5章 貴方の部下と散策します 1
人が殺されるシーンなどがありますのでご注意下さい。
あの日のことは、たぶん一生忘れられない。
忘れてはいけない。
お昼を終えた後、大切なお客が来るから、子供は外で遊んでいなさいと言われた。
まだ十歳だったエリヤは、素直に隣の家へ友達を誘いに行った。
エリヤも知っていたのだ。自分の父の術式が認められて、政府の偉い人が契約を結びに来るのだと。
ちょっとでも粗相して、父の夢が叶う瞬間に傷をつけてはならないのだ。
だから戻ろうとは思っていなかった。
けれど遊んでる途中、友達の妹がせがんできたのだ。
――――エリヤちゃんの花吹雪が見たいの。
父親に教えられながら、初めて作ったエリヤの術式銃。それは魔力で幻の花吹雪をつくるものだった。
エリヤも熱心にいわれて、悪い気はしなかった。
だからもう一度見せてやろう、と思った。
銃をとりにいくのも簡単だ。無害な術式のものなので、家の外にある作業小屋に放り込んだままなのだ。家の中に入らないのなら、平気だろう。
が、敷地の前に止まった黒塗りの高級車からも見えないよう、こっそり蔦を匍わせた木垣の穴をくぐったところで、エリヤの耳はその音をつかまえた。
ギリ、と金属が擦れる音。
聞き慣れた、術式を描く金属がかみ合う音。
家の中で、何かが爆発した。
窓が内側から吹き飛び、見知らぬ黒い制服姿の人まで飛び出してきた。
エリヤは一瞬頭が真っ白になった。けれど、庭に倒れた人が動かないのを見て、我に返って駆け寄った。
「あのっ!?」
制服姿のその人は、あちこち火傷をつくった体を時々震わせ、呻くだけだ。
一体何が起きたのだと思ったエリヤは、振り返ったそこで決定的瞬間を目にした。
エリヤの家の居間は、すぐ目の前、まさに窓が吹き飛ばされた場所にあった。
焼け焦げて真っ黒に様変わりした居間に驚いたものの、エリヤはすぐに父の姿を見つけた。
大きな怪我もしていないようだ。
何が起ったのかわからないけど、この人の手当をしてもらおう。そう思って呼びかけようとした時。
赤く細い炎が、剣のように父の体を貫いた。
「な……」
背中から血を吹き出し、父は倒れる。
そして誰かが叫んだ。
視線を動かせば、エリヤのいる庭を背に立つ、母の姿があった。
その母も倒れた。
赤い炎の剣を生み出したのは、エリヤが見たことのない人だった。大柄で、熊のようだった。
その視線が、エリヤと合った。
熊のような男が持っているのは、銃だ。
「……ひっ」
殺される。
そう思った瞬間、エリヤは側に倒れた人が落としたのだろう、黒い銃を手にした。
運命というのがもしあるのなら、その転機というのはとてもささやかだった、とエリヤは後から思った。
もしねだられなければ、エリヤは人を撃つことはなかった。
ねだってくれなければ、エリヤは両親の最後の言葉を聞きそびれただろう。
もっと言えば、エリヤが花吹雪を生み出す銃を造らなければ、どうだっただろうか。
やっぱり何か取りに戻ることになったのだろうか。
それとも、戻ることはなく、犯人が誰かもわからずにいた未来というのもあったのかもしれない。
その日来ていた政府の偉い人は、エリヤが犯人を撃ったから助かった。
彼は犯人を殺したのは、亡くなった彼の護衛ということにして、子供だったエリヤを守ってくれた。
魔力が枯渇した時に備えて装備していたらしい、旧式銃で犯人が殺された事で、周囲はそれをあっさり信じてくれた。
これが、初めてエリヤが人を撃った日の記憶だ。
以上、エリヤのちょっと回想編でした。