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8章 貴方の秘密を教えて下さい 3

「そしたらすぐに出ましょ。グレイブが帰ってこないうちにね。必要なものは後で届けてあげる」

 言われてエリヤは、ルヴェと一緒に部屋を出た。

 そこで階段を上ってきたフィーンと行き合うが、


「姉さん、ちょっとエリヤが元気ないみたいだから、買い物連れてくわ」

「そう? もう暗いから気を付けて」

 フィーンは怪訝な顔をしたものの、ルヴェの言葉にうなずいて送り出してくれた。

 外へ出てから、エリヤはルヴェが心配になって尋ねた。


「後でグレイブにあたしを連れ出したってバレちゃうんじゃない?」

「大丈夫大丈夫。はぐれてわかんなくなったって言い張れば、グレイブだって追求できないでしょ」

 軽い調子で答え、ルヴェは手をひらひらと振る。

 そしてエリヤの左手を掴んで、先導して歩き始めた。早足で。

 大通りをよぎって路地に入り、しばらく無言だった。エリヤとしても、おしゃべりをする気分ではなかったので逆に有り難かった。


 歩きながら考えたのは、ルヴェと繋いだ手のことだ。

 ルヴェの手は細めで、手の平の大きさとか節の太さのあたりで、かろうじてエリヤと差がある程度だ。

 不快なわけではない。

 ただ無性に、グレイブの手の暖かさが懐かしい。自分の手を包み込んでくれたグレイブの手は大きくて、意外に暖かかった。


「それにしても銃技師がお父さんだったのかぁ」

 ふいに、ルヴェがしみじみとエリヤに切り出した。


「私も銃技師になりたかったのよね」

 ルヴェの言葉に、エリヤは目を丸くする。


「銃技師に? 学校に通ってたの?」

「うん、ちょっとの間ね。その後すぐに過去にきちゃったから……。武器に使うだけじゃなくて、花火の打ち上げとか、花吹雪の幻影とか、音楽を鳴らしたり何にでも応用できるじゃない? しかも銃技師資格を持ってれば、各術印の構成資格は全部フリーだし」


「ああ、そうだよね。同じクラスにも、銃を作りたいわけじゃないけど、他の資格も一気に取得できるからって学校に通ってる子が沢山いたみたい」

 基本的に銃は武器だ。

 平時には平和利用されてはいるものの、基本的には武力紛争や戦争でこそ銃技師の名が喧伝される代物だ。だから銃技師資格を得ても、武器や戦争に関わりたくない者は沢山いる。

 けれど他の学校では、各要素それぞれの資格しか取得できない。だから全てが学べる銃技師の学校へ入るのだ。

 ルヴェはエリヤの言葉にうんうんと同意していたものの、勢い良く振り返ってエリヤに詰め寄った。


「ちょっ、同じクラスって!? まさかあんたも?」

「うん、あたしも銃技師の学校にいたんだよ、ルヴェ」

 お揃いであることが嬉しくて、何より学校の話をそれなりに仲良くしてくれるルヴェと話せてうれしかったエリヤは、笑顔でうなずく。


「だけどね、あたし魔力が弱いから成績悪くて。実はちょっとだけ、過去の魔法がほとんど使われてない時代に来れて、ほっとしてるんだ」

 少なくとも、魔力が弱くていじめられることはない。

 代わりにアルスメイヤなど、魔力が高いがために世間から冷たくされている人もいる。


「それにしても過去も未来も極端ね。魔力のある無しがもてはやされる極端な状態じゃなく、ゆるやかに、どちらも認められる世界にならなれば、あたしだってあんなに……」

 あんなに、未来で悲しい思いをし続けることはなかったのに。

 既に遠く離れた未来に対して、エリヤは物思いにふける。


「エリヤったら気概が足りないのねぇ」

 しかしルヴェの意見は違うようだ。


「未来の知識を使って、見返してやる、とは思わないの?」


「……え?」

 変な言葉を聞いた。そう思ったエリヤの髪を、少し煙たい風がゆらしていく。

 見つめるルヴェの顔は、薄暗い路地の中で白く浮き上がって見える。でも、笑っている。きっと冗談だと思った。


「やだなルヴェ。あたしは見返すとかより、そういうのに疲れちゃったから関係ないところにいたいわ」

「エリヤは欲がないのね」

 ルヴェの笑顔は崩れない。


「私は、どうせなら歴史に名前を刻んでやりたいわ。だから」

 ルヴェは路地裏の、見知らぬ建物へ向かっていく。

 薄暗くてもわかる煉瓦積みの頑丈そうな、それでいて大きすぎない建物。煙たい風。きっと工房だ。


「争う気がないなら、ここで大人しくしていてもらうわ」

「ルヴェ? 何を言ってるの?」

 エリヤの手を引いて、ルヴェは工房の扉に手を掛ける。ルヴェは返事をしてくれない。

 何か嫌な感じがしてエリヤは足を踏ん張って抵抗した。


「グレイブから離れたいんでしょ?」

 しかし元々ルヴェは男だ。引き倒されそうになりながら、押し開けられた扉の向こうへひきずられた。


「ちょっ、ルヴェっ、やだっ!」

 ルヴェは一体何をするつもりだ?

 わからないけれど、ろくでもない事だということだけはエリヤにも察せられた。

 全力で藻掻こうとしたが、扉の中から伸びた手に、一気に引きずり込まれて扉を閉められた。


「おい、こいつを殺して来るんじゃ無かったのかよ?」

 ルヴェが手を離しても、エリヤはもう一人に抱え込まれて身動きがとれない。でも見知らぬ人間に拘束されていると思うと、よけいに恐くなって手足を振り回そうとした。


「解除、ガラハドの毒」

 衝撃は軽かった。

 けれど一瞬のまばゆさに目を閉じた次の瞬間、体から力が抜けていき腕や足が弛緩する。


「な……」

 撃ったのは、目の前にいるルヴェだ。

 銃口の前で絡む術式がきしむ音をたてて離れていき、銃そのものはルヴェのスカートの隠しに納められる。


「ルヴェ、どうし、て」

 口も上手く回らない。


「おっと」

 倒れかけたエリヤの体を背後にいた男が抱え、作業場とおぼしき場所の台に横たわらせられる。そしてようやく、自分を拘束していた男が誰だったのかわかった。

 グレイブと行った銃器の店。

 そこの職人、ローグという名前だったか。顔はしっかり覚えていないけれど、耳に何個もつけた金輪のピアスに覚えがある。


 そこではっとエリヤは思い出す。

 店で見た、銃身内部に刻まれた旋条。見覚えがあると思ったのだ。

 あれは金影螺旋。

 魔術の基本的な術印である螺旋に、魔力を呼び出す印が絡まっている。まっすぐに飛べと念じれば、わずかながらに持ち主の魔力を使い、鉛玉に魔法が絡まり、念じた効果をわずかながら発揮する。

 だからあの店の銃は、急に銃の性能が上がったのだ。


「で? 質問に答えろよルヴェ。なんでこいつを殺さなかった?」

 ローグの質問に、ルヴェは肩をすくめてみせる。


「だって、この子も銃技師の知識を持ってるらしいのよ? それも、私より少し後の年に学んでる。だから私が知らない知識を吐かせてからでもいいと思って」

 殺すのはいつでも出来る。そう答えて、ルヴェはエリヤに近づいてくる。


「ルヴェ……」

「そんな悲しそうな顔しないでちょうだい。できればあんたのことは殺したくはないのよ。同じ仲間でしょ?」

 首をかしげ、可愛らしく言うルヴェ。


「でもグレイブに関わるのはやめなさいって忠告したのに、聞かなかったのはエリヤよ? せっかくだからあなたを餌にして、グレイブを殺さなくちゃ」

 楽しげに、ローグが差し出した紐でエリヤの両手首を後ろ手に縛る。エリヤはグレイブを殺すという単語に暴れそうだったが、手足が動かずそれも叶わない。けれど表情でわかったのだろう。


「驚くことじゃないでしょう? どうせ歴史でもグレイブは死ぬのよ。それが忠誠を誓った王の手によるものになるか、私が殺すかの違いだけ」

 でも歴史は変わってしまう。

 グレイブが死ねば、虐殺は起こらないのだ。


「どう、して?」

「馬鹿ねぇエリヤ。私の望む歴史に変えるために決まってるじゃない。せっかく未来の技術を持って過去に来たのよ? せっかくだから、死ぬのがグレイブ一人で済むように行動してるだけ。沢山の人がそのおかげで助かるのよ? その邪魔をしてほしくなかったから、あなたには歴史を変えるのかって脅したのよ」

「そんな……」

 ルヴェは真摯な気持ちで、歴史を変えるなと言っていたとばかり思っていた。だから未来のことなども考えて、せめてグレイブ一人だけでも助けられる道がないかと悩んだのに。

 けれどルヴェはさっさとエリヤを放置し、ローグと話し始めてしまう。


「ほかの人達の準備は?」

「それなりだな。おい!」

 ローグの声に、奥の扉が開いた。数人が作業場と思われる広い場所へ入ってきた。

 既に目を開けるのも億劫になっていたが、エリヤは現状をとにかく知りたくて、必死に観察した。

 その誰もが、職人のようだ。

 手に持っているのは銃。


(違う、術式銃だ)

 白金や金と二種類の色の違いはあれど、それは全て銃身に過剰とも言える装飾のふりをした『術式』が描かれた銃だ。

 こんなに沢山の銃を、いつの間に誰が製作したのか。

 驚きながらも、答えはエリヤ自身の心の中から浮き出てくる。


 ルヴェだ。

 仕事だと言って朝から晩まで大抵不在にしているルヴェ。

 おそらくそうしてローグの工房などに出入りし、密かに銃を量産していたのだろう。


(グレイブに……)

 知らせたい。

 このままでは、術式銃の使い方が分からない彼は殺されてしまう。

 そう思ったが、エリヤは身動きができない。それどころか、だんだんと思考も上手く働かなくなっていく。


「最も邪魔な悪魔を排除したら、もう何も気にすることなくこの銃の作り方を教えてあげるわ。そうしてみんなで魔力があっても差別されない世界を作りましょう?」

 ルヴェの言葉を信じられない思いで聞きながら、エリヤはとうとう意識を失った。

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