5章 貴方の部下と散策します 2
結局、エリヤはグレイブに横抱きにされて帰宅した。
足の震えが止まった頃には、既にグレイブの自宅が近かったためだ。エリヤは重たいだろうから降りると言ったのだが、グレイブに拒否された。
「気にするな。酷い目にあったはずの被害者を、再び同じ恐怖に晒したのは俺の失態だ。おそらくあれは俺を狙った襲撃だろう。恨まれる要因ならいくつも心当たりがあるからな……巻き込んですまなかった」
エリヤは言葉に詰まってしまった。
確実に悲惨な方向に勘違いされている。
違うのだと訂正したい。
けれど本当のことは言えない。
思い出したのは両親が殺された時のことだと話せば、嘘が全部ばれてしまう。
結果、エリヤは曖昧にうなずいて大人しく従うしかなかったのだ。
家の中へは、一階の店舗からは入らないでいてくれた。フィーンや喫茶店にいるだろうお客に見られずに済んだとほっとしていたが、
「あれ、どうしたの?」
ルヴェがいた。
案の定、ルヴェはまじまじとグレイブやエリヤの顔を見つめてくる。
こんなお姫様だっこ状態を見られて、エリヤは恥ずかしさでじたばたしたくなる。が、グレイブは淡々と返事をした。
「襲撃に遭った。エリヤに替えの服があったら渡してやってくれ」
そこでようやく、床にエリヤを降ろしてくれた。
グレイブの手が離れる瞬間、不意に寂しいような変な感じがして、エリヤは思わずグレイブの顔を見上げてしまう。
目が合ったグレイブは、無表情ながらも微かに目を細め、昨日のようにエリヤの頭を軽く撫でた。
「俺は仕事に行く。エリヤを頼んだ」
そうして彼は、何事もなかったかのようにゆったりと立ち去った。
「はいはい旦那様っ、と」
スレた返事をしたルヴェは、どこか訝しげな、探るような目をしていた。
その様子にエリヤは首をかしげそうになったが、すぐにルヴェは一転して笑顔でエリヤを手招きする。
「裾とか汚れちゃってるわね。着替え持ってくるから部屋で座ってまってて」
グレイブの部屋へエリヤを引っ張っていき、ソファに座らせると、ルヴェはいそいそと出て行く。
そして戻ってきた時には、いくつかの衣服を腕に抱えていた。
「こっちが替えの服ね」
エリヤは、渡された薄い水色のコットや若草色のローブを受け取る。
てきぱきしすぎてつい流されてしまうが、よくよく考えてみれば、ルヴェは男の子なのに同じような服を着てるんだなと思うと、エリヤはちょっと微妙な気持ちになった。
「あと、こっちがエリヤが元々着てた服。一応洗濯しといたから渡しておくわ」
「あ、ありがとう」
見慣れたシャツやズボンを手にとり、エリヤは思わず『懐かしい』と感じてしまった。
ほんの二日でも『この時代』の服ばかり見ていると、郷愁が刺激されるらしい。感傷的な気分になっていたせいだろう、さらりと尋ねられた言葉に、エリヤは一瞬対応が遅れた。
「そういえばエリヤの生まれ年は……一九八〇年ごろ? それとも一九七〇?」
「一九七五……って、え!?」
素直に答えてから、エリヤは変な事を聞かれていると目を見開いた。
そんな様子には頓着せず、ルヴェは続けた。
「一九七五ってことは《本来なら》私と3つ違いなんだ。私の方がお兄さんだったんだね。なんか不思議」
ふふ、と笑うルヴェの顔を、エリヤがぼんやり見つめてしまう。
その間にもルヴェは滔々と話しつづけた。
「グレイブったらオカしいんだよ? あの時代なら女の子がズボン履くのなんて普通だし、短いのはファッションなのに、全然知らないもんだから勘違いしちゃってさ。エリヤが監禁されたあげく外に出られないよう、監禁主が服をとりあげてたから、エリヤが男物でもいいからって適当な服を着て、命からがら逃げ出してきたんだと思ってるんだ」
だからグレイブは、エリヤに優しかったのだ。まともな女性服すら着ていない、可哀相な子だと思っていたから。
グレイブの異常な優しさの理由を知って納得しつつ、でもルヴェの話にエリヤはついていけない。
「……って、え!? ルヴェ、なんで?」
「なんでも何も」
ルヴェはにっこりと微笑んだままエリヤに告げた。
「私も、元は約一〇〇年後の世界から過去に落ちちゃった人間だからよ?」