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7章 貴方の上司とお会いします 5

 呆然としていたエリヤは、やがてヴィオレントの唇の感触を思い出し、恥ずかしくなったと同時に冷や汗が吹き出す。


 どうしよう。

 どうしようもないけど、手の甲に口づけなんて場面を複数人に見られてしまった。

 いやでもここは百年前の世界だ。こういった挨拶の習慣が廃れてないだけで、ああでも、こんなのは自分の生きてた時代にはもうあとかたもなかったのだ。こんなこと王様にされて、自分はその辺に転がってる一般庶民なのに……。


 脳内だけはパニック状態で、思考があっちこっちに飛んでいた。

 けれど体の方は硬直したままだったのだが、


「エリヤ」

 グレイブが肩に触れた瞬間、硬直が氷解したように声が出るようになる。


「こ、こ、こ」

「こ?」

「こわかった……」

 総括すると、周りの目と、王様に接近された緊張感で、恐いと感じたのだ。


 へなへなと座り込んだエリヤは、小さく吹き出す声に驚き、顔を上げた。

 グレイブはいたずらをした子犬を見るような目で、エリヤを見ていた。


「あの方は、少し軽率なことをなさる時がある。慣れないことで驚いただろうが、貴族の挨拶みたいなものだ。気にするな」

 事実を並べているだけの言葉。

 でもそれが、エリヤを気遣ってのものだと感じられるのは、グレイブが優しくエリヤを見つめてくれているからだろうか。


 エリヤは、その視線から目が離せなくなる。

 まるで針で固定された、標本の蝶のようだ。

 しかし不意にグレイブがその笑みを消す。

 もったいない。

 そう思った瞬間、グレイブに突然抱き寄せられ、もろともに地面に伏せる。


「なっ……!?」

 疑問の声は爆発音にかき消された。

 グレイブが庇いきれなかった肩や足に、熱波と土が当たって悲鳴を上げた。


 何が起こったかわからない恐怖に、手足が縮こまりそうだった。が、素早く起き上がったグレイブに、引っ張り上げられるように立たされ、走らされる。

 ほとんど小脇に抱えられるようにして移動するエリヤとグレイブを、炎の固まりが追いかけるように着弾しては土をえぐる。


 魔法だ。

 そう分かった瞬間、エリヤの頭が回転を始める。


 滑り込むように隠れた木の影から見れば、離宮外郭の塀の上に人影が立っているのが見えた。

 グレイブが銃を抜いて構える。


 でも銃弾は炎に影響も与えず、敵にも距離がありすぎて届いていない。

 このままではグレイブが死んでしまう。


 焦ったエリヤの視界に、グレイブのコートの裏、懐しから見慣れた銃のグリップが覗いているのが見えた。

 とっさにエリヤはグレイブの胸に手を突っ込む。

 グレイブが驚いている間に、エリヤは人影に向かって銃を構えた。


 今グレイブを死なせるなんて、そんな恩知らずなことをするぐらいならと、自分の秘密がバレることもどうでもいいと思えた。


「おい、それは向日葵しか……!」

 グレイブの制止の声は無視し、エリヤは叫んだ。


「解除、精霊歌の印!」

 銃身の金具が光を放つ。瞬く間に光は銃口へ伝播し、銃口の金具が生き物のように蠢き絡み合った。


 エリヤは引き金を弾く。

 体の中から活力が奪われるような感覚が襲う。魔力が銃に奪われたのだ。


 銃口から、白い光が放たれる。

 甲高い、女の叫び声にも似た音を連れて。


 白い光に触れたとたん、敵の炎はかき消えた。

 しかし次の攻撃は目前まで迫っていた。孤を描いて落ちてくる炎の固まりが一つ、木を半ばからなぎ倒し、次の炎が迫る。


「エリヤ!」

 グレイブが庇ってくれようとする。

 けれどこのままでは彼が怪我をする。いや、怪我だけでは済まない。


「これで、なんとか!」

 エリヤは全力でグレイブを押しのけ、炎へ向かって白い手袋を履いた自分の右手をのばした。


 ――――岩を叩き付けたような衝撃。一瞬の熱さ。

 痛みに歯を食いしばったが、炎は霧散した。


「さすが防護用……」

 手袋は魔術銃作製時の爆発や術の失敗に耐えられるように作られているだけあって、見事に魔法の炎を防いでくれた。


 けれど油断はできない。

 じんじんと響くような痛みを堪えながら辺りを見回す。が、あちこちに落ちた炎の固まりが落ちて爆発し、土煙が舞い上がって視界が悪い。

 見えないことに怯えながら銃を構え、地面に膝をついたまま辺りを見回したエリヤは、やがて土煙が晴れた時、灰色の塀の上から敵の姿が消えていたのを見た。


 敵はいなくなった。

 ほっとしながらも、エリヤは泣きたい気分だった。

 ――――絶対に変だと分かったはずだ。


 記憶がないのなら、使い方がわからないはずの銃を扱ってみせてしまった。

 しかもグレイブの『向日葵』発言から、彼が銃の安全装置の解除方法を知らないままだったことがわかる。それを知っていたエリヤを、どう思ったのだろう。


 嘘つき、と言われるだろうか。

 騙していたから、牢送りだと言われるだろうか。

 でも自分はグレイブを守りたかったのだ。自分を拾ってくれた優しい人を。それだけは後悔すまい。


 そう心に刻んだエリヤの右手を、グレイブが自分の手で包み込むようにする。

 いまだしびれとじわじわと痛む手を、気遣うみたいに。


「……手は、平気か?」

 もしかして、怒っていないのだろうか。

 恐る恐るようすを伺えば、グレイブはいつも以上の険しい表情をしている。

 エリヤは思わず体をこわばらせた。


「全て、話せることを話して貰おう」

 淡々と言い渡され、エリヤは唇を噛みしめながら、小さくうなずいた。

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