第三王子はお姫様
大好きなクラシカルロリィタを美しく着こなすために、いつだってヒールの高い靴を履いていた。ロリィタブランドの服の多くが一着三万円前後だ。高いものでは六万円を超えるものもある。家賃節約のために駅から離れた住宅街に部屋を借りて、稼いだお金のほとんどを服や小物に使う。
帰り道の歩道橋で足首がぐねって階段から転落した時も、僕は服が汚れてしまうことを心配した。まさか死んでしまうなんて、思っていなかったから。
目を覚ましたら赤子だった。まだ目はよく見えず、音だけが聞こえる。耳に届く音は知らない言語だったが、思考しかできることがなかったために理解できるようになるのは早かった。
長い時をかけて、これは異世界転生したのでは? と思うようになった。だって明らかに現代の暮らしではない。今時水道がない、車や自転車すらない国なんて存在しないだろう。いやもしかしたらあるのかもしれないが、少なくとも僕は知らない。
目が見えるようになって、次第に歩けるようになった。そして僕は気がついた。この世界、楽園では?
前世の僕はいわゆる男の娘。いや区分的には女装子、クロスドレッサーというのが正しいか。とにかく身も心も男だけど、可愛い女性の格好をするのが大好きな人種だった。ちなみに理解ある彼女がいたので、週末に二人でロリィタ服でデートを楽しんだりもしていた。
この世界、文明が発達していない割には衣服の生地の種類と色が豊富だった。この国自体が繊維産業で成り上がった国らしく、服のデザインは僕が憧れていた西洋のお姫様風。つまりリアルクラシカルロリィタだ。
ただ問題があるとするなら、僕がこの国の第三王子、アリアンとして生まれてきたことである。男子はドレスが着られない。つまり大好きな服を着た人がたくさんいるのに、僕は見るだけしか許されないのだ。なんとか女装がしたい。三歳になった僕はそんな事ばかり考えていた。
そんな生殺しのような日々の中で、僕は自身の立場の危うさに気がついた。原因は外戚どもである。
僕の母は第二妃、王の二番目の妃だ。これが他国から嫁いできた正妃をよく思わない公爵家からごり押しされて、断りきれずに結婚した女だった。すでに王と正妃の間には二人の男の子が生まれているのに、外戚の公爵家は僕を王太子にしたがっている。
いわゆる権力争いというわけだ。当然、僕は王太子になんてなりたくない。でも周りは僕を王太子にするべきだと騒ぎ立てる。なぜなら僕は天才児と呼ばれているからだ。
これは完全な不可抗力というか、僕が馬鹿だったというべきか。生まれた瞬間から前世の記憶があった僕だが、子供と接したことがなかった。だから三歳なら二桁の足し算くらいできるのではと思っていたのだ。本当に無知だったと思う。
当たり前のように計算する僕に、周りの大人たちは沸いた。普通の三歳児よりかなり言葉もしっかりしていたから、なおさらだ。
外戚は毎日のようにやってきては、僕に言う。
「アリアン様は王太子になられるお方です。第一、第二王子などしょせん凡人。神の祝福を授かりしアリアン様こそ、王太子にふさわしい!」
そうして僕に帝王学を学ばせようとするのだ。王は外戚がのさばるのをよく思っていないから、子供はのびのびと育てるものだと僕に教師をつけようとしない。でも外戚は勝手に教師を連れて来て、僕を王太子にしようと必死だ。
その光景を見て、僕は思った。僕はこのままいけば王の派閥に殺されるのでは? 元々王は僕の存在が疎ましいのだ。円満に第一王子を王太子とするには、僕を消してしまった方が早いと思うかもしれない。
そう考えると、背筋が冷たくなった。王に、僕は無害だと示さなければ。こんなことなら最初から女の子に生まれていたらよかったのに。そうしたら、ただ思うままに毎日かわいい服を着てわが世の春を謳歌できたはずだ。
そこまで考えて、僕は気がつく。そうか、お姫様になってしまえばいいんだ!
狙うは年越しの舞踏会。国中の貴族が一堂に会する年に一度きりの祝いの席だ。
忙しいこの日は、僕の守りも手薄になるはず。チャンスはたった一度、決して失敗できない。
舞踏会の真っただ中。僕は寝たふりをして、メイドと護衛の隙を見て部屋を脱出した。僕の部屋が隠し扉で母の部屋と繋がっていることはわかっていたから、護衛を撒くのも楽勝だ。
そして緊急用の衣装部屋へたどり着く、城では客の衣装が汚れた時のための貸し出し用の衣装が保管されている。さすがに三歳で着るようなドレスはなかったけど、五歳前後の子用のドレスがあった。
コルセットがないのは助かる。あまりにもぶかぶかで裾を引きずるけど、なんとか着られた。衣装部屋の鏡をのぞくと、金髪碧眼に桃色のドレスを着た美少女がうつる。
「今世の僕、可愛すぎない? なんでも似合っちゃいそう」
前世のことを思い出して、スカートを掴んでくるりと回る。気分はお姫様だ。
しばらく堪能すると、僕は部屋を出る。ここからが大変だ。
舞踏会が開かれているホールに入るには、警備の人間をかいくぐらなければならない。そのために使用人が飲み物を運ぶカートのなかにもぐりこんだ。真っ白い布のかけられたカートは僕の体重がプラスされたせいでガタガタと揺れる。この国の技術力で作られたカートの耐荷重など、せいぜい十キロ程度だろう。壊れませんようにと祈りながら、息を殺した。
しばらくすると、舞踏会の喧騒の中カートが止まった。僕の心臓はバクバクと音をたてる。息を大きく吸って、カートの中から飛び出した。
「父上! 僕です。アリアンです。お話を聞いて下さい!」
突然王の前に飛び出したピンクのドレスの子供に、騎士たちは戸惑った。王も目を見開いて固まっている。僕は勢いのままにまくしたてる。
「僕、王子様じゃなくてお姫様になります! だって王子様だったらお兄様たちと喧嘩しないといけないんでしょう? 僕、お兄様と仲良くしたいです。だから王子様じゃなくてお姫様になります!」
言っていることは支離滅裂だが、三歳児の言うことだ。理屈が通っていない方がそれらしいだろう。
数秒の沈黙の後、王はいやらしく笑った。王からしたら棚から牡丹餅、突然幸運が降ってきたようなものだ。
王位継承争いの中心人物がすべての貴族の前で、継承権を捨てて和平の道を選ぶと宣言したようなものなのだから。言った僕が子供だろうが、すべての貴族がそれを聞いてしまったのだ。第二妃の派閥に味方するものは減るだろう。
「おお、そうか。我が息子アリアン。兄弟と引き離されて、それは寂しかったのだろう。やはり家族は共に過ごすべきだ。……第二妃よ。これからはアリアンを正妃の宮で育てる。兄弟と仲良くしたいという、アリアン本人の望みなのだ。まさか我が子の願いを無視などしないな?」
王は抜け目なく僕を母親から引き離す言質をとった。僕は青くなっている外戚どもをざまあみろとあざ笑う。
これから僕はこの城で、王である父親に守られながらお姫様として過ごすことができる。きっと王は僕の女装をとがめないだろう。だって僕が王子としてふさわしくないほど、王は助かるのだから。
ああ、憧れの西洋プリンセスライフ! 素敵な響きに胸が躍る。
それから僕は女装を極めながら、楽しい毎日を過ごした。
生地を改良し、新たなデザインを次々と生み出す。気がつけば僕はレディーたちのファッションリーダーになっていた。国の経済を回し社交界の華たちを統制する。
王は思っていた。年頃になればさすがに女装はやめるだろうと。しかしやめるわけがない。完全な趣味なのだから。
そんな僕が、麻薬の密売人を探すために仮面舞踏会に潜入したり。女性と間違えられて他国の王子に求婚されたり。男装趣味の婚約者ができたりするのはまた別の話だ。
連載版始めました!
第三王子はお姫様
https://ncode.syosetu.com/n4678mf/




