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2章 彼の事情

 霧雨の降る暗色の空を、白い手が泳ぐ。

 灰色の外套を翻し、黒い革靴で苔むした石橋の欄干に着地した小柄な男は、白い手袋を履いた手に黒と金の色が絡み合う銃を構えた。


「伏せろ!」


 グレイブが叫ぶのと同時に、銃口から強い光が放たれる。

 暗い夜に沈んでいた石畳の路地が、刹那、閃光の白に染まった。

 まぶしさに周囲の公安官達が顔を腕で覆う。が、何人かが間に合わず、呻く声が上がる。

 灰色の外套の男は、さらに左手の銃口を空に向けた。

 爆発音が響き、右から左から熱波と破片が襲いかかる。

 腕で自分の顔を庇いながら、グレイブは灰色の男が頭上へ向かって炎を打ち上げる姿を見た。


 上昇した炎は弧を描いて地に落ちる。炎に触れた橋の一部が爆発した。

 周囲の者達は石つぶてに悲鳴を上げる。

 グレイブも足をかすめた破片に顔をしかめた。が、欄干上を逃げ出した男の姿に気づき、急ぎ追いかけた。

 犯人を捕まえるのは、グレイブの職務だ。


 連続殺傷事件が王都内で発生したのは、一ヶ月前のこと。

 犯人は魔力を持つ者だった。

 本来、魔力は素質ある者しか使えない。さらには魔力保持者の精神状態に左右されやすく、すぐに暴走しがちだ。

 たとえ本人に他人を害する意志がなくとも、何を切っ掛けに暴走するのかわからないため、警戒される。

 だから魔力で人を傷つけた者は、事の大小にかかわらず全て捕縛対象だ。そして魔力が使えない設備が整った監獄離宮へ幽閉されなければならない。


 しかし魔力保持者の犯罪だと思われていたその事件が、死んだ犯人の一人が魔力の素質がない者だと判明したことで、事態は急変した。


 ――誰にでも魔力が使えるようになっては、社会が混乱する。

 危機感をおぼえた公安により王都内の警備が強化され、グレイブ達公安官は監視網にようやくひっかかった犯人らしき男を見つけたのだ。


 霧雨が視界をベールのように遮る橋の上を、グレイブは一心に駆ける。

 足だけならばグレイブの方が早い。

 犯人に追いつきそうになったが、灰色の外套がひらりとはためき、男が橋から飛び降りた。

 舌打ちしてグレイブも橋から飛び降りる。

 が、敵の姿はもう見えなくなっていた。

 それでも勘に従ってグレイブは近くの路地へ入った。

 そこで足を止める。


 一人の少女が、霧雨に濡れた石畳の上に転がっていた。

 夜道を照らすほのかなガス灯の明かりの下、黒灰色の石畳にうつ伏せに寝転がる少女は、死体のようにぴくりとも動かない。

 が、少女がわずかにみじろぎしたことで、生きているのだと分かる。


 少女の肩までの栗色の髪は、濡れて白い首筋や濃緑の男のようなシャツの襟にへばりついている。さらに羽織ったシャツの裾から伸びる足には、やはり男物の半分に切った丈のズボンを履いていた。白いふくらはぎが、近くを馬車が通ったのか、泥で汚れていた。


 思えば、建て増しを重ねた、煉瓦造りの雑居アパートが連なるこの王都東界隈では、小道に死体が転がっていることは珍しくもない。

 そういった浮浪者のたぐいかと思ったが、着ている服が綺麗すぎた。

 グレイブは、霧雨に茶金の髪や黒緋のコートの肩を濡らしながら、数秒思案する。


「どこかから虐待されて逃げてきたのか……」

 髪の短さは、自尊心を傷つけるためだったのかもしれない。女性ならば髪は腰につくほどあるのが一般的だ。

 服も、逃げられないように与えられず監禁されていた怖れがある。男物の服や半分に切ったズボンを履いているのは、加害者の服を奪ったからだろう。


 事件だ、とグレイブは結論づけた。

 浮浪者が飢えて死ぬのとは訳が違う。

 グレイブは公安を司る者として、近くの公安分署へ届け、少女を保護させることに決めた。

 どちらにせよ先ほどの男がどこへ行ったか、わからないのだ。追いつけない対象を探して、目の前の弱者を放り出すわけにはいかない。

 運ぶ必要があるので少女を抱き上げた。自分より頭二つ分近く背の低い少女は、持ち上げても軽かった。

 そして胸の前で握りしめている手を見て、むっと顔をしかめた。


 白い手袋。

 それは先ほど逃してしまった、犯人を連想させた。

 もしやと思ってさぐれば、やはり少女の腰のベルトには青灰色の銃がねじ込まれていた。


「……銃、だろうな」

 引き金もある。

 白い金属で繊細な装飾もされていて、貴人の観賞用に作られたものの様にも見える。けれど弾を込める弾倉がない。よくよく見れば、銃身の先まで白い金属の装飾が蔓のように伸び、発砲時に装飾を壊してしまいかねない構造になっている。

 不可思議な銃の構造に、グレイブは見覚えがあった。

 この少女は、重要事件の参考人となる。

 そう考えたグレイブは少女を抱え直し、歩き出した。その時寝言だろうか、小さな声が聞こえた。


「お父さん……」


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