表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/56

3章 貴方のお名前教えてください 4

「自分が逃げてきた場所もわからんのか?」

 不意に背後から告げられ、エリヤはのろのろとグレイブを見上げる。


「よそから攫われてきたのか……その方が秘密を外に漏らす心配はないだろうが」

 彼はエリヤにはよく分からないことをぶつぶつと呟く。けれど今、エリヤにとって彼の言葉の内容などどうでもよかった。


「ここは、どこですか?」

 自分は一体どこにいるのか。


 父の墓参りに来ただけのはずだった。途中で倒れて、拾ってもらったというハプニングこそあったが、この後はお礼を言って家に帰るつもりだった。

 けれどずっと王都に住んでいるはずなのに、エリヤには全く見覚えの無い景色が広がっている。


 問われたグレイブは、淡々と答えた。

「王都レネダの東側。第二クレセント通りから少し外れた場所だ」


 クレセント通りは、王都の西と東に一つずつある、弓状に曲がった通りだ。西を第一クレセント。東を第二クレセントという。

 それはエリヤも知っている。けれど第二クレセント通りならば、エリヤは近隣の様子を詳細まで知っている。自分が部屋を借りているアパートも、第二クレセントの近くにあるのだから。


 けれどこんな景色に見覚えなどない。まるで、百年前に自分だけ逆戻りしたような状態だ。

 何より空気が違った。

 鼻をつくのは、木や石炭を燃やしたような焦げ臭さが混じった匂いだ。

 魔術式を使って車を走らせ、熱も空気を魔力で暖めてつくりだしていたエリヤの知る王都では、漂うことのないにおい。

 ぼんやりとするエリヤの様子を、グレイブは知らない通りの名前を聞いたせいだと思ったようだ。


「わからんのか?」

 エリヤはうなずくこともできない。知っているが、エリヤの知っているものとは違うのだ。


「い、いま何年?」

 唐突な問いに、グレイブは答えてくれる。


「一八八一年だ」

「せんはっぴゃく……」

 ぼんやりと反芻するエリヤに、横から新聞が差し出される。エリヤはフィーンに礼を言って受け取った。


 これもエリヤの見たことがない、なめらかさが足りない藁版紙に、インクの濃い匂いがする物だ。ただ、レネダ通信という名前は知っている。百年以上の歴史がある老舗の新聞社だ。

 エリヤは震える手で新聞を受け取った。


 新聞の上部に印字されているのは間違いなく、一八八一年四月八日の日付。下の記事は、賢王と『後に』呼ばれるようになる国王ヴィオレント一世の謁見に関するものだ。


「おうさま。ヴィオレント」

 これも間違いない。十九世紀の有名な国王だ。しかも記事には写真ではなく詳細な絵がついており、その姿を見る限りヴィオレント王はまだ十八歳位で、即位したての年齢に見える。


 ――――まさかここは、過去?

 エリヤはめまいがした。

 誰か自分に銃を渡して欲しいと切に願う。さわっていられると安心できるのに。

 けれどそんな願いが叶うわけもなく、エリヤは足元から力が抜けて、その場に座り込みそうになる。


「おい!?」

 実際くずおれそうになったエリヤは、後ろにいたグレイブに支えられた。

 しかしエリヤは、今感じているこの人の手の力強さもなにもかも、現実だと思えるのに、目の前の景色だけが受け入れられない。


「ここは……どこ、ですか?」

 エリヤはあえぐように問う。


「見覚えがないのか? アヴィセント・コートは知っていたみたいだが……」

「記憶喪失かな?」

 グレイブの疑問に、フィーンが戸惑った声が重なる。


「もう一つの可能性としては、何者かに別な場所をアヴィセント・コートだと偽られて、信じていたのか。お前、生まれ故郷はどこだ?」

 グレイブに尋ねられて、エリヤは首を横に振る。


 ちゃんと覚えて居る。王都から東のエーレント市だ。

 けれど王都の様子を見ればわかる。エリヤの知っているエーレント市は、この世界に存在してない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ