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9章 私のわがまま聞いてください 2

「頭のおかしい男と話してられないわ。とっとと死んで!」

 一歩踏み出したグレイブに、うろたえながらルヴェが叫ぶ。

 十数の銃口が光を放った。


 炎や氷が乾いた破裂音と共にグレイブの周囲ではじけ、金の粉に姿を変えて消えていく。

 エリヤはグレイブの力の強さに目をみはった。父の術式銃ですら、こんな強い威力の魔術は見たことがなかった。

 撃った方も愕然とし、そしてめちゃくちゃに連射しはじめる。


「お前は早く建物の中に隠れろ」

 言うなり、グレイブはエリヤに彼女の銃を放りなげ、歩き始める。


「うわっ」

 受け取ったエリヤの方は、グレイブが遠ざかったせいで火の粉がふりかかってきて、慌てて近くの集合住宅の扉の向こうへ退避した。


 グレイブは、危険な目にあわなければエリヤが言う事を聞かないと思ったのだろう。その予想通りに逃げてしまったエリヤは、扉の影から銃を構えて外をのぞいた。

 銃があるなら、グレイブの援護ができる。

 時折、飛び散る火花や紫電が錆びた扉まで飛んで来る。さすがに感電したくないエリヤは、壁際に移動する。

 そして目に見える位置が変わったエリヤは、屋根の上から今しもグレイブの背後に飛び降りようとした子供の姿を見つけた。

 金の髪の男の子。

 彼もまた銃を持っていた。

 銃で撃つのでは間に合わない。エリヤの魔術はグレイブの防御術にはじかれる。


「グレイブ!」

 叫んだ声に、グレイブが振り返った。

 けれど遅かった。

 魔力で作った防御の壁の中だったのだろう。

 近接した場所へ飛び降りた男の子の銃は、鋭い氷の刃を銃剣のように現出させ、グレイブの腕を切り裂いた。

 息を飲みつつも、エリヤはすぐに自分にできる行動を選択した。


「上手くいくか……解除、雨の針!」

 エリヤのなけなしの魔力を吸い取り、銃の模様が変化する。

 今までの戦いをみていて、エリヤは気づいていた。

 ルヴェは、一世代前までの知識しか持っていない。もしくは、銃技師の学校で一年目に学ぶ前世代の技術だ。

 だからエリヤの銃が、様々な術を使える最新の技術がほどこされているとは思わなかったのだろう。


 空へ向かって放たれた光が、大粒の雨のように急落下して降り注ぐ。

 何をしたんだと頭上を見た者も、エリヤにたいした真似ができるわけがないと思った者も、等しく金の雨に触れた後で、


「うわぁぁぁかゆぃぃぃぃ!!」

「なんだこりゃ!」

「誰か、誰か背中を!」

 一斉に全員が体中をかきむしりはじめた。

 背中に手が届かない者など、近くの壁に走って背中をこすりつけながら腹を掻いている。

 いい年をした男達が叫び声を上げながら奇妙な動きをしている光景は、かなり異様だった。

 しかし、その様相に驚いて立ち尽くした男の子を、隙をついたグレイブが突き飛ばし、首筋に手をたたき込んで昏倒させた。


「全員麻痺するはずだったんだけど……」

 術を放ったエリヤの方もびっくりしていた。

 微妙にエリヤの魔力が足りないせいだろうか。麻痺が弱くかかったせいか、対象者全員がかゆがりながら悶絶している。攻撃どころの状態ではなくせたものの、ある意味地獄の苦しみに喘ぐ敵達に、思わず同情しそうになった。

 が、エリヤはすぐに走り出した。


「止めて!」

 一人、魔術の使い方を心得ていたルヴェだけが、この痒みの術を逃れていた。

 ルヴェの銃口は、腕を庇って立つグレイブに向けられている。


 閃光が放たれた。

 飛び出し、グレイブへ向かっていくのは何本もの氷の槍だ。

 エリヤの手袋をした手が届いた。

 一本を手袋の防御術で弾き飛ばす。

 そのまま片腕を庇って不安定な体勢になっていたグレイブを押し倒す。

 他の数本はエリヤの服や髪を切り裂いていく。

 そこへさらに炎が襲いかかったが、グレイブが魔術で防御の壁を再度作ったのだろう、エリヤにまでは届かない。

 それでもエリヤはグレイブにしがみついたままでいた。


「馬鹿! 早くそこをどけ!」

「いやよ! このままみんな殺して自分も死ぬつもりでしょう! 死なせない!」

 自分が張り付いている間は、グレイブは無茶はできないはずだ。


「どうしてだ。このまま歴史通りになってもお前に不都合はないはずだ」

 不思議そうに言うこの男が腹立たしかった。

 自分一人が汚名を着て、全ての悪を引き受けて死ねばいいと本当に思っているのだ。

 それがひいては、虐げられ続けている魔力持ちの人々を保護することにつながるのだからと。


「わかってるわよそんなこと! だってあなたは、そうやって虐殺の末に処刑される運命だって、未来じゃ子供向けの教科書にまでそう書いてあって!」

 悔しくて、エリヤは涙で視界がにじみそうになる。だから瞬きしながら叫んだ。


「あたしは最初、だからあなたのことが恐くて、殺されるんじゃないかって……。拾ってくれて、それからもずっと庇ってくれたのに、そんな自分の行動を思い出す度にとってもイヤだったのよ!」

 知れば知るほど、疑った自分を嫌悪した。

 理由がなければ決してむやみに人を殺したくないと思ってる人だったのに、ただの殺人鬼だと思っていた自分を恥じた。


「だから、あなたがその命を捨てるって言うなら、あたしにちょうだい。そんな嫌な未来ならあたしが変えてやるわ!」

 決意を込めて放った言葉に、グレイブは一瞬目を見開いた。


「歴史を変える覚悟があるのか? おそらく大勢の人の運命を変えることになると、俺にでも分かる事だ」

「そうかもしれない。でも、どうせ歴史を変えられるなら、みんなでもっと良い未来を作ればいいじゃない!」

 きっぱりと言い切る。

 するとグレイブは、あのとても柔らかな笑みを見せてくれた。


「いいだろう。俺の運命をお前に預ける」

 言われた瞬間、エリヤは今まで怯えていた全てが怖くなくなり、自分はなんでもできそうな気がした。

 だからグレイブに一言指示を出し、エリヤは言葉をはき出した。


「解除、虹の行進!」

 銃の生み出す輝線。

 そこから子猫と子犬が虹や花弁ともに吹き出した。


「なにこれ? 安全装置の幻?」

 攻撃が来ると思っていたルヴェは、意表をつかれたようだ。

 が、これは安全装置を解除しない場合、撃ち出される幻ではない。


「うえっ、なっ!」

 ルヴェは飛び出した子猫と子犬に踏まれ、虹によろけたところをどつかれる。


「なにこれ幻影じゃない!?」

 驚くルヴェ。

 しかしその時には、ルヴェの背後には、自らの魔力で空へ飛び上がり、忍び寄ったグレイブがいた。


「そこまでだ」

 鮮やかな手腕でルヴェは組み伏せられ、術式銃も取り上げられる。


「なによなによ! そんな力を持ってるくせに、どうしてみんなを閉じ込めるのよ!」

 手を後ろにひねられ、背中を膝で踏まれながら、ルヴェは暴れながら反抗した。

 グレイブは冷徹に諭す。


「そうして全てをなぎ倒した後、何が残る? 相手を殺すことで得るものなど、結局は魔力を持つ者以外は排除する世界だ。お前は自分の姉を殺したいのか?」

「違うわ! 姉さんに死んで欲しいわけじゃない! 姉さんは私が守るもの!」


「だがお前の仲間はどうだ? 仲間のその知人はどうだ? そいつら全てにお前の姉だけを特別扱いをしろと言って、納得させられるのか?」

「でも、あたしのこの気持ちはどうするのよ!」

 ルヴェは血を吐くようにさけんだ。


「この時代に来て、でも右も左もわからなくて、よかれと思って魔力で人を助けたら殺されかけたのよ! 逃げるために女物の服まで着て、それでも殺されることに怯えながら隠れたその恐怖がわかる!? 報いを味あわせたっていいじゃない!」

 言い切って、息をつきながらルヴェはグレイブを睨んでいた。


「それじゃ、もっと酷いことになるのよ、ルヴェ」

 エリヤの言葉に、二人が彼女の方を向く。


「あたし達の時代の事を思い出して。魔力が生活に利用されて、それが便利だからもてはやされて、みんな魔術を学ぶ学校へ通いたがるようになってたでしょう。だけど魔力の大きさは個々人で差がはっきりしてる。あなたは魔力が大きいから感じなかったかもしれないけど、あたしは少ないからって随分いじめられたわ」

 エリヤはルヴェがじっと聞いていてくれるのを確認し、続けた。


「グレイブが虐殺をして、それで魔力を持つ人が可哀相だからって変化していった世界でもそうなのよ。力でねじ伏せた先の世界じゃ、もっと過激に魔力の足りない人は差別されるわ。今を生きてる人達には、恨みや苦しみにもがくのに精一杯でこんなこと言っても分かって貰えないかも知れない。だけど未来から来たあなたなら、もっと広い視点で見ることができるでしょう? ……フィーンさんを守るために、わかって」

 エリヤはルヴェから目をそらさず、願った。

 じっと見つめ合っていたルヴェの瞳に、やがて涙が溢れ、そのまま泣き出す。

 わかってくれたのだ。

 過去へ落ちてきて、辛い思いをしたかもしれない。だけど守ってくれたフィーンのためならば、恨みを抑えることを選択してくれたのだ。

 そう感じたエリヤは思わずもらい泣きしそうだった。

 グレイブも大人しくなった、と思ったのだろう。

 ルヴェを押さえつけていた手を離した。


 が、なぜか指をルヴェの額に当てたかと思うと、その指先から紫電がはじけた。ルヴェは「ぎゃ!」と悲鳴を上げて昏倒する。

 エリヤがぎょっとしているのに気付いたグレイブは「気絶させただけだ。完全に捕縛するまでの応急措置だ」と告げてきた。

 ようは今ここに拘束する縄がないから、気が変わって逃亡しようとした時のために、身動きが取れないようにしたのだろう。


 本当に目的のためなら手段を選ばない人だ。

 立ち上がったグレイブは、座り込んだままだったエリヤに手をさしのべる。そうしてエリヤを立ち上がらせても手を離さず、代わりに自分がその場に膝をついた。


「え? 何?」

「改めて、礼を言いたいからだ」

 戸惑うエリヤに、グレイブは告げた。


「誰も殺さず、全てが納められたのはお前のおかげだ。ありがとう。それにお前の技術にも助けられた。感謝する」

 エリヤはグレイブの言葉に、思わず泣きそうになった。

 自分の努力の成果が、誰かを傷つけずに解決できる助けとなったのだ。

 一度は辛くて投げ出しそうになったけれど、無駄じゃなかったのだと証明されたことが、それをグレイブに認めて貰えたことがなによりも嬉しかった。

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