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5章 貴方の部下と散策します 5

「少し、外を歩いてきますね」

「エリヤ?」


 とにかく気持ちを落ち着けたかった。

 じゃなければ洗いざらい吐き出してしまいそうで、怖くて、エリヤはなんとか笑みだけ浮べてみせ、外へ出た。


 目の前に広がるのは、古い歴史の教科書の絵を見ているような町なみ。

 まだ見慣れないその光景に、まだ夢を見ているような気分になる。

 でも立ち止まってはいられない。

 フィーンに呼び止められてしまえる場所から、遠ざからなければ。

 彼女に優しくなだめられ、そして手を握られでもしたら……極限まで自分の口が軽くなってしまいそうだったから。


 だから早足に歩き出したエリヤだったが、

「エリヤ……さんだよね?」


 呼び止められたのは、あの柔らかなフィーンの声ではなかった。

 だから振り向いたエリヤは、少し驚く。


 離れた街灯の側に立っていたのは、亜麻色の髪の青年だ。やんちゃな少年を思い浮かべる笑顔が、艶めいた大人の顔と同居しているような人だ。

 見覚えがある。紅茶と、公安官庁と一緒に、エリヤの記憶に収まっていた人だ。

 確かグレイブの部下だったはず。


「もしかして、ジェイスさん?」

「お、覚えててくれたんだね」

 にっこりと笑ってくれる。

 嬉しいのだとこちらがわかる表情に、エリヤは知らずに肩の力を抜いていた。


「お仕事ですか?」

「ん? そうだね。副長官の命令であちこち……。君は? どこかに出かけるのかい?」

「あー……」

 どこへ行くと言えばいいだろう。

 以前の世界だったら、適当に答えられた質問だ。


 噴水公園は百年前にあっただろうか。いや、あれは魔術で作った噴水だから、ないだろう。いや、元々あそこは公園で、改装したのだから公園としては存在したはずだ。

 でも、どんな名前でこの時代で呼ばれているのかわからない。そして有名な場所でなければ、王都の記憶すら曖昧なはずのエリヤが、知っていておかしくないかどうかもわからない。

 こんな些細なことにも、上手く返答できない事が、エリヤを消沈させた。


「何も考えてなくて……どこ行こうとしてたんでしょう? どこか公園みたいなところってありますか?」

 エリヤはなんだか面倒になって、ボケてたふりをする。と、くすりと笑われた。


「なら、良い場所を知ってるから、連れて行ってあげるよ」

 けれど特に追求するでもなく、バカにするでもなく、ジェイスはエリヤを誘ってくれる。


「お仕事はいいんですか?」

「一段落ついたところだからね。それに君は事件の参考人らしいと聞いてるから、その護衛をするのだから、仕事の一環と考えてくれればいいよ」

「それなら……」


 だからエリヤは頼んだ。

 王都をあちこち見て回りたい、と。

 エリヤが知っててもおかしくない場所、未来にしかない場所を把握しておきたい。

 それに、


(何かあった時、逃げ方がわからないのは怖いものね)

 銃で撃たれた時、どこへ逃げればいいのか。

 手に慣れない武器を持っていない自分が逃げようとして、かくまってくれそうな場所はどこにあるのか。

 たぶんそういった怖さは、町を知ることができれば緩和できるのだ。

 銃を撃ち合うのを見て泣いてしまった理由の中には、自分がどうしたらいいのか、どう逃げたらわからないからこその恐怖もあったと思うのだ。

 それが把握できれば、次になにかあった時、きっと泣かずに済むだろう。



「あれが去年建てられた劇場だよ」

 指さされた建物を見て、エリヤは(うわぁ)と思う。


 劇場なんて行くこともないエリヤだったが、未来では立て直しされていた物だというのは一目でわかる。

 重厚な石造りの建物は、柱の水が流れるような彫刻からして、荘厳だ。出入りする人も、心なし上等な服を着ている気がする。

 あげく、入り口近くに横付けされるのは、どれも黒塗りの馬車だ。

 場所はそのままなので、一応外観を覚えておけば目印にはなるだろうかと、エリヤは唸りながら考える。


「これがヴェルトラ橋だ。大きいだろう」

 王都を流れる一番大きな河、ヴェルトラ。そこに掛かる橋は、橋脚が何本も河に突き立っている。橋桁部分を支えるためには、これだけ沢山の支えが必要なのだろう。

 金属が緩いアーチを作り、支柱も二本しかなかった一〇〇年後の橋とは、姿形がもう段違いだ。


 そこを「ほんとに大きい橋ですね」と作り笑いをしつつ、エリヤはうふふあははと喜んだふりをして渡る。

 ちなみに河岸も整備されてないので、別の河みたいに見えた。


「さ、お待ちかねの公園だよ」

 やってきたのは、推測した位置からして、100年後にもある噴水公園だろう。

 記憶にある公園よりも少々狭い感じの広場を、囲むように木が伸びている。

 そして噴水はなかった。


(噴水公園のこと、話さなくてよかった……)

 エリヤはこっそり胸をなで下ろした。


 公園のあちこちに散在する屋台も、木の看板に手押し車を改造した物と、レトロだ。

 木陰に置かれた木のベンチに座ったエリヤは、ジェイスが買ってきてくれた、砂糖のかかっていないチュロスを見て……ノックアウトされた。


 技術の問題だ。

 銃の構造を組み入れた術式機関で車などを作っている時代ではないので、運搬は全て馬などのお世話になっている時代。それどころか、耕作にも術式機関が使われている100年後と違い、生産力も段違いだろう。

 だから庶民の口に、ふんだんに甘味が使われた菓子は入らないのだ。

 チュロスを砂糖でコーティングはしないのだ。

 エリヤは涙目になりながら、甘みのほのかな菓子をかじった。


「おいしいかい?」

「はい、甘さがちょうど好みくらいで」

 甘すぎるものが苦手なエリヤに、砂糖コーティングのないこれは非常にちょうど良かった。そこがまた泣けてきた。


 ほんの少しでいいから、見覚えのある物を見つけて安心したかったのに、今日見た場所はことごとくそれを外していた。

 だからエリヤは言ってみたのだ。


「あの、アヴィセント・コートって見れます?」

 100年経っても外観は変わっていなかったはずの、建物だったから。

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