1章 彼女の事情 1
――エリヤ、人は魔力をそのまま使う事ができない。
――銃は、魔法という願いを実現するために最適な形なんだよ。
父親の石造りの作業場には、いつも炎と、銀の煌きが舞い踊っていた。
炎は魔力を伝える。
銀色の粉は、炎で形を変え、魔力を込めた力ある金属となる。
それが銃身に絡みつき、溶け込んで、魔術式を浮かび上がらせるのだ。
持ち主の魔力を、術式を通して形にするため。
銃という形は、魔力を安定させながら発するのに、最も適した形だ。
――魔法を使うのは、幸せのためでなければ。その形が銃であっても、人を傷つけるためだけのものじゃない。
父が銃を造る様子は、とても綺麗だった。
だから自分も作れたらいいなと言ったら、父親はとても喜んでくれた。
熱心に教えられるようになると、銃を作る限り父親が傍にいてくれるのだとわかり、銃に触れる時間が大切なものになった。
ただ問題は、父親の語る理論がわかっても、エリヤには魔力が少ないことだった。
父親のように鮮やかに銃を作ることはできない。けれどその夢を聞く度に、どうにかして実現できるようになりたいと思った。
父親の死後、その思いはさらに強くなる。
だから銃技師の学校へ進んだ。
「だけど父さん……あたしには才能が、足りないみたいなんだ」
どんなに理想が高くたって、実現する力がなければ、夢には近づけない。
***
その日、目覚めたのは継ぎ目のない石造りの小部屋だった。
毛布を被っていても壁は固くて、よりかかっていた背中が痛む。
小窓から差し込む光で、エリヤは「ああ、朝なんだ」と思いながら伸びをした。
ここは作業場だ。
火をおこし、金属を溶かすための炉があり、壁には鉄の工具がいくつも下げられている。
中央にすえられた石の作業台には、ようやく作り上げた銃が一つ。
冷たい鉄色の銃身に、金の装飾がからみついた銃だ。
「そっか。また補習おわったとたんに眠っちゃったんだ、あたし」
魔術技師の学校は、授業のほとんどが魔術理論と実習の二つに大別される。
そのうちの銃技師コースに所属するエリヤは、実習が大の苦手だった。
魔力が少ないため、銃に炎と特殊な金属を使って魔術をこめる作業が、とても遅い。そのため他の生徒が2~3時間でできる物も、自ら補習を行って夜中まで作業しないと、エリヤには仕上げられないのだ。
なので補習室に止まりこむのが、常態になってしまっていた。
「うわ、早く出ないと……」
となりの宿直室からは、コーヒーの香りが漂ってきている。
朝からの守衛をしている人が、毎朝出勤するたびに淹れているのだ。
ということはもう8時。
今日は休みだけれど、補習室を使いに来る生徒がいないわけではない。かち合う前に出て行くべきだった。
エリヤは毛布をたたんで隅にあるロッカーの中に入れる。
そのロッカーの小さな鏡をのぞいて、栗色の肩までの髪を一つに結いなおして補習室を出た。
念のため、隣の宿直室に声をかけ、不審者じゃなくていつもどおり、エリヤが寝過ごしてしまったことをしらせた後、職員室に寄って提出すべき銃を預ける。
それから学校を出ようとした。が、
「おや、うちのクラスの劣等生がいるぞ」
校門まで続く、緑が配置されたごく短い道。その途中で、早々と学校へやってきた二人組みと出会ってしまった。
「また『巣』にいたのかよこいつ?」
「魔力が足りないせいだろ? 今度の実習は、一体何日かかるんだかな?」
見慣れた黒灰色のブレザーを着た少年に、見覚えはあった。
いやなことに、二人ともエリヤと同じ組の人間だ。
彼らはくすくすとエリヤを見て笑う。
エリヤがいつも補習が必要なことを、彼らはよく知っているのだ。
ふっとため息をつき、エリヤはかれらの横を通り過ぎようとした。実習に時間がかかったのは確かだし、彼らにいちいちかまっていられない。
が、進行方向をさえぎるように、一人がエリヤの前に立ちはだかる。
「おいおい、クラスメイトが話しかけてやってんのに無視すんのかよ?」
もう一人はエリヤの横へ来て、さして背の高くない彼女を見下ろしてくる。
「わざわざ魔力の少ないやつに話しかけてやってるってのに、好意を無視すんなよエリヤ・サーディル」
「そーいやお前いつ学校やめんだよ? ここは魔力の少ないやつには授業についていけない学校なんだぜ?」
「実習の度にめざわりなんだよオマエ」
「なんとか返事したらどうなんだ?」
「……解除、闇の帳」
「――は?」
ぼそり、つぶやいたエリヤは、既にホルダーから抜いた鉛色の銃を、地面に向かって打ち込む。
地を穿つように打ち込まれた黒い光が、一瞬にして煙りのようにわきあがる。
周囲を黒い煙で覆い尽くす。
「ちょっ」
「おまえ卑怯だぞ! 校内での銃の使用は……」
「禁止されてるわけじゃないけど?」
エリヤはさっさとその場を離れながら言い返した。
「それに危害を加える魔術じゃないからね?」
ただの黒い煙だ。
そもそも危害をおよぼす魔術以外は許可しないと、この学校で実習などできやしない。
「退学にしてやる!」
「あれ、あんた達より魔力が貧弱なあたしが撃った魔法で、怪我したって言いふらせるの? 一生笑いものになるんじゃない?」
「くそっ! 待てこら!」
黒い煙に覆われ、方向を見失った二人組みはまだその場で動きあぐねているようだ。
先に校門のある方向を確認していたエリヤは、そんなかれらを置いて、さっさと逃走する。
黒い煙の効果はそれほど長くないのだ。
学校を離れ、板石で舗装された道を走り、はなれた場所にある公園でようやくエリヤは足を止めた。
さすがに息切れがして、その場にうずくまって少し休む。
そして呟いた。
「ああ、やっちゃった……」
頭の中も冷静になってきたせいだろう。
「かっとなって撃っちゃった……。今までがまんしてたのになぁ、寝起きだったからかなぁ」
小さい頃から銃が身近にある生活を送っていたせいだろうか。かっとなると、銃を使ってしまうクセがあるのだ。
今更ながらに銃を使ってしまったことが悔やまれた。
「本当に、退学には……ならない、よね?」
二人組にはああ言ったものの、授業でもないのにあんな目立つ術を撃ってしまったのだ。教師にバレたらまず間違いなく説教される。
普通の生徒ならば、それで終わるかもしれない。
けれどエリヤは劣等生だ。
そしてこの学校は、一定の基準を満たさなければ退学にされる厳しい所である。
エリヤはいつもギリギリな上、真面目な態度でめこぼしをもらっていたのだ。もしかするとこの騒ぎを失点とされ、退学を宣告されるかもしれない。
「たいがく、か」
ふっとため息をつき、エリヤは歩き出した。