1.揺れる背中
桜が後輩を持ったのは、三年目の春だった。
新任の精神保健福祉士の松竹千早。
真面目で、勉強熱心で、どこか張りつめている。
初日の面談見学のあと、千早は言った。
「天瀬さんみたいに、ちゃんと寄り添える支援がしたいです」
その目に、桜は少しだけ過去の自分を見る。
異変は、数か月後に始まった。
千早が担当していた若年の女性患者が自傷行為を繰り返していた。
深夜まで残業。
休日も文献を読む。
表情が薄くなる。
ある日、会議中に千早が突然言った。
「自分がいなければ、この人はもっと楽だったかもしれません」
空気が凍る。
桜は、その言葉の重さを知っていた。
"役に立たない自分には価値がない"
後日、面談室で二人きりになる。
「少し、休もうか」
桜は静かに言う。
「休んだら、見捨てることになります」
千早は即答だった。
桜の胸が締めつけられる。
それは支援者の言葉ではない。
追い込まれた人の言葉だ。
「千早ちゃん」
千早の名前を呼ぶ。
「その患者さんの人生は千早ちゃんの責任ではない」
「でも、担当です」
「担当と、背負うは違う」
千早の目が揺れる。
数日後、千早が欠勤した。
診断は、抑うつ状態。
背景には、複雑な家庭環境。
長年の自己否定。
「役に立つことでしか存在できない」感覚。
桜は報告書を読みながら、静かに息を吐く。
かって、自分が通りかけた道。
でも今、自分は”支える側”にいる。
面談の日。
千早は目線を落としたまま言う。
「情けないです」
「情けなくない」
桜は即答だった。
「支援者が不安定になることはある。
それは失格じゃない」
千早は小さく首を振る。
「でも、天瀬さんは乗り越えたじゃないですか」
その言葉に、桜は少し考える。
そして正直に言う。
「今も、途中だよ」
千早が顔をあげる。
「完成した人なんていない。私も、今でも揺れる」
沈黙。
「でもね」
桜は続ける。
「支援は1人でやるものじゃない。チームでやるもの。
千早ちゃんも、支えられていい」
それは、かつて先輩に言われた言葉だった。
帰り際、千早はこぼした。
「…怖いです。自分が壊れるのが」
桜はうなずく。
「じゃあ、壊れる前に一緒に考えよう」
救わない。
抱えない。
でも、手は離さない。
それが、桜の今の答えだった。
私は千早の気持ち、分かる気がします。




