3章 貴方のお名前教えてください 2
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「起きられるか?」
問われて、うなずきを返す。
「だ、だいじょうぶです」
とりあえず道ばたで転がっていた自分を助けてくれたらしい彼に、敬語で応える。そうして寝台から立ち上がったエリヤは、すぐそこに揃えて置かれていた自分の革靴を見て、重大なことに気付いた。
靴下を履いてない。
それだけならばいい。着てる服も違う。
自分はシャツにズボンを履いていたはずだ。苦学生なエリヤは、おしゃれをする余裕がない。なので、逆に同じような服を何着か揃えて着回している。
なのに今、エリヤは自分のワードローブに存在しない、濃緑のリネンのワンピースを着ているのだ。しかも人形ぐらいにしか着せないような古風な袖が広がっている型で、スカートの裾も足首まであってやけに長い。あげく、白いレースのリボンが胸の下の切り替えに縫い付けられている、実に少女趣味なものだった。
「なっ、これっ……たしのっ……ふ!」
あまりの異常事態に噴火しそうな脳と口が上手く連動せず、言葉がとぎれとぎれになってしまう。
わたしの服じゃないんですけどっていうか、誰が着替えさせたのこれ!
まさかこのグレイブと言う人が着替えさせたのかとエリヤは真っ赤になり、次に真っ青になる。
裸を見られたかもしれない羞恥もそうだが、自分の身は大丈夫なのか!? でも本人に面と向かって聞くのも恐かった。
呆然とそこに立ち尽くしたエリヤの様子に、部屋の隅のコート掛けから黒緋のコートを手に取ったグレイブが、しかめ面をする。
「服か? 安心しろ。それは間に合わせだ。部屋着だと言っていた」
「……は?」
「外へ着ていけるようなきちんとした服は、別に用意を頼んでいる。女子には今着ているコットだけでは足りないそうだ。ローブもジューブも必要だろうと言われてな」
「ローブ?」
女子に必要と言われたものの、自分はそんな服を着ていただろうか。でも確かに、エリヤは面倒だからと男物ばかり着用していたので、育ててくれた祖父母も「女の子らしい格好をしてくれない」と嘆いていた気がする。
きっとエリヤが疎いだけで、普通の女の子には必要なのだろう。
同じ学校に通っていた少女達も、最近の流行だと言って華やかに重ね着をしていたから、そういうたぐいのものに違いない。
コットはなんとか分かる。確かワンピースの元の呼称だ。
「わ、わかりました」
うなずいたエリヤは、服以外に足りないものを思い出す。
父の形見の銃だ。
自作した銃は学校を出る前に、職員室へ寄って置いてきたのだ。
でもグレイブが何も言わないところを見ると、彼に拾われた時には持っていなかった可能性がある。
(気絶してる間に盗まれたかな……)
大事なものだっただけに、落胆は深い。
しかも銃が身近にないと落ち着かない。小さな頃から、エリヤはくまのぬいぐるみの代わりに銃に触れる生活をしていたのだ。
思わずため息をつく。
そんなエリヤの内心など知らないグレイブが、淡々とした声で指示してきた。
「ついてこい」
黒緋のコートを羽織ったグレイブが、あっさりと部屋をでていく。
エリヤは慌てて彼のあとを追った。