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MY SWEET DARLIN'

MY SWEET DARLIN'(補完編) 密室の真実

作者: 来生尚

 真っ先に巫女の下へと駆け出したのは執事。

 それに続いたのは助手。

 傭兵はお茶を出した女官を手を捻り上げる。

 熊は扉の前に仁王立ちになり、この部屋から誰も出さないように壁になる。

 カカシは持っていたペンを落とし、真っ青になって立ち尽くす。

 そして下僕は神官長の傍に歩み寄った。



「巫女様っ」

 絶叫のような声が部屋に響き渡る。

 鉄仮面の異名も持つ執事の声が空気を振るわせる。

 しかしそのような彼の、日頃からは想像のつかない姿を誰も気に止めてはいなかった。

 寧ろ彼がその腕に抱いた人物の事しか、周囲は注視していなかった。

「巫女は、巫女は大丈夫なの?」

 震える声で問いかける神官長を執事は鋭い視線で睨みつける。

「あなたか。巫女様に毒を盛ったのは」

 静かながらも怒りに打ち震えた声が、彼の胸中を表している。そしてその彼を誰も止めようとはしない。

「巫女様があなたに何をしたというのです。この方に何の恨みがある」

 腕に巫女を抱いていなかったら飛び掛るのではないかと思われるほどの勢いに、彼の同僚である下僕が肩を叩いて諌める。

「神官長様はそんなことはなさらない。失礼な事を言うな」

 そう語りかけた下僕は、苦渋に満ちた表情をしていた。

「失礼だと? では何故巫女様がこのような目に合わされるのだ。理由を説明してくれ」

 下僕に向けられた視線は射る様に鋭く、最後には敬語を使うことすら辞めてしまっている。本人すらそのことに気が付いていないかもしれない。

 問われた下僕も執事もお互い黙り込んでしまった一瞬の間、部屋の中に乾いた笑いが響き渡る。

 そのほうに一斉に視線が向けられる。

「これで巫女は姫の元に戻る。これで全ていいのよっ。こんな田舎娘が巫女になんかなるからバチがあたったんだわ。あははははっ」

 狂人のような高笑いを続ける女官の姿に、唖然とする者。驚愕する者。

 誰もが薄ら寒いような気持ち悪さを感じていた。

「あなた……」

「姫様。これでまた貴女様が巫女ですわ。おめでとうございます。姫様」

 心からの笑みを浮かべる女官とは対照的に、神官長の顔は青褪めていった。

 その女官は神官長が心から信頼していた者。この神殿の中で唯一、彼女が巫女になる前から仕えていた人物であった。

 神官長たる彼女が、己の心中を吐露していた人物。

 もう一度巫女になって、水竜の声を聴きたいと溢した唯一の相手。

「わ、わたくしはこんな事を望んでは……」

 ふるふると首を左右に振り、神官長は床にペタンと座り込む。

 彼女の目の前には血の気の失せた、巫女の白い腕がだらりと下がっている。

 ふっと意識が遠のくのを辛うじて堪え、神官長は自分の片腕に指示を出す。

「この者を、捕らえよ」

 力無い声で、神官長は下僕に伝える。

 真っ直ぐに見返す下僕の表情はより一層険しくなり、眉間に皺が寄る。

「よろしいのですか」

 神官長は頷き返すのが精一杯だった。

 産まれたその日から、共に生きる事を運命付けられた相手。

 一生傍にいるはずだった女性。

 己の身分故に、友と呼べるような人さえいなかった彼女にとって、唯一心を許せる存在だった。

 その彼女を切り捨てるのは、例えこのような事態を招いたとしてもそう簡単に出来るものでは無い。

「私を罰するとおっしゃいますの? 私は貴女様の望むように致しましたまでの事。どこに罪がございますか。このような田舎娘に巫女など分不相応。お前もそのように思っているのであろう。下僕」

 名指しされた下僕は心底嫌そうに、まるで汚らわしい物を見るかのような視線を女官に向ける。

「いいえ。この方は水竜様がお選びになられた巫女様。そのように思ってなんかいない」

 ぎりっと睨みつけ、女官の腕を捕らえる。

 下僕の手を振り払うように女官が腕を振り、髪を振り乱す。

「お前は知らないからだっ。この田舎娘は巫女でありながら水竜様のお声が聴こえないんだ。だからそんな悠長な事が言える。こんな巫女とは呼べないような不良品、さっさとその座から引き摺り下ろして何が悪い」

 女官の言葉に、ふっと下僕の指の力が抜ける。

 伸ばして整えられた爪が、下僕の頬を抉り一筋の血が流れる。

 巫女付きと呼ばれている神官たちの表情は曇り、互いに視線を交し合う。

 どこからその事実が漏れたのであろうかと。

 初めて巫女が水竜の声が聴こえないという事実を知った神官長は、驚愕の表情で長老を見つめる。

「今の、真実ですの?」

 長老は溜息をつくだけで、答えようとうはしない。

 しかし聡い神官長にはそれ以上の答えは必要なかった。

「何故その事を隠していたんです。どうしてわたくしに報告なり相談なりしなかったんです」

「今はそんなことはどうだっていいじゃないですか。それよりも巫女様のお命の方が重要です」

 苛立たしげな声で助手が神官長を制する。

 助手は騒動の間、茶菓子やカップなどの巫女が口にしたものを自ら口にして毒の所在を確認していた。

 そして一包の薬を巫女に飲ませ終わったところだった。

 前日に巫女に出された毒入りのお茶と同じ成分の毒だと推測し、予め解毒剤を用意していた。

 短時間で飲ませる事が出来たので、恐らく毒の成分が全身に回る事は無いだろうと助手は推測していた。そしてその予測は当たり、巫女は事なきを得る。

「で、巫女様に死んで欲しいと思ってたんっすか。神官長様」

 慇懃無礼な口調で助手が問いかける。

 助手を諌めるように長老が声を掛けるが、その声は助手の心には届かない。

「さいてーっすね。人の死を願うなんて」

 冷淡な口調と蔑むような視線を神官長に投げかけた後は、助手は執事に色々指示を出すだけで、神官長を視界にいれようともしない。

 取り繕おうともせず、神官長は長老と下僕と傭兵に指示を出す。この忌まわしき事件の犯人たちの処理の為の。

 しかしその心中は決して穏やかとはいえなかった。

 凶事といっても過言ではないだろう。

 そして己が招いた悲劇。

 神官長は非難する助手の声を受け止めるしか無かった。何故ならば、己の正当性などどこにも無い事を彼女自身が一番よく知っていたからだ。

 今自分に出来る事は、この事件の真相をはっきりさせることと、犯人たちに罰を与える事。

 それでしか自分の愛する水竜への贖罪は出来ないとわかっていた。

 水竜が選んだ相手を自分の醜い嫉妬心で傷つけてしまった。その事実を水竜が知ってしまったら、自分に呆れてしまうのではないか。もうその愛情を受ける事は出来なくなってしまうのではないか。

 ただただ、愛しい人の愛情を失わないようにと、彼女は必死に神官長として巫女を守る事をアピールしなくてはと躍起になっていた。

 しかしそれは巫女の守護者であろうとする「巫女付き」たちの心を凍らせるだけでしかない。

 誰も助手のように直接的な非難なしないが。

 淡々と目の前の事柄を処理し、助手と執事の手によって巫女が(恐らく彼らにとっては若干の不本意はあったであろうが)神官長の寝台に横たえられる。

 今の状態で巫女の身体を動かす事はあまり適切ではないと判断した為だ。

「内密に処理するように」

 長老はこの事実が明るみになる事は神殿にとってはマイナスであると判断し、傭兵にそのような指示を送る。傭兵は心得た様子で、一礼を返す。

 狂人と化した女官と、直接毒を盛った女官が捕らえられて別室へと熊と傭兵の手によって運ばれると、部屋の中には静けさが訪れる。

「巫女様が目を覚まされた時、なるべく平穏に接するように。我々が動揺していては巫女様に余計なご心労を与える事になる」

 その声が部屋の中に静かに染み渡り、神官たちは各々思いに耽る。

 神官長の目は現実を逃避するかのように、奥殿だけを見据えていた。

 そこにいる、彼女の最も信望する相手。水竜の声を探して。

 許しを請う彼女の声は、奥殿の主に届いたのかは定かではない。

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