2.予定外
退院まで、あと三日だった。
グループホームの入所も決まり、生活保護の申請書類もそろった。天瀬桜は、ようやく胸をなで下ろしていた。
「順調だね」
先輩の一言に、少しだけ誇らしくなる。
――うまくいくかもしれない。
そう思った、その日の夕方だった。
病棟から内線が入る。
「天瀬さん、○○さんがちょっと興奮していて……来てもらえますか」
桜が病室に駆けつけると、空気が張り詰めていた。
男性は立ち上がり、顔を紅潮させている。
「やっぱり俺を追い出すんだろ!」
机の上には、退院支援の説明資料がぐしゃぐしゃに丸められていた。
「違います、退院は――」
「退院ってのは、いらないってことだ!」
看護師が一歩近づくと、男性は壁を強く叩いた。
桜の頭が真っ白になる。
教科書に“興奮時の対応”は載っていた。落ち着いた声で、刺激しないように、安心を伝える。
でも、目の前の怒りは、紙の上とは違う。
そのとき、男性が叫んだ。
「ここにいれば、飯もある。部屋もある。外に出たら、また一人だ!」
その言葉に、桜は息をのむ。
退院は希望だと思っていた。社会に戻ることは前進だと。
でも、この人にとっては――
“守られた場所から追い出されること”なのかもしれない。
結局その日は保護室対応となった。
廊下で、桜は動けなくなる。
「私の説明が足りなかったんでしょうか」
先輩は首を振る。
「退院が怖くなるのは少なくない」
「でも、順調に見えていたのに…」
「それは、"順調に見えていた"だけ」
その言葉が重くのしかかる。




