7章 貴方の上司とお会いします 4
アルスメイヤの部屋を出て、再び長い廊下を歩き出す。
ふと声が聞こえて見下ろすと、中庭にまだ子供と言っていい年頃の少女が二人いて、笑いながら花壇を走り回っている。
幽閉されている子供だ。
けれど拘束されている様子もない。本当にアルスメイヤやヴィオレントが言った通り、ここにいる魔力を持つ人々は『保護』されているのだろう。
迫害されていたこの時代の魔力の高い子供達が幸せそうにしていることに、ごく自然にほっとする。
嫌われるのはいつだって恐い。
元の時代でさんざ強い魔力持ちの同級生にからかわれ、揶揄され続けたエリヤはそれをよく知っている。
「君は優しい人だな、エリヤ」
一歩先を歩いていたヴィオレントが、エリヤを振り返って見ていた。
思わずときめいてしまいそうな顔立ちで、嬉しそうに自分を見られて、エリヤはなんだか落ち着かない気分になる。
「アルスメイヤの見立て通りなら、君は迫害などされたことがないはずだ。それとも記憶がないから、君は純粋に誰かのことを見ることができるのかな」
ヴィオレントはちらりと中庭に視線を向け、それから向き直って前に歩き出す。
「この国に生まれれば、必ず大人達から『魔力を持つ者は災いをもたらす』と言われて育つ。だから魔力が暴走すると、過敏に反応し、恐怖から魔力を持つ人間を殺してしまうんだよ」
「そう……なんですか?」
記憶がない設定ならば、こう答えても不自然ではないだろう。
考えつつ問いかけると、ヴィオレントはくすりと笑う。
「実際、被害を出すことは度々あるんだ。けれど本人とて自ら望んでそうしたわけではない。そして大半は、落ち着かせれば暴走も収束する。それがわかっていても、幼い頃から植え付けられた偏見が邪魔をして、なかなかまっすぐにこちらの言葉を聞いてはくれないものなんだよ」
だからアルスメイヤはここから出られない、とヴィオレントは言った。
「そんな状況がなかなか改善できなくてね。だから君が嬉しそうにあの子達を見ている姿に、ほっとしたんだ。知らないからこそ全てがありのままの姿で見えるんだろうね。グレイブのことも」
「グレイブさんのこと?」
どうしてそこでグレイブのことが出てくるのだろう。グレイブも同じ事を考えたようだ。
「私が何か?」
「鏡で自分の顔を見るといい。そんな威圧的な顔をしてばかりいるから、ほとんどの人間が君を遠巻きにしていることに気づいているか? けれど、エリヤさんは困れば必ず君を頼って見ている。君の本質を見てくれてるということだよ」
ヴィオレントの言葉に、エリヤは顔が赤くなりそうなほど恥ずかしくなる。
エリヤにとってグレイブは恩人なのだ。だからつい頼ってしまうことを申し訳ないと思ってるのに、持ち上げられてしまっていたたまれない。
ちらりと横目でグレイブを伺えば、彼はいつも通りの無表情のままだった。
「それよりもグレイブ。アヴィセント・コートに彼女がいたかどうかを調べるにしても、ここまで来る必要はなかっただろう?」
ヴィオレントは探るような目をグレイブに向ける。
「エリヤさんをアルスメイヤに会わせる必要があった? それとも、彼女に魔力が少なそうなことがわかっていながら、それでもアヴィセント・コートにいた疑いを持つような理由があったか……」
「未だにここから出て行った、複数の者の行方がわかっておりません」
グレイブは無表情のまま答えた。
「その一人かと思ったのです。アルスメイヤとて顔の特徴を話したところで思い出せないでしょう。離宮を幽閉目的で使い始めてからまだ十年も経っていませんが、居る人間だけでも結構な人数になりつつありますから。もしそんな一人であれば、エリヤの記憶を取り戻す足がかりがみつかるかもしれないと思ったまでです」
すらすらと並べ立てるグレイブに対し、ヴィオレントはうろんげな眼差しになる。
「それを僕は信じていいのか? 一応ここは、機密施設に相当する場所だ。実際、君は自分からアルスメイヤの家名すら教えていないようだね? そこに身元を探すためだけに、見知らぬ少女を連れてきたと言う、その言葉を」
ようするに、ヴィオレントはグレイブの言葉を疑ったままなのだ、とエリヤにもわかる。
けれどこのまま黙認して、グレイブを信用してもいいのかと聞いているのだ。
「私の忠誠に代わりはありません」
グレイブは年下の少年王に、きっぱりと言い切った。
揺るぎない態度に、ヴィオレントは苦虫をつぶしたような表情になる。おそらくは強い言葉でゆさぶって、真意を聞き出したかったが、グレイブが白状しなかったことに呆れているのだ。
それは多分、グレイブを心配しているからだ。
「君を見てると恐くなるんだ。僕やアルスメイヤのために、いつか命を捨てそうで」
その物言いから伺えるように、目的のためには何でも一刀両断にして歩いているようなグレイブのことだ。
ヴィオレントも忠誠には全く疑いを抱いていないのだろうけれども、代わりに、何もかもを隠して自分一人抱えて処理しようとするのではないかと言いたいのだ。
ヴィオレントの考えを想像したエリヤは、はっとする。
まさかグレイブの虐殺と処刑は、ヴィオレントが心配したような事態が起こったせいではないだろうか。
そう思うと、一層ヴィオレントの言葉を重く感じた。
このままでは危惧した通りにグレイブが行動し、彼を永遠に失ってしまうのだ。
「陛下が望む限りはそのようなことは……」
ヴィオレントはグレイブの言葉を遮った。
「君の約束は、僕は信用しないことにしている。今までだってさんざん煮え湯を飲まされ続けてきたんだ」
「しかし陛下……」
さらに釈明をしようとしたグレイブを放置し、ヴィオレントはエリヤに向き直る。
何だろう、と首をかしげたエリヤに彼は言った。
「エリヤ。この堅物を宜しく頼むよ」
「……うっ?」
ヴィオレントはさっとエリヤの手を取り、手の甲に口づけを落とした。
言葉を無くすエリヤに、ヴィオレントは鮮やかな笑みを見せて背を向ける。
三人は既に宮殿の外へ出ていたのだが、外殻の門の近くにはヴィオレントを待っていたと思われる衛兵が何人か待機していた。
「陛下!」
驚いたようなグレイブの声にもヴィオレントは振り返らず、待っていた衛兵と共に先に門の外へと出ていってしまった。