8章 貴方の秘密を教えて下さい 2
グレイブは再び出かけたようだった。
沢山の魔力持ちを幽閉している離宮で騒ぎがあったのだ、副長官の彼は仕事が山積みだろう。
日が暮れるまでエリヤは鬱々として過ごしていた。
何度かフィーンが心配して見に来てくれたが、その優しさに甘えて、平常通りにすることもできず、かといって話すことも出来ずによけい心配させてしまったと思う。自己嫌悪するも、エリヤ自身にもどうにもできなかった。
だから、ルヴェがやってきたとき、思わず飛びついてしまったのも仕方がないだろう。
「ルヴェ!」
泣く一歩手前の気持ちで抱きつくと、細身のルヴェはたたらを踏んだ。転ばなかったのは、その背中が閉じた扉に支えられたからだ。
「どうしよう、どうしようルヴェ!」
「ちょっ、何? どうしたのよエリヤ!」
壁に押しつけられる形になったルヴェは、目を白黒させていた。
「全部バレちゃったの!」
「バレたって何を?」
「あたしが今の時代の人間じゃないって」
「はぁっ!?」
ルヴェの驚く声に煽られるように、エリヤは目に涙が浮かんできた。
「み、未来からきたって、言っちゃった……どうしよう。グレイブに、見捨てられちゃう……」
ちゃんと説明しなくちゃいけないのに、それ以上は言葉が嗚咽にかわってしまった。
ルヴェもしばらくの間呆然としていたが、やがて我に返ったのか、エリヤを宥めながらソファに座らせてくれた。ルヴェ自身も隣に座り、エリヤが泣き止むまで待ってくれる。
なんとか涙を押さえ込んだところで、ルヴェに説明を求められた。
「で、君は今日グレイブを追いかけて行ったはずだけど、その後何があったの?」
「グレイブと一緒にいたら、変な人に、術式銃で攻撃されて」
泣いた直後で頭も上手く回らないが、アヴィセント・コートのことだけは除外した。アルスメイヤやヴィオレントのことはさすがに話すわけにはいかない。
「魔法攻撃を受けたの?」
聞かれてエリヤはうなずいた。さすが同じ時代に暮らしていた相手だけあって、話が早い。
「それで、咄嗟にグレイブがもってたあたしの銃で応戦しちゃって」
「あたしの銃?」
「父が銃技師で、その形見を持ってたの。グレイブが預かってたんだけど……」
「それを使ったせいで、グレイブに疑われて話した……と」
エリヤはうなずいて肯定した。
「はぁぁぁ」
ルヴェは天井を仰いで、次いでうなだれた。
エリヤの方は相変わらず暗澹とした気持ちだったが、少しだけ心が落ち着く。
全て話してしまえる相手がいて良かったとしみじみ思う。自分一人で抱えていたら、不安で恐くて、落ち着かなくてたまらなかっただろう。
「それにしても、なんでグレイブを追いかけて行っちゃったの?」
「だって……。グレイブの事件の、真実が知りたかったの」
エリヤは唇を噛みしめる。
グレイブの捜査協力をしていると見せかけてついていけば、虐殺事件の原因ぐらいはわかるかと思ったのだ。
「私、歴史を変えちゃいけないって言ったわよね?」
「でも恩人が死んじゃうのよ?」
それを思うと、また涙がこみ上げてきそうだった。
「何もできないかもしれない。だけど理由がわかったら、もしかしたら誰も死んだりしない方法が見つかるかも知れない。できなくても、状況を把握しておけば、処刑される前にグレイブを逃がせるかもしれないじゃない」
「そんなことしようと思ってたの?」
「ルヴェが歴史を変えるようなことしちゃいけないって言うのはわかる。だけど恩を返すぐらいのこともしちゃだめってことはないでしょう? グレイブ一人ぐらい、頑張れば私一人でも隠しておけるかなって」
無謀だと言われるのではないかと思った。
なにせ自分が生きてきた時代とは違うのだ。
けれどグレイブは、道端で倒れていた見ず知らずのエリヤを拾ってくれた人。たとえそれが捜査情報を得られるからという理由でも、そうしてくれなければ、エリヤは全く知らない土地同然の王都で、路頭に迷っていただろう。
するとルヴェは腕を組み、なぜか意味深な視線をむけてくる。
「……惚れちゃった?」
「は?」
言われた単語がすぐに理解できず、聞き返してしまう。
「エリヤ、お姫様だっこされて帰って来ちゃったじゃない。あの様子見てたら、ころっといっちゃったのかなって思ってた」
「ころっとって、え?」
惚れた?
ルヴェに言われた単語を思い返しながら、エリヤは無意識に自分の両手で頬を押さえていた。
惚れるというのは、エリヤがグレイブを好きだということだろうか。
次にお姫様だっこされた時のことを思い出し、エリヤは自然と顔が火照ってくる。
攻撃されたのはグレイブなのに、エリヤを庇ってくれた上、歩けなくなったエリヤを運んでくれた。恥ずかしかったけれど、間違いなく自分を保護してくれると信じられるグレイブの腕に、とても安心したのを覚えている。
優しい人だと思った。
だけどころっといった……のだろうか?
「まぁ自覚がないのか、ほんとに恩を感じてるだけなのか知らないけど」
ぐるぐる考え続けるエリヤに、ルヴェが苦笑う表情で言った。
「辛いならグレイブの傍から離れる?」
「離……れる?」
「あの人、エリヤはよく知らないかもしれないけど、犯人は容赦なく殺すし、事件のためなら関係者を脅すことぐらい平然とやってのける人なのよ。女子供でも容赦なし。だから悪魔呼ばわりされたりして。そんな人だから、まずエリヤの事を信じて庇ってくれるか……」
自分の考えていた最悪の像をルヴェの口から聞かされ、エリヤは唇を噛みしめる。
「あの人ね、魔法に関わる事件ばかり扱ってる人なのよ」
その理由はエリヤにもわかる。おそらくは、魔力を持つ人間を保護するため。そして何よりもアルスメイヤのためだ。
アルスメイヤのことを思い出すと、エリヤは胸が痛んだ。
「この時代に銃を扱えるってだけで、おそらくグレイブはエリヤを監視対象として扱うでしょう。疑いが晴れるまで、きっとこの家に軟禁状態じゃないかしら? その間に、例の悲劇なんて起きたら……」
ルヴェが顔を覗き込んでくる。
「見たくないでしょう? 何もできず、疑われたままその日を迎えるなんて、きっと辛いわ」
頬にあてていた手から力が抜けて、膝上に落ちる。
エリヤはうつむいた。
このまま、その日を迎えるのは確かに拷問に似ている。諦めて虐殺事件と処刑されることをグレイブに話したところで、もうきっと信じてはくれない。
それよりは、と思った。
ルヴェに隠してもらっておいて、処刑の時に助け出す機会を窺った方がいいのではないだろうか。
本当は、グレイブに虐殺事件なんて起こさせたくない。そんなことをしたから、優しい彼は自害するような気持ちで処刑を受け入れたのだろう。でも止められないなら、せめて彼だけでも助けられるようにしておきたかった。
二度、三度。エリヤは繰り返し考えた。
そして何度も同じ結論に行き着いて、ようやくルヴェにうなずいた。
「あたし、ここから離れる」
ルヴェは悲しそうに笑って「よし」と応じてくれた。