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3章 貴方のお名前教えてください 5

 エリヤの様子を、グレイブ達は記憶がないからだと判断したようだ。


「記憶が無いんじゃ、家出人の履歴を調べても……」

「行方不明者の記録を当たる。だが、この様子だと拉致されてからかなりの年数が経っているだろう。すぐに見つかるかどうかはわからんな。王都の記録だけでは、尋ね当たらないかもしれない」


 エリヤは、二人の会話が遠ざかっていくような錯覚に陥る。

 そのままふっと意識が遠のきかけた時、目の前に一人の少女が現れた。


 艶やかな茶の髪を流しっぱなしにした彼女は、白いふんわりとふくらんだ造花を挿した帽子を被っている。手には大きな紙袋を抱えているが、背は高めでそれほど重さを苦にしているようには見えない。

 エリヤと同じ十六歳ぐらいに見える彼女は、顔を合わせたとたん、薄茶色の目を大きく見開いた。


「ちょっ、グレイブったら部屋着のまま店にその子連れてきたの!? これだからグレイブってば、女の子に対してデリカシーってもんがないんだから! さぁあなた、こっち来て!」

 まくし立てた上、彼女はエリヤの手を握り、階上の部屋へと連れて行く。


 あれよあれよと言う間に元の部屋に戻されたエリヤは、部屋に入ったとたん打って変わって機嫌良さそうにする彼女に再び驚く。


「ほら、いろいろ買ってきたのよー。これなんてどう? ルルド縫製社のシュミーズ。木綿だけどこの切り返しのレースとか、なかなかいいと思うのよね。こっちはコットよ。で、上からこのジューブスカート着て。赤と茶の格子縞で派手じゃないのに華やかで可愛いでしょ? 上着はそれに合わせて梔色にしたのよどう?」

 連射式の銃みたいにしゃべりつつ紙袋から服を出していく彼女に、エリヤはたじろいだ。


「あ、その、うん可愛いと思う……けど、あなたは、誰ですか?」

 なんだかとっても親切に服を揃えてくれた人だとはわかる。

 彼女はきょとんとした表情で応えた。


「さっき喫茶店でフィーンと会ったでしょ? あたしはフィーンの家族でルヴェっていうの」

 髪の色こそ同じだが、顔立ちは似ていないので二重にびっくりした。

 でも世の中に似てない兄弟などごまんといるのだ。


「じゃ、外出てるから着替えてねー」

 エリヤも自分の名前を名乗った所で、ルヴェはそう言って部屋を出て行った。


 取り残されたエリヤは、寝台に広げた見慣れない衣服をじっと見下ろした。

 頬をつねってみる。

 でもやっぱり目の前から古風すぎる衣服は消えてなくならない。

 夢ではないようだ。


 ため息をつきながら、言われた通りに衣服を身につける。サイズもぴったりだった。きっと着替えさせてくれたのもルヴェなのだろう。が、裾の長い上着を羽織ったものの、帯の結び方がよくわからなかった。

 さすが100年前の服。

 そう思った瞬間、自分がこの荒唐無稽な状況を受け入れつつあることに気づいて、泣きたくなった。

 どうしよう。

 でもどうしようもない。

 夢ではないのなら、生きていかなくてはならない。生きるためには、その場所になじまなければ。

 そのためにも、まず服を着ようとエリヤは思った。

 だから廊下を覗き込んで、そこで待っていたルヴェに声をかけたのだ。


「着替え終わったの?」

「ううん、あの、帯の結び方が良くわかんなくて……教えてもらえませんか?」

 こんな古風な服を着るのははじめてだ。そう思ってお願いしたのだが、ルヴェはちょっと驚いた表情になる。


「あたしで良いの?」

 変なことを聞くなと思いつつうなずくと、ルヴェはちょっと顔を赤くしながら部屋に入ってきて、帯を結んでくれた。


「こ、こんな感じで結べばいいわ」

 ルヴェは鮮やかな手つきで、左脇の辺りに蝶結びを作ってくれた。

 エリヤはこんな可愛らしい女の子女の子した服を着たのが久しぶりだったので、少し気分が浮き立つ。


「ありがとう。そうだ、ここに運び込まれた時に着替えさせてくれたのもルヴェさんなのかな? お礼も言わずにごめんなさい」

 改めてルヴェに礼を言うと、なぜかルヴェは慌てる。


「や、あの、違うの。あたしがしたわけじゃないのよっ!」

「え? じゃあまさか……グレイブ、さん?」

 本当にグレイブが着替えさせたのか? 真っ青になりかけたエリヤだったが、それは第三者の声が否定してくれた。


「違うよ。僕なんだ」

「え? そうなんです…か……」

 よかったとは言えなかった。

 自己申告をしたのは、階段を登ってきたフィーンだったからだ。


「おおおおお、お、男の人に……っ!?」

 自分はやっぱり男性に着替えさせられたのか!? あまりのことにエリヤが愕然としていると、今度はルヴェが慌てて訂正してくる。


「違うのよエリヤ!」

「えええ? やっぱりルヴェなの?」

「いや、あたしじゃなくって、その、誤解してるのよエリヤは!」

「何を誤解? やっぱり男のフィーンさんに……」

「だからフィーンは姉で、僕は弟なの!」


 告げられた真実に、エリヤは一瞬頭がついていかなかった。

 フィーンが女?


 エリヤはフィーンを振り返る。

 後を追ってきたらしいグレイブがフィーンの背後に立っているが、確かに比べてみたら、フィーンは男性にしては華奢に見える。

 そして柔らかな笑みを浮かべて謝罪してくれた。


「まぎらわしい格好してごめんね、姉弟そろって」

 次にエリヤはルヴェを振り向く。


 自分より少し背は高いものの、長い髪の毛も自前っぽい上、エリヤよりもよっぽどドレスっぽい古風な衣装が似合っているルヴェ。だいたい、胸のあたりも膨らんでるじゃないかと、エリヤはじーっと注視してしまう。


 それに気づいたルヴェが、エリヤの手を掴んで自分の胸に押し当てさせた。

 明らかに布をぎちぎちに詰めたような堅い感触に、エリヤは目を丸くする。


「……それは、趣味?」

 ぐるぐると考えた末に、エリヤはそう尋ねた。


「似合うでしょ?」

 ルヴェは魅力的な微笑みを浮かべて、堂々とそう答えたのだった。

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