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8章 貴方の秘密を教えて下さい 7

 彼――グレイブ・ディーエは、十七の年まで、家名を持たない孤児だった。


 魔力があることが分かったとたん、庶子だった彼は、母親共々公爵家から放り出された。

 王家に連なる公爵家から魔力持ちが出たことを厭ったのだ。


 そもそも魔力もちは、血筋にかかわらずうまれてくる。

 親に強い魔力があっても、その子供はほとんど持たずに生まれてくるのが常だ。

 だからこそ魔力を持って生まれた子は「失敗」として、幼いころに発覚したなら出生そのものを抹消される。長じて発覚しても、それを理由に殺されることもある。


 母親はグレイブに魔力を使わず生きて行くよう言い含めながら彼を育てたが、体が弱かったため、早々に病でこの世を去った。

 グレイブは十歳で王都の片隅で一人生き抜かなければならなかった。

 そのために彼は、母親の禁じた魔力を使うことすら厭わなかった。

 ――魔力を操るのは、紐で繋いだ家畜を操るのと同じ。

 素質だったのだろう。グレイブにとって、魔力の制御はその程度のものだった。そんな彼にとっては、嵐を連れて店を襲撃し食べ物を持ち去ることなど造作もなく、銃にさえ気を付ければ誰もグレイブの行動を阻止することなどできなかった。

 誰もがグレイブを怖れ、避けた。

 グレイブの方も、そうでなければ生きて行けないのだからと、人と関わらなくなった。


「力があれば何でもできる。そう思っていた」

 とグレイブは語ったらしい。


 それが変化したのは、魔力を暴走させた子供を見つけたことだった。

 グレイブには馬の手綱を操る程度のことでも、他の魔力持ちには難しく、そしてそれが出来ないからこそ本人自身も悩み苦しむことを知った。

 以来、何人かの魔力持ちの子供を助けたグレイブは、彼らを庇い続けて暮らす親や、魔力をなんとか抑えながら普通の人として暮らす者に手厚く迎えられ、生きることだけ考えていた生活から、穏やかな日常に身を浸すことができるようになった。

 ジェイスとであったのもこのころだ。

 仲間として信頼を置いていたことから、グレイブは公安官として彼を引き入れたのだという。


 そうしてグレイブが思い浮かべるようになったのは、自分の家族の事。

 当然、グレイブは自分と母親を捨てた父親のことを恨んでいた。

 せめて母親の無念ぐらいは叩き付けたい。


 そうして公爵家へ忍び込んだグレイブが見たのは、屋敷の片隅で幽閉された、アルスメイヤだった。


 アルスメイヤは公爵が改めて迎えた正妻の子供だ。

 そして公爵家がのろわれているかのように、彼女もまた大きな魔力を持って生まれてしまった。

 正妻は愛情深い女だったのか、アルスメイヤの魔力を六歳までは隠し通せたようだ。けれど心労がたたって、正妻が病床につくようになって、事が露見してしまった。


 使用人さえ、誰もが恐ろしがって、アルスメイヤは一日一食すらろくに運んでもらえない生活を送っていた。


 陽のあまり差さない公爵邸の隅で、幼いアルスメイヤはやせ細った力ない体を横たえ、餓死の恐怖に震えることしかできずにいた。

 グレイブは庶子だったからこそ、まだ閉じ込めて殺されるようなことはなかった。

 けれどアルスメイヤは逃げ場すら与えてもらえない。そして逃げてもいいのだと、言ってくれる人すらいないまま、訳も分からず死にかけていたのだ。


 激昂したグレイブは、アルスメイヤを連れて行くことにした。

 ここにいるよりは、下町で理解者に囲まれている方がどれだけ恵まれた生活ができるかわからない。

 そして公爵家の敷地を、妹を抱えて走っている時に出会ったのが、公爵家を訪問していた先代国王とまだ王子だったヴィオレントだった。


 グレイブは国王をなぎ倒してでも脱出しようと考えた。

 けれど彼は考えたのだ。

 国王を害したのなら、恐い魔力持ち相手でも城の兵は自分を追ってやってくる。そうなれば、アルスメイヤや自分を理解してくれる者達まで害されるだろう。

 逡巡したグレイブに、先に話しかけたのは先代国王だった。


「お前は人さらいか?」

 グレイブは真正直に「これは俺の異母妹だ」と答えた。


「父親が子供を殺そうとしているから、俺が引き取ることにした」

「その子は公爵家の娘か」

「魔力持ちだから餓死させられそうになった。見逃せば殺さずにいてやる、そこをどけ」

 先代国王はグレイブの要求を聞くと、なぜか目を丸くし、それから大笑いした。

 どうも十歳そこそこの子供が、国王相手に上から目線で命令してきたのがおかしかったらしい。


「なぜその子に誰も近づきたがらないのか知っているか? 魔力を暴走させ、使用人達や公爵自身に大けがを負わせからだ」

 危険な子供をそのままにはしておけない。そのための措置だと言う国王を、グレイブは鼻で笑った。


「暴走するほど精神的に追い込んだ人間は裁かれないのか?」

「なら、お前なら管理できると?」


「もちろんだ」

 うなずくグレイブに、国王は言った。


「その子は生まれながらに心臓が弱いそうだ。お前が連れて行って、暴走が抑えられても、医師がいなくては死んでしまうだろう。私の離宮をお前にやる。代わりに、私の目の前でその子が暴走しないよう管理してみせろ」


 当時のグレイブは、国王は『国一番の大金持ち』という認識しかなかった。だから哀れな妹に医師と食事を手配してくれるというのならと、うなずいた。

 結果、アルスメイヤは体力を付けていくと心臓の発作も起こさないようになった。何より、アルスメイヤを公爵家の恥として、公爵自身が彼女を殺しに来た時も魔力を暴走させかけたが、グレイブがそれを素早く納め、ついでに公爵を捕縛してみせたことで、先代国王は彼を信頼するようになった。


 魔力を持つ者への対処は、長年の悩みの種だったのだ。

 しかし魔力を持つ者がそれを納め、また犯罪すらも対処できるならばこの上ない。

 先代国王はグレイブに新たな貴族としての家名を与え、年若い彼に公安官の役職を与えた。

 そうして魔力もちを飼いならそうとした。


 だが、ヴィオレント国王は違うという。

 アルスメイヤは、先代国王に重々言い含められた侍女たちと、グレイブがつれてきた他の魔力持ちの少女達に囲まれ、ようやく安らかな日々を送れるようになった。

 それをもたらしたのが先代国王だとわかっていても、大人達に酷い目に遭わされてきた彼女は、グレイブや同じ年頃の少女達以外にはひどく警戒していた。


 そんなアルスメイヤを可哀相だと、心を傾けてくれたのがヴィオレントだ。

 同じ年頃の彼にアルスメイヤは懐き、ヴィオレントも彼女を大切に思うようになった。

 けれどどんなに思っても、アルスメイヤは表舞台には出て行けない。

 彼女が自ら保護を申し出た魔力持ちの子供達も、離宮から出たならば過酷な現実が待っている。


 だからグレイブは、魔力を持つ者が恐れられず、普通に受け入れられる社会にするため公安官という立場で動き続けている。


 これまでの間に、グレイブや彼がひっそりと入れた魔力持ちの公安官によって暴走をおこした子供や、魔力持ちの犯罪者を捕縛することによって、人々の恐怖感は薄れてきている。

 それなのに術式銃で魔術を使い、人々を恐怖に陥れたなら、再び同じ状況に戻ってしまうのだ。


「だからあの魔術を吐き出す銃を、知識を持つ者ごと消滅させるのが、グレイブの願いだ」

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