4章 貴方の捜査に協力します 2
部屋を出たグレイブは、廊下の壁に背を預けていた人物と目が合う。
「悪魔のような、なんて言われてる公安副長官様が、お優しいこと」
くすくすと笑いながら言ったのは、波のようなフリルだらけの服を身につけたルヴェだ。
グレイブの方は悪魔のよう、と言われる事には慣れている。
副長官という役職を持っているくせに、現場で最も魔力持ちを捕縛しているのはグレイブなのだ。その捕縛した相手をその場で射殺する人数が多いのもグレイブである。
彼とて、むやみに魔力持ちを殺しているわけではない。魔力の暴走が始まった時点で、部下達のみならず、近隣の住民までもが巻き添えになって死ぬ可能性があると判断した時のみ、容赦できなくなるだけだ。
部下の多くはそれを理解しているし、グレイブが最も魔力暴走の兆候に敏感だからこそ、彼が魔力持ちが関わる事件で現場に出てくることを歓迎もしている。
が、狩られる側や、他の市井の人間にそこまで理解はできない。だからこその呼び名だ。
グレイブはルヴェの挑発つきあう必要はないと判断し、通り過ぎようとした。
この少年は、人をからかう悪い癖があるのだ。
多少なりと魔力がある彼は、昔そのせいで虐待されたらしく、今に至っても拭いきれない不安感が心の底に残っているのだろう。だから揺らぐ気持ちを隠そうとするため、無意識におどけた態度をとる。
この女装も、虐待から逃げるために姿を変えるために始め、それ以来癖になったものだとフィーンに聞いた。
気の毒なことだ、とグレイブは思う。
だが親切に付き合う気はなかった。それは姉フィーンの役目だ。
「ちょっ、また無視して!」
いつも通りルヴェは気分を害したようだ。
「そんなんじゃ振られるわよ!」
しかし予想外の単語がルヴェから飛び出し、グレイブは首を傾げた。
「振られる?」
一体その主語は何で、誰が、どのような理由で『振られる』のか理解できない。
何のことだと説明を求めてルヴェを振り返れば、ルヴェはげっそりした表情でこちらを見ていた。
「え、だってグレイブが人を拾ってくるなんて今までなかったし、女の子だし。そもそもグレイブ、東界隈にはもっと小さい女の子だって倒れてたりするはずなのに、今まで綺麗に無視してきたじゃないのよ。あたしが大変だった時でさえ、あんな優しくなかったしさ」
ルヴェの話から、グレイブはようやく『振られる』の意味がわかった。
たしかにエリヤを拾った辺りは治安が悪く、浮浪者や行き倒れも多い。女子供が死体になって転がっているのも珍しくはない場所だ。
けれど今まで、グレイブがそこで倒れている人間を拾って来たことなどなかったから、ルヴェは訝しがっているのだろう。なぜエリヤを特別扱いしたのかと。
恋情だと曲解したのは、グレイブが彼女を拾った理由を話していないからだ。
そして今後も話す気はないので、やはり取り合う必要はないと断じる。が、
「それとも、捨てられたらしい様子のあの子を見過ごせなかった? 自分を見てるみたいで」
微笑むルヴェの表情に、グレイブは不快感を覚える。
「それを話したのは、フィーンか? 子供に余計なことを教えるなと釘を刺しておくとしよう」
言い捨てて立ち去ろうとした。
が、その言葉にルヴェがさすがに慌てたらしい。
「や、ちょっと待って! 姉さんから無理に聞き出したのは私なのよ! ごめんってば! もう絶対言わないから!」
腕にすがりついてくる少年の必死な表情を見れば、本心からの言葉らしいとわかった。
だからフィーンに告げ口することは止めておこうと、グレイブは思いながら職場へ出かけた。