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3章 貴方のお名前教えてください 8

 ただひたすら待ち続けるエリヤの様子を見かねたのだろう。

 年若い亜麻色の髪の公安官が、エリヤに飲み物をくれた。

 紅茶だ。


「退屈じゃないかい?」

 声をかけてくれたその人に、エリヤはどう答えていいか戸惑う。

 ありもしない記録を、グレイブが調べているのはエリヤのせいなのだ。本当の事を言うわけにはいかないから。

 そうでなくとも、自分の身元を探してもらっているのに、退屈などとは口が裂けても言えない。


「待つのは、苦手じゃないので……」

 困った末にそう答えると、亜麻色の髪の公安官は「ああ、答えにくいことを言ってしまったね」と苦笑う。


「この方は、ただでさえ口数が少ないのに、集中するとほんと寡黙になっちゃうから。終わるまで、手持ちぶさただろうから紅茶でも飲んでるといいよ」

「あ、ありがとうございます」


「ジェイスって言うんだ。何か用事があったら声をかけてくれるといい」

 ジェイスと名乗った公安官は、グレイブに「決裁をお願いします」と言って書類の束を渡していく。


 受け取ったグレイブは、一端冊子を脇によけ、書類に目を通してサインしていく。

 その作業が終わる頃、見計らったように再びジェイスがやってきて、エリヤにおかわりとグレイブに珈琲を差し出し、決裁が終わったらしい書類を引き上げる。

 そして立ち去る前に、ジェイスがグレイブに尋ねた。


「副長官殿、迷子の身元でもお探しなんですか?」

 副長官と聞いて、エリヤは目を丸くする。

 どう見たって二十代半ばにしか見えないグレイブが、副長官?

 と同時に、副長官という役職とグレイブという人物の名前で、何かを思い出しそうになった。


 その驚きをエリヤは口に出さなかったのだが、グレイブにはその驚きが伝わってしまったようだ。

 彼は自分とそう年の変わらない公安官を曖昧な言葉で追い返すと、ぽつりとエリヤに教えてくれた。


「俺は貴族の出でな」

「ああ……なるほど」

 100年前は貴族制度の縛りがきつかったはずだ。それこそ、二十代そこそこの若者が、その家名だけで長く勤めた職員を追い越し、副長官になれるほど。


 エリヤの時代にも王家は存続しているし、貴族もいる。けれど完全な上下関係や特権はかなり薄れているので、職に加味されることはほとんどないのだ。

 妙なところで時代の違いを感じていたエリヤに、グレイブが尋ねてくる。


「生まれ故郷にいた頃、自分が何歳だったか覚えているか?」

 その手元を見ると、五つあった冊子は閉じて重ねられていた。おそるべき速さで見終わったようだ。


「たぶんその……五つぐらいだったような」

 エリヤの一家は、一度田舎町から王都へ引越している。それを思い浮かべながら言ったから、嘘だとはわかりにくかったのだろう。


「もし失踪時が五歳頃だとすると、ますます探すのが厄介だな」

 グレイブは淡々とつぶやいた。

 厄介というより、どんなに探したってエリヤの家族など見つかるわけがないのだ。だから身元を調べる労力を裂いてもらうのが心苦しかったエリヤは、諦めてくれた様子にほっとする。


 が、そこで肝心なことに気付く。

 そうすると、自分は今後、孤児院にでも入ることになるのだろうか。でも十六という年齢では孤児院に入るわけにもいかなさそうだ。

 ということは、仕事を探さなければならない。

 この見知らぬ世界で生きて行くために。


「あの……あたし、どうしたらいいんでしょう?」

 公安官庁で、身元不詳者の職業斡旋などしてくれるのだろうか。そもそも、住む場所もない。

 エリヤの胸に不安が湧き起こる。

 でも公安官の仕事に詳しくはないが、それは管轄外という気がする。とすると、このまま放り出される可能性もあるわけで。


 さーっと青ざめたエリヤだったが、頭を軽くたたかれ、グレイブの顔を見る。

 大丈夫だとはげまされたのかと思ったが、彼は微笑んでもいなかった。


「外へ出るぞ」

 しかも、答えてもくれない。

 不安がいや増すが、頼れそうな相手はこの人しかいないのだ。エリヤはグレイブについて部屋を出た。

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