4章 貴方の捜査に協力します 7
店を出て十数歩ほど進んだだろうか。
見送ってくれていた職人が建物の中へ戻ったのを確認して、グレイブがエリヤに尋ねてきた。
「……どうだった?」
大変良い品でした……と答えてはいけない。
聞いているのは、銃の良し悪しのことではないだろう。
「えと、確かにあたし、銃には慣れていそうだなと思いました。けど、はっきりとは……ていうか、どうしてこれ買ったんです?」
銃はそれほど安い代物ではない。
100年後の世界だって、柱を造る術などに使うため様々な形の銃が出回っているが、子供だましの術を使えるようにした物でさえ、それなりの値がつくのだ。
「予備にいいかと思ってな。それに銃を扱う店にわざわざ人を連れて行って、買わなければ不信感を煽る」
だから目くらましのためにも買った、ということらしい。
ふうんと納得していエリヤだったが、そこで考える事を中断する。
すたすたと歩くグレイブに、置いて行かれそうになるからだ。
ここはエリヤも知っている町ではあるが、エリヤの時代とは違って非常に込み入った道ばかりだったのだ。
グレイブを見失わないように気を張っていたエリヤは、不意に音を感じてはっと足を止めた。
ギリ、と金属が擦れる音。
聞き慣れたそれは、魔術銃の発射前に、術式を描く金属がかみ合う音だ。
「グレイブさん!」
エリヤの声にグレイブが振り返ろうとした。
その彼を、エリヤは抱きつくようにして突き倒す。
「なっ」
驚くグレイブの声と同時に、ごおっと風が渦巻く音、熱い空気がエリヤの背後を吹き抜けていく。
それを見た瞬間にグレイブは機敏に動いた。
エリヤを抱えた状態で身を起こすと、いつ抜いたのかもわからない銃の引き金を弾く。
硬質な銃声。
人を殺傷するために存在する武器の雄叫びだ。
エリヤの作っていた術式銃は、こんな怒声のように恐ろしい発砲音なんてしない。
久しぶりに聞いた銃声と共に、グレイブが狙う方向に人影が見えた瞬間、エリヤは硬直してしまった。
グレイブ撃った相手は、的なんかじゃない。
その姿が、以前、自分が人を撃った時と重なって……。
息を飲んで頭上を見つめてしまう。
銃弾を避けるようにしながら、人影はもう一度炎を銃から撃ち出した。
今度はグレイブも上手く避ける。
「諦めたか……」
銃声が数度続いた後、グレイブの淡々とした呟きが聞こえた。
どうやら銃撃戦は終わったようだ。それはわかっているのに、エリヤはいつのまにか握っていた、グレイブの黒緋のコートの襟から手を離せなかった。
「怪我はないか?」
静かに尋ねられて答えようとし、エリヤは自分が嗚咽しながら泣いていたことにようやく気づいた。
言葉に詰まりながらも、エリヤはうなずいて答えにする。
自分は大丈夫だと。
伝わったのだろう、グレイブがほっとしたように言う。
「無事ならば良い」
その時の微笑みに、エリヤは目を離せなくなる。
なんて綺麗に笑うんだろう。どうしてこんなに優しくて、暖かい笑顔をつくれるんだろう。
それなのに――なぜ彼は、あんな事件を起こしたんだろう。
「家に戻る。歩けるか?」
グレイブは彼にしては穏やかな口調で尋ねてくれる。エリヤも自分で歩けると言いたかった。けれど足は震え、まだ涙がにじんでくる。
(しっかりしろ、エリヤ)
自分に言い聞かせながら、とにかく右手だけでもグレイブの襟元から離し、エリヤは涙を拭う。
トラウマは払拭したと思っていた。
父の銃など、術式銃に触れるのは平気だった。
さすがに人を撃って怖くなってしまった旧式銃だって、さわって、撃てるように何度も練習するうちに、手が震えたりしなくなった。
学校へ通う前には、もう、両親が殺される夢も見なくなっていたのに。
泣いてちゃいけない。
グレイブが狙われたのだから、早くこの場所から遠ざからなければならない。
そう思ったエリヤだったが、
「……え」
生まれたての子馬のように足を震わせていたエリヤを、グレイブがあっさりと抱き上げた。
横抱き。ようはお姫様だっこだ。
「あ、あのっ」
涙声で慌てて下ろしてくれと頼んだが、グレイブは素っ気ない答えを返してきた。
「この状態で歩けるとは思えんな。安全な場所までは大人しくしていろ」
相変わらずの斬り捨てるような口調で言われたが、グレイブの腕はしっかりとエリヤを支えてくれていて、それだけでエリヤは心が落ち着くような気がした。
だから「はい」とうなずいて、それ以上反論しなかった。
大人しくしているエリヤを抱えたまま、グレイブは元来た道を戻りはじめる。
必然的に大きな通りをその状態で歩かせることになったが、グレイブは露ほども気にした様子はない。道行く人も振り返ったりはしない。
もしかしてこの時代では、わりと普通のことなのだろうか。
そんな事を考えているうちに、少しずつエリヤの心は落ち着いてきたのだろう。足や体の震えは収まり、涙も止まった。
けれどそれがわかっているのに、グレイブはエリヤを下ろそうとはしなかった。
代わりに尋ねてくる。
「それにしても、よく気づいたな」
最初の攻撃に気づいて、グレイブを突き飛ばしたことを言っているのだろう。
「助かった。礼を言う」
グレイブに感謝され、エリヤは慌てて答えてしまった。
「その、銃の、作動音みたいなのが聞こえたから……」
言ってしまってから「あ」と気づいたがもう遅い。
銃の術式を描く金属は、通常は安全のため分離した状態になっている。撃鉄を弾くとそれが組み合わさり、撃ち出した魔力が術式を通り抜ける際に変化し、組み込んだ通りの魔術を生み出すのだ。
けれど金属がかみ合う音などささやかなものだ。それに「気づくほど聞き慣れている」とグレイブも勘づいたのだろう。
「お前は技師だったのか?」
聞かれて、エリヤはさすがに知らぬ存ぜぬはできないとあきらめた。
「かも、知れません。そんな感じの知識が少し、あるみたい、です」
それでも全てを話すことはできず、曖昧に誤魔化したのだった。