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願いは金に輝く時の影に  作者: 奏多
番外編
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番外編12

 ――――しまった。


 その言葉が脳裏に浮かぶ。

 振り返ったエリヤの目に飛び込んできたのは、買い物籠を手から落とした、中年の女性だった。

 髪を三角巾で覆った女性は、悲鳴を上げた表情のまま、レイ少年を凝視している。


 エリヤと同じように振り返った子ども達も静止したまま、声を失ったようにその姿を見つめている。

 まるで、ちょっとでも身じろぎした瞬間に、全てが動き出すことを恐れるように。

 

 ローグもまた、何も言えずにいた。

 口を小さく開け閉めしながら、目を見開いて女性を見つめている。

 どうしたらレイのことを隠せるのか、上手い言い訳が見つからないのだろう。


 けれど今しかない。

 エリヤは焦った。

 今否定しないと、さらに魔力持ちがいると大騒ぎするだろう。

 押しとどめようとしても彼女は逃げだし、レイが魔力持ちだと触れ回るかも知れない。

 既に見てしまった後では、目の錯覚だなどと言い逃れはできない。

 ならば、レイを救うには一つの道しかない。


 ――――エリヤが魔力持ちだと言えばいいのだ。


 別に魔力持ちがいれば、あの現象もごまかせる。

 子どもが邪魔だったからと悪役のように振る舞い、ローグにも口裏をあわせさせればいいのだ。


 けれど、怖くなる。足が震える。

 この時代で魔力持ちと宣言するなら、死を覚悟しなければならない。

 何も知らずに魔力を使い、酷い目に遭ったルヴェのことを思い出す。

 怯えて、女装までして人の目から自分の本当の姿を隠し、辛かったと泣いたルヴェ。おそらく、エリヤも似たような目に遭いかねない。

 それに、もうグレイブの側にはいられないだろう。

 魔力持ちだと知れ渡った娘を、公安副長官の側になど置けないはずだ。


 でも救いたい。

 今じゃなきゃできない。今やらなかったら、きっとエリヤは一生後悔する。

 エリヤはぐっと手を握りしめて決意を固めた。

 震える口を無理矢理動かして、告げようとする。


「あ、あたしが――」


 あたしがやったのだ。

 子ども達が邪魔だったから、痛めつけてやっただけ。

 とっさに考えたそんな悪どいセリフは、背後から聞こえた声に遮られた。


「魔力持ちは我々が捕縛した」


 息を飲んで声の主を捜した。

 そしてエリヤは、自分に向かって歩いてくるグレイブの姿を見つける。

 なぜここにいるのか?

 驚くエリヤの隣に並んだグレイブに、静止していた中年女性がとぎれがちに問いかけた。


「そ、そ……れは、その子どもじゃ、ないんですか? 公安官様」

「これは被害者だ」


 グレイブはエリヤが抱えたレイ少年を指さし、はっきりと答える。

 その指をグレイブは背後に向け、続ける。


「あれが真犯人だ」

 つられるように視線を移したエリヤは、黒に赤の裏地のコートを着た二人の公安官に気づく。片方がスカート姿の人物を肩にかついでいた。

 髪を、スカーフで包んでぐったりとしているその人物の顔がちらりと見え、エリヤは「ルっ……!」と名前を口にしかけた。

 ルヴェだ。

 そう気づいたエリヤは、グレイブの意図を察した。


 どこかでこの騒動に気づいて駆けつけたグレイブは、魔力持ちの子どもを庇うために、ルヴェを犯人に仕立てたのだ。ルヴェは女装したら女の子にしか見えなくなるので、女装さえ解けば犯人だとはわからなくなる。


 公安官にそう告げられて安心したのか、息を詰めるようにしていた中年女性が、その場に座り込む。

「あたしゃ、てっきり……」


 そんな中年女性に、ルヴェを抱えていない方の公安官が近づく。

 大丈夫かと尋ね、送っていこうかと申し出ている。親切にされて、女性もほっと心が緩んだのだろう。そのままグレイブ達の嘘を信じて、

「よかったよかった。子どもが巻き込まれなくて……」と言い出す。

 公安官はその女性を遠ざける目的でか、立ち上がらせ、籠も拾ってやり、背を押すようにしてその場を離れていく。

 彼女達の姿が消えると、緊張していたエリヤも、ローグ達も一斉にため息をつく。


 その時、グレイブがエリヤが抱えていたレイ少年をそっと横から奪った。

「あ、あの、グレイブその子……大丈夫かな?」

 止めたはいいものの、暴走が体にどんな影響を与えるのかよくわからないのだ。

 尋ねたエリヤに、グレイブはうなずく。


「問題ない。疲労しているだけだろう」

 ほっとしたエリヤは、深く息を吐いた。

 そこへ、ローグが駆け寄ってくる。


「その、公安官さんよ。そいつは俺の知り合いの子で……」

 グレイブに向かってしどろもどろに話し始めたローグ。どうやら公安官がレイ少年をそのまま牽引していくのではと不安になり、なんとかして取り戻そうと考えたようだ。

 とはいえ、公安官相手に強行に奪えば、レイ少年の今後に響く。そして確かにレイが暴走を起こしたのにもかかわらず、庇ったグレイブの本心を図りかねているのだろう。

 対するグレイブは、表情もかえずにほいとレイ少年をローグに押しつけた。


「その腕輪、外さないように言っておけ。外せば監獄離宮に連れていく」

 最後の言葉に、《監獄離宮》の単語に震え上がったのは、子ども達だった。

 せっかく一段落したと安心した様子だったのに、ひっと息を飲んで、泣きそうな表情になる。


 ローグの方は唾を飲み込み、グレイブに尋ねた。

「見逃してくれるっていうのか?」


 するとグレイブは、ふっと口の端を上げる。

「その子どもは被害者だと言ったはずだ。だから『魔力持ちに利用されないようにできる腕輪』を付けた。そうだろう?」


「ああ、なるほど」

 グレイブの発言に、エリヤはいい手だ、と思った。

 腕輪を大量生産したところで、魔力暴走を抑えるための装飾品、などと言ってばらまけば、それが迫害の目印になってしまう。

 けれど被害を受けないための物としておけば、無差別に広まり、そして先を争うように身に付けるようになるかもしれない。


 グレイブは頭が良いなと、感心したエリヤだったが、ふとそこで疑問が浮かんだ。

 でもそれでは、魔力暴走事件は起きなくなるかも知れないが、魔力持ちが認知されるわけではない。

 ちょっと当初の目的と外れるのではないだろうか?

 いや、もしくはそうなったら、魔力という呼称をやめて、何か別の能力として認知度を広めるべきか。

 頭を悩ませ初めたエリヤの腕が、ふいに掴まれる。

 え、と見上げれば、グレイブがエリヤをじっと見下ろしていた。


「話がある」


 促され、エリヤはグレイブとともに公安官庁へと向かった。


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