5章 貴方の部下と散策します 7
「なっ……!」
エリヤは思わず足を止めた。
ほんの数歩前に突き建った白い氷の刃。
その先端は石畳を割り、広がったヒビにとけた水を染み込ませはじめる。
「来るな!」
氷の向こうに見えたのは、黒緋の上着を着た男性。
彼は少し先の角に隠れ、更に道の向こうにいる人物に向かって銃を向けた。
銃口の先へ目を向けると。白い手袋がひらめいた。
影のように黒い服を着た男は仮面に覆われて顔が見えない。その左右の手袋に握られているのは、銀と青の銃。
視認した瞬間、エリヤは建物角へ飛び込んだ。
同時に聞こえる、独特の作動音。
次いで今まで自分がいた場所に氷の刃が突き刺さった。
ぞっとしたエリヤだったが、すぐに攻撃者の様子を窺う。
ちょうどその時、公安官が犯人に向かって銃を撃った。
犯人は灰色の外套を翻しながら、左手の銃を撃つ。
壁のように広がる透明な氷。
そこに銃弾が当たって壊れた瞬間、鋭い雷が公安官が隠れた建物を直撃する。
「……ゃっ!」
えぐれた建物の角。
公安官はとっさに避け、怪我を負わなかった。
エリヤはほっとし……た瞬間、今度は自分がいる場所が攻撃される。
「わ!」
あわてて建物の影に逃げ込む。
建物の縁が凍り付いた。
それを見て、エリヤはようやく頭が回り始めた。
「あれが、もしかしてグレイブの追いかけてる、この時代の術式銃?」
確かにあんなものを持っていては、鉛玉の旧式銃では対処しづらいはずだ。
エリヤは辺りを見回した。
あの公安官だけでは、そのうちに追い詰められて、殺されるかもしれない。
しかしジェイスの姿はない。
追いかけていたはずの、帽子を持ち去った子供の姿も、当然ない。
代わりに、近くに別な公安官が倒れていた。
倒れた公安官は意識がないようだった。
その手の先には、一丁の銃が放置されている。
手放したのだろう銃を見て、エリヤは唾を飲み込んだ。
ジェイスを待つべきか。
でも一人で応戦している公安官が、それまで無事かわからない。
自分も、狙われるかもしれない。
――でも、また殺してしまったら。
唇を噛みしめ、エリヤは銃を手にする。
氷が溶け始めた建物の角に身を寄せ、覗き込む。
犯人の小柄な男は、再度銃を構えたところだった。
旧式銃の轟音みたいな銃声より早く、犯人は二丁ともを公安官に向けていた。
銃弾を止めて砕ける、分厚い氷の壁。
矢のように飛ぶ電撃。
エリヤは素早く一歩を踏み出し、両手で銃を構えた。
――狙うのは、銃だ。
崩れ落ちる氷を弾きながら飛んだ銃弾は、狙い違わず犯人の銃に当たる。
衝撃に、犯人は銃を片方取り落とす。
犯人は驚いたように静止した。
エリヤはさらにもう一方の銃も狙ったが、それよりも先に身を翻した犯人は、駆け去ってしまった。
「は……っ」
止めていた息を吐く。
吸って、緊張がほぐれたところで、エリヤはそのまま座り込んだ。
今頃になって手は震えだしている。
硬質な音を立てて、銃が手から落ちて転がった。
間違って当たってしまったら。それが恐かった。
けれど大丈夫だ。ちゃんと狙い通りにできた。
しかしほっとするのはまだ早かった。
「エリヤ……?」
問いかけられたエリヤは、はっと顔を上げる。
いつのまにか、目の前にジェイスが居た。
ぼんやりしている間に、追いかけてきてくれた彼が到着したのだろう。合流できてよかった。
そう思ったエリヤは気がゆるみ過ぎていたのだ。
「ジェイスさん、あの、そこの方をなんとか」
エリヤは足が震えて立てないのだ。様子を見てほしいと言えば、ジェイスはなぜかこわばった表情でうなずいた。
どうしたんだろう。
ジェイスが倒れたままだった公安官の様子を見つめながら、エリヤは首を傾げる。
「大丈夫だ。怪我はあるが、命にかかわるほどじゃない」
「ジェイス?」
そこへ、先ほどまで銃撃戦を行っていた公安官が戻ってきた。
彼はすぐ、仲間やジェイスに駆け寄った。そして倒れていた仲間をたたき起こすと、肩をかして立ち上がらせる。
そこでエリヤを振り返って、苦笑いして言った。
「先ほどは助かった。お嬢さん」
「あ、いいえ」
礼を言われて、本当に自分が助けになったのだとエリヤは実感できた。
仲間の治療のためだろう。そのまま早々に立ち去る公安官を見送っていると、ジェイスに尋ねられた。
「君は、本当に全て忘れているのかい?」
「え……?」
振り向けば、ジェイスはまだ硬い表情でエリヤを見下ろしていた。
「さっきのを見ていた。君は銃を扱えるんだね、エリヤ」
「あ、その……ごめんなさい。勝手に銃を使ったりして、あの、でもこのままじゃ殺されるかもって」
言い訳は遮られる。
「さっきだって泣きそうな顔をして……。銃を撃つことが反射行動だけなら、そんなことはありえない」
言われて、エリヤは息を飲んだ。
そうだ。哀しむのも、辛いと思うのも、記憶がなければありえない。
「何を隠しているんだ?」
一歩近づき、ジェイスはエリヤの傍に膝をついて視線を合わせてくる。
エリヤは思わず引いてしまいそうになった。
「ああ、怯えなくていい。君を尋問したいわけじゃない」
「え?」
「もし、話して俺が協力できることがあればと、そう思ったんだよ」
そしてジェイスはようやく笑みを見せてくれる。
「仲間を守ってくれて、ありがとう。だからそんな君が辛そうな表情をしていると、見ている俺の方も辛いんだ」
ジェイスはそっとエリヤの頬に手を伸ばす。
「信じてくれるまで待つよ。だからもし誰かの手が必要になったら、俺に言ってほしいんだ」
言われたエリヤは、のど元まで言葉がでかかる。
ジェイスは公安官だ。グレイブが最悪の状態に陥らないよう、それとなく手を回してくれるかもしれない。
そうしたら、きっとエリヤは安心してここで暮らせるだろう。
グレイブが死ぬこともなく、良くしてくれたフィーンも哀しむことはなくなる。
でも。
記憶があることがバレてしまったら、なんて言われるだろう。まさか荒唐無稽な『未来からきた』なんて話を信じてくれるわけがない。
そう思えば、浮かんだ言葉は飲み下すしかなかった。