5章 貴方の部下と散策します 6
「珍しい所に行きたがるんだな」
言われて、エリヤはハッと気付く。
そうだったアヴィセント・コートって今の時代は思いっきり監獄状態……。
そんな場所に連れて行けなどという人は、観光客もなかなか居ないだろう。
「あー、えっと、そのあたりでグレイブさんが私を拾ったっていってたので。どこにいたのか見たら、いろいろ思い出すかなって」
「思い出す?」
不思議そうに尋ねられて、エリヤは首をかしげる。
グレイブから聞いていないのだろうか。
「実は、記憶がちょっと……無い部分が多くて。それで少しでも思い出せればと思ったんですが」
「そうなのか。行方不明者リストを見ていたのは知っていたけれど、君自身が行方不明者だったんだな」
「あ、でもここまでずいぶん長い時間裂いていただきましたし、ご用時があるならここまででいいですよ! 場所を教えてもらえれば、一人で……」
「だめだめ」
ジェイスは微笑んで言った。
「あそこへ行くまでの道は、治安が良くない所が多いんだよ。そんな所に女の子一人で行かせるわけにはいかないからね。君という都民を守るのも仕事のうちだから、気にしないようにね」
優しく言われて、エリヤは思わず顔が熱くなる。
守る、だなんて言われたのは初めてだった。
けれど一瞬後には、別な『守る』という言葉を思い出してしまう。
――守ってやれなくてごめんね。
――むしろ、私達を守ってくれたことに感謝しますよ。
両親の遺体を目の当たりにした後、駆けつけるまで時間がかかったと、謝罪した祖父母の言葉。
そして、エリヤが犯人を殺したことで、命が助かった政府の人の言葉だ。
守ると言う言葉は、良い物ばかりではない。
「行こうか」
うながされたエリヤは、表情をひきしめてついていく。
歩き初めてすぐ、やはり案内を頼んで良かったとエリヤは思った。
道が全然違う。
整地されて広々とした林や丘が広がっていたはずの周囲は、古い建物が積み重なる細い路地ばかりの所だった。
家の建築もすごいことになっている。
二階建ての屋根の上に、さらに適当に木で組んだ家をのせていたり、橋の下のアーチ部分を埋めるかのように、木材で小屋のようなものが填っていたり。もうなんでもありだ。
無理矢理建築が多いせいか、日当たりなどのことも考慮なんてされるはずもなく、どこか湿った空気が満ちている。
こんな所に倒れていたなら、あっと言う間にカビが生えそうだ。
きっと泥とかもくっついていただろう。
綺麗にしてくれただろうフィーンに、何かの折に礼を言っておかなくては、とエリヤは思った。
「日も暮れてきたからね。急ごう」
さりげなくジェイスが手を繋いでくれる。
少し乾いて、エリヤよりもずっと大きな手。
自分とは違う手に触れていると、なんだか恥ずかしかったが、拒否するのは怖かった。
なにせ道端には、明らかに浮浪者とおぼしき人がぽつりぽつりと座り込んでいる。
それだけならまだしも、時折ぼろ切れになった服を纏った男や女が横路から歩いて来て、エリヤにぶつかろうとしたり、スカートの裾をひっぱられたりしてねだられるのだ。
「お嬢ちゃん、お金をおくれ」と。
未来の世界で、こういった人に遭遇したことがなかったエリヤは、怯えて思わすジェイスにしがみついてしまった。
ジェイスも無難に彼らを追い払ってくれる。
「今日は持ち合わせがないんだ。牢に入りたくないなら、それ以上はやめておけ」
そう言われると、皆ジェイスの黒緋の外套に目を止め、そそくさと散っていく。
ほっと息をついたエリヤは、しがみついたままだったことに気付いて慌てて離れようとした。
「す、すみません! しがみついちゃって、歩きにくかったですよね!」
けれどジェイスは笑って言う。
「これはこれでちょうどいいよ?」
一体何がちょうどいいのだろう? え? と思うエリヤに、ジェイスが続ける。
「ああ、でもむしろこうした方がいいかな」
そういって、ごく当然のことといった風に、ジェイスは自分の腕にエリヤの腕を組ませた。
「うえっ!?」
「離れないようにしないとね」
寄り添う男女にしか見えない状態なのに、ジェイスは実に爽やかに微笑む。
エリヤは焦りを感じている自分の方がおかしいのか? と思いつつ、いやいやこんな密着するって、友達ですらないのにありえない、とわたわたする。
何だろうどうしてだろう。
ジェイスはなぜこんなことをするのか。
抱えられて歩きながらも、エリヤはこのままでは良くない気がして反論を試みる。
「あの、こ、こういうことはお付き合いしてる男女がするものでは……」
「ん? 時々父娘でもしてるのを見るけど?」
「…………」
エリヤは納得してほっとしながらも、少し拗ねたい気分になった。
そうか自分は子供なんだ……。
思えば王都観光のついでにお菓子を買い与えられるというのも、女の子への対応っぽいのと同時に、子供への対応と言われてもおかしくはない。
妙な敗北感を感じつつ歩いていたエリヤだったが、辺りを見回して注意が散漫だったのだろう。
どん、とぶつかられて、転びそうになった。
多分ジェイスと腕を組んでいなければ、確実に転んでいただろう。
誰がぶつかったのか。
走り去る人の姿を見れば、エリヤよりも背丈の小さい男の子だった。それだけならまだしも、その腕に抱えていたのは、
「ああああっ! 帽子!」
手を頭にやれば、朝から被ったままだった帽子がない。
花飾りのついた黒い帽子は、色あせた服を着た子供が持って、現在逃走中だ。
「まって、返して!」
エリヤは慌てて走って追いかける。
なにせその帽子は、エリヤが自分で買ったものではない。おそらくはグレイブがお金を出し、ルヴェがわざわざ選んでくれたものなのだ。
人からもらった物を盗られたとなれば、二人に顔向けできないではないか。
けっこう素早い男の子に、エリヤはなかなか追いつくことができなかった。
何度も角を曲がり、そろそろ息が上がりそうになった頃。
白い氷の刃が降る場所へと飛び出していた。