エリヤの生きている時代にも使われ続けていた数少ない建物の一つ。四角い無骨な建物の、公安官庁。
「こ、公安……官?」
思わず指さして問いかけたエリヤに、グレイブはなんてこともないようにうなずいた。
「そうだ。俺の職業は公安官だ」
ようやく拾い主の職業がでてきました……。
毎度スロースターターですみません。
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