1章 彼女の事情 2
公園を出て、板石を敷き詰めた街路を進んでいくと、路地を出て大きな道へ出る。
時折魔術駆動のガリガリとした音を立てる車が行き過ぎる道の両端には、大きな建物が並んでいた。
建物は皆、ねじれた柱を元に、壁を積み重ねている。そのため、水を流せば良い感じに滝ができそうな段のあるビルや、上部がラッパのように広がって建てられた物もある。
これは全て、魔術で柱を作ったからだ。
世界の歪みから生じるのが魔術であるせいか、魔術で巨大な物を組成するとゆるやかなねじれがかならず生じる。建物の柱もその法則通りにねじれが生じるのだが、基礎を打ち付けて石を積み重ねるよりも早く建設できるということで、この工法が流行った。
それに伴い、ねじれすらも操って様々な建物の形を作るのが最近の流行になっている。
時折、間に挟まる古式ゆかしい木の柱に煉瓦を積み重ねた二階建ての建物が、非常に地味で古く見えた。
そんな大通から商店街へ。そこでパンに肉や野菜を挟んで折り曲げたものを買い、食べてからまた歩く。
やがて川を渡り、木立をぬける。
そこに広がっているのは新緑の草が風に揺れる丘だ。
頂きには古い石積みの館があり、その周辺には白い石が無数に立ち並んでいる。
王都東にある、共同墓地だ。
エリヤは墓地の中をゆっくりと進む。半ばまで丘を上がったところで、足をとめた。
そこにあった白い墓標には、エリヤの両親の名前が刻まれていた。
名前の下に書かれているのは、両親がどんな人々であったのかを、刻んだものだ。
――術式銃の発展に寄与した者。それを支えた妻とともに眠る。
父親の仲間達が、エリヤの祖父母と話し合って決めた言葉だ。
鉛の銃弾を使う銃が廃れた後も、魔術を撃ち出す銃は「術式銃」と呼ばれている。
術を発動させるための術式は未だ発展途上と言われ、あらかじめ織り込んだ術以外を使う技術も、まだ研究段階だ。
エリヤの父はその技術発展のために研究を重ねていた。
――火をつけたら、消せるようにしなくちゃ危ないだろう?
今や術式銃は、魔法を使うための道具として扱われている。
限定された魔術に関しては、生活の中にも使われている物が多いのだ。だからこそ、安全のために消火ができる魔術なども並行して使えなければ、というのがエリヤの父の理念だった。
それが一部だけ実を結び、安全装置の術がどの術式銃にもほどこされている。
エリヤにとっては、偉大な父親だった。
「父さんみたいに、なりたかったけど……」
じっと、その名前を見つめる。
「退学になったら、どうしようかな」
ついかっとなってやってしまったことは、後悔している。けれど一方で、底辺を這い続けているエリヤでは、何かしらの要因で、早晩同じような事態になっていたのではないかとも思うのだ。
それに、少し疲れてしまった。
毎回夜中までかかって実習をこなすことも。
嘲られながらも学校へ通うことも。
できないことをわかっていながら、銃技師を目指すことも。
ふっとエリヤはため息をついて、墓の前を離れた。
墓地に来たところで、死んだ父親と話せるわけでもないのだ。
「考えてもしかたないし、言われたらその時考えようかな」
エリヤは考えるのを放棄し、そのままなにげなく墓地を散策した。
丘一つが墓地なので、頂上まで行くとけっこう眺めがいいのだ。ただ、いわくつきの場所であるため、あまり遠景を眺めようなどと言う人がいないだけで。
「ほんとにここ、お化けなんて出るのかなぁ」
ちらちらと見てしまうのは、丘の上にある廃墟だ。
100年前には『監獄離宮』とあだ名された王家の建物で、正式名をアヴィセント・コートという。
その頃は、まだ魔術が上手く利用できず、魔力持ちの人間が恐れられていた。そのため、魔力を持つ者は政府によってこの監獄離宮へ押し込められ、幽閉されていたらしい。
そんな人々の幽霊が出る、という噂があるのだ。
時々ここで肝試しをする者達もいるという。
「ぱっと見、綺麗な建物っぽいのにね」
放置されて荒れているものの、外観は貴族の館といった趣の建物なのだ。アーチを描く出窓が並んだ美しい建物は、壁が薄汚れて灰色に変色していても、瀟洒な雰囲気を保っている。
そんな怪談話もある建物を背に、エリヤはぐるりと丘の頂上をめぐり、家に帰ろうとした。
いいかげん家に帰って、少しは休まなければ。
そう思ったエリヤだったが、不意に背後から声をかけられた気がして立ち止まる。
「……え?」
振り返ったエリヤの視界は、金と黒の入り交じった光に覆われ―――。