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6章 君が眠る間に 2

 確かジェイスからは、エリヤが外へ出たので付添いをすると伝言を受け取っていた。

 何か問題があって、わざわざ報告しに来たのか。

 グレイブは端的に尋ねる。


「問題が?」

「ええ、まぁ」

 応じて、ジェイスは苦笑う。


「なかなか手強い子ですね。仲間でも出てこないかと裏道も連れ回してみましたが、一応そんなそぶりもなかったですよ。本人の芝居が上手いのでなければ、道もよくわからなかったようですし」

 どうもジェイスは、わざと治安の悪い場所へエリヤを連れて行ったようだ。

 道もよく知らないようだった上、わざとジェイス一人をつけただけで放置したのに、誰も接触してこないというのなら、やはり彼女が『犯人側』の人間である可能性は低いようだ。

 グレイブは内心で安堵する。


「で、その道はどこに行く途中の道だ?」

「本人が、自分の倒れていた場所を見たいと言うんで、アヴィセント・コート近くへ」

 なるほど、とグレイブはうなずいた。

 が、ジェイスは「けど」と続ける。


「ちらともしゃべりませんが……隠し事はあるみたいですね」

「確信を持つようなことでもあったか」

「白手袋の元凶らしき男と遭遇しましたよ」

 グレイブは眉をひそめる。


「イーニスとグランが先に奴と遭遇して、銃撃戦をしてましてね。そこに子供に帽子をとられて追いかけていったエリヤちゃんが巻き込まれたんで、観察させてもらいました」

 危機的状況だというのはわかっていた。

 あれ以上、残ったグランが危険な目に遭いそうなら、ジェイスも出て行くつもりだった。

 それよりも先に、エリヤは自ら銃を拾い上げたのだ。


「なかなか筋がいいですね。奴の銃に当てたせいか、奴も驚いてその場は引いていきました。が……あの子は、魔法銃に慣れすぎている」

 言われ、グレイブは外套の下に隠した銃を思い出す。

 エリヤが使っていたと言われれば、納得できるような、殺傷能力のない銃。 


「魔法による攻撃の避け方にしても、相手の防御の隙を突くやりかたにしても、何も覚えていない人間のやり方とは違いすぎました」

 ジェイスの評に、グレイブは自然と奥歯に力が入る。


「そうか……もう少し、心当たりを探って、結論を出す」

「了解、副長官殿」

 立ち去りかけたジェイスは、ほんの2・3歩で足を止める。


「なんだ?」

「いえ。一つお願いしておこうと思いまして」

 ジェイスは一拍おいて切り出した。


「様子を見てる限りはそんなそぶりはなかったんですが、油断させようとちょっと過多に接触しましたんで。もし、俺のことを気にしてるようなら、次に彼女を側に付けるのは、別な奴にしてください」

 最後にジェイスはそっと付け加えた。


「副長官殿自身も、もし疑い続けるなら、ほどほどにするべきですよ」


   ***


「ほどほどに、しているつもりなんだが……」

 ジェイスの進言に、グレイブは眉をよせながら自宅へ向かった。

 フィーンの喫茶店の明かりを避け、住宅用の出入り口から入る。


 今度はルヴェがいる様子もない。おそらく外出したままなのだろう。

 おそらく目的の人物はここにいるだろうと、グレイブは自室の扉を軽く叩く。

 十数秒待ったが返事はなかった。


「フィーンの店にいるのか?」

 夕食がてら、そちらに移動している可能性はある。それ以外の場所にエリヤが行くわけがないのだ。

 グレイブと一緒に歩いていても、しきりに周囲を見回していたあたり、本当に王都の様子に見覚えがないようだった。それはジェイスにも保証されている。

 見知らぬ街を、好きこのんで探検するのは、子供と旅行者ぐらいのものだ。

 では眠っているのか。


「もしくは……」

 グレイブは昨日、一人静かに泣いていたエリヤを思い出した。


 記憶が曖昧だと言ったエリヤの言葉を、全て信じたわけではなかった。

 なにせ銃を持っていた人間だ。事件に関係がある人間ならば、グレイブの部屋にいるとわかったなら、何か不審な行動を起こすだろうと思っていた。

 だからわざと、何か行動を起こすかと放置していたのだ。


 しかしどこにでもいる少女のように、彼女は泣いていただけだった。

 少し気遣っただけで微笑んだ姿に、グレイブは妹のことを思い出した。

 離れて暮らさざるをえず、いつも心細い想いをさせている妹と同じように、エリヤは安堵したような笑みを浮かべたから。


 そのことを考えると、再び泣いているのなら不安を解消してやるべきではないかと思えてきた。

 だからグレイブは部屋の扉を開けたのだが。


「……眠っていたのか」

 部屋の奥、壁際に置かれた寝台の上で、部屋着らしい簡素な生成のコットを身につけたエリヤは、座ったまま寝入ったかのような状態で横たわっていた。


 このままでは風邪をひくだろうと、グレイブはエリヤを上掛けの中へ押し込んでやる。

 肩まできっちりと上掛けに包んでやったグレイブだったが、そこでむっと口を引き結んだ。


 フィーンやルヴェならば、捜査に必要であれば容赦なく叩き起こしただろう。どうして自分は今、エリヤを起こさないようにしているのか。

 数秒考えた末に思い浮かんだのは、ジェイスの言葉だ。

 あれは、エリヤにあまり入れ込むなということだ。情けをかけているうちに、ほだされてしまっては捜査にさしつかえる。


 グレイブはエリヤを揺り起こそうと思った。

 が、上掛け越しに細い肩を掴んだ瞬間、蝋燭の炎を吹き消したようにその決意は消失する。


「なぜだ……」

 呟きに反応したように、エリヤがみじろぎする。


 ――起きるかもしれない。

 先ほどの銃撃でも感じたことがない緊張感に、グレイブは思わず息を詰めた。

 しかしエリヤは、そのまま大人しく寝息をたてはじめ、再び動かなくなる。


 ほっとするのと同時に、自分が相手に影響を与えている事に、くすぐられるような妙な感覚をおぼえてグレイブは戸惑った。

 不可解な、と思いつつ。


 結局彼は何もエリヤに尋ねることもできず、部屋を出て行った。

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