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5章 貴方の部下と散策します 3

「あ……あたしと同じ?」

「そう。エリヤと私は同じ。数年前に『ここ』に来たからすっかり慣れちゃって、今じゃ私が未来人だなんてわかんなかったでしょ?」

 可愛らしく微笑むルヴェに、思わずエリヤは言ってしまった。


「じょ、女装は未来でもしてたの?」

「タイムスリップの先輩に、最初に聞くことがそれぇ?」

 ルヴェはため息をつきつつ、教えてくれた。


「こっち来てからいろいろあってさ。姉さんに拾われたんだけど、とりあえず周りに不審がられないようにって姉さんの死んだ妹が生きてたってことにしてたのよ」

「そうなんだ……」

 よもやそんな重たい理由があるとは思わず、エリヤはしゅんとしてしまった。


 確かにエリヤ達は『本来存在しない人間』なのだ。そんな人間が暮らしていこうと思えば、様々な障害があってあたりまえだ。


「ま、そんなことしてるうちについ……病みつきになっちゃったわけだけど。でもエリヤの方法もなかなかお得よね。拾ってくれた相手が良かったって言うべき? このまま身元が分からない~って結論がでたとしたら、きっとグレイブ、自分の特権使って戸籍の一つもひねり出してくれるんじゃない?」

 気にしていないと言うように、ルヴェは軽い調子でそう言ってくれる。


「グレイブさんて、そんな権力あるの?」

 公安副長官というのは、身元不詳人の戸籍の一つもぽんと用意できてしまうのだろうか。過去の政府機構とか役所の仕事には詳しくないエリヤには、よくわからない。


「できるでしょうよ。この時代はまだ、お貴族様が特権持って幅きかせてる時代なのよ?」

「あ、そっか」

 グレイブは貴族だ。その特権があったからこそ、若くして一足飛びどころか十足飛びぐらいしていそうな副長官の地位を得ているのだ。戸籍を作るぐらいわけもないだろう。

 そうすると、今後もグレイブに見放されなければ、なんとかなりそうだと思えてエリヤは安心できた。


「なんか……いろいろ教えてくれてありがとう。それに同じような仲間がいたってわかって嬉しい」

 礼を言うと、ルヴェは照れたように視線を斜め上に向けた。


「や、ほんとはもっと早く教えてあげようかと思ったんだけど、エリヤってば過去世界だってこともよくわかってなかったみたいだし、現状認識できてからって思ってさ。その……言っておきたいこともあったし」

「言っておきたいこと?」

 尋ねると、ルヴェは渋い表情で切り出した。


「グレイブの史実について、エリヤは知ってるの?」

 思わず息を飲んだ。


 そうかもしれないとは思っていた。

 一方で、何かの間違いではないかと思う部分もあったのだ。

 けれど今、同じ歴史を学んだはずのルヴェから指摘されてしまった。

 自分一人の勘違いではないのだと、そう突きつけられたのだ。


「その様子だと知ってるみたいね。だけど、信じられないと思っている? 一八八〇年代の世紀の虐殺者グレイブ・ディーエが彼だって」

 ルヴェは言いにくそうな表情をしながらも、続ける。


「疑いたくなるのもわかるわ、あのお人好しが虐殺事件を起こすわけ無いって。でも数年間この時代を過ごしてきた私は確信してる。まぁ、こんな話して何が言いたいかって言うと……」

 一つため息をついて、ルヴェは告げた。


「今あの人が関わってる事件は、おそらく彼が歴史に名前を刻むことになる切っ掛けになったものだと思うの。だから、巻き込まれたら大変よ。私も同郷の人間が、虐殺者の縁の人間だからって酷い目に遭わされるのは嫌なのよ。その前にもし離れたいなら、私がなんとかしてあげるわ」

 離れる。

 その言葉に、エリヤは胸が痛んだ。


 グレイブから離れるということは、あんなに良くしてくれた人が苦しんだ末、殺されてしまう運命を見て見ぬふりをするということだ。

 取引の上とはいえ、見ず知らずのエリヤを後見してくれるといったグレイブ。

 可哀相な目にあったと勘違いして、優しくしてくれたその人が、死ぬのは……嫌だ。

 だからか、気づいたらルヴェに反論していた。


「でも……でも、もしかしたらグレイブさんは、どうしようもなくなって事件を起こしたのかもしれないし。未来でどうなるか教えたら、グレイブさんも虐殺は止めてくれるかも……」

「それは止めた方が賢明ね」

 ルヴェはあっさりと切り捨てた。


「もしグレイブを救うことができたとしましょう。その場合、虐殺は起こらないことになるはず。でも、後の歴史が変わってしまうわ」

 グレイブの事件で魔力持ちは皆怯え、魔術を利用する技術の開発は五十年遅れたと言われている。その遅延がナシになるのだ。

 エリヤ達の暮らしていた時代は、さぞかし様変わりするだろう。


 でもそれだけじゃないと、ルヴェは語った。


「その場合、私達がどうなるかもわからないわ。死ななかった人が生きていて、さらには居なかったはずの人が生まれたりして。めぐりめぐって私達が未来で生まれない可能性だって考えられる。そしたら私は消えちゃうんじゃないかしら? それだけは私は嫌だわ。事件に使われてる武器こそ未来の代物だけど、このまま時が進めば、虐殺事件とともにそれも解決するのよ」

 断固とした拒否の言葉に、エリヤはうつむく。


 魔法機関の発展如何によって、医療技術や人の移動に関わる物だって変化してしまう。死ななかったはずの人が生きている場合や、生きているはずの人が、死んでしまう場合だってあるかもしれない。

 それなのにみんなが未来で同じ人とだけ巡り会い、結ばれるだなんて事はありえないだろう。存在が『無かったことになる』人もいるかもしれない。

 ルヴェはそれを恐れているのだ。


 エリヤの場合だって、もしかしたら父が死なずにいたかもしれない。そしたら自分は銃技師の学校へは行かなかったかもしれない。

 すると、自分の記憶というのはどうなるのか。

 考え込み、黙ってしまったエリヤに、ルヴェは優しい声で言った。


「私の言うこと、わかってくれたかしら?」

 エリヤは小さくうなずくしかない。


 ただ納得はしていなかった。そのためにはグレイブが罪を犯すことを止めずにいた上、沢山の人が殺されると分かっていながら放置するのは、やはり抵抗があった。

 そんなエリヤの内心を知らないルヴェは、念を押すように告げた。


「エリヤ、私達はこの過去の世界では異分子なのよ。そんな風に歴史を変えて人の運命まで変えてしまう権利なんて無い。だから私たちは大人しくしているのが一番よ。私だってグレイブには恩があるけど……世界を変えてしまう責任はとれないもの」


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