第9話 夜の学校
わたしは夜の学校に来た。
先生が自殺にみせかけて殺された屋上から生配信をするのだ。
真実を世の中に訴えるのだ。
警察は信じてくれないけれど、わたしのフォロワーがなんとかしてくれる。
犯人の教頭に鉄槌をくだすのだ。
夜風が街路樹をゆらしている。
時計の針は午後十一時を回っていた。
学校の正門前には警察官が立っていた。
黄色い立ち入り禁止テープが風に揺れる。
パトカーの赤いランプが回るたび、胸の奥に押し込めていた恐怖がわずかに膨らんだ。わたしは悪いことをするんじゃない。悪をこらしめるんだ。恐怖を押し止める。
「やっぱり、正門は無理か……」
つぶやきながら裏手に回る。
校舎裏の裏門。
普段は閉まっているはずの鉄の門が、なぜか半開きになっていた。
風に揺れて軋む音が夜の静寂に混じる。 足がすくんだ。
だが、戻るわけにはいかない。
わたしは意を決して門を押した。
ギィ……という音が背筋を這う。
次の瞬間、暗闇から腕をつかまれた!
「君は、文芸部の子だね。来ると思っていたよ。」
教頭だった。昼間の冷たい目のまま、それでも口元だけはわざとらしく柔らかく笑っていた。
黒い革手袋をした手で、わたしの腕をしっかりつかんで言った。
「屋上に行こう。」
わざとらしく低く落ち着いた声。
「君の顧問の先生のために、ともに祈りを捧げよう。」
ぞっとした。
頭の中で先生の悲鳴、そして動画の中のサルの将軍の顔がフラッシュのように重なった。
殺される!屋上から投げ捨てられる!
教頭は、わたしも自殺にみせかけて、殺す気だ!
逃げたい。逃げなきゃ。
でも、腕をつかまれている。
警察官に助けを求めたら?叫んだら正門まで声が届くだろうか?
教頭に口をふさがれるかもしれない。
この場で殺されるかもしれない。
なら。わたしは自由なほうの手で、教頭に気づかれないように、ポケットの中のスマホを握った。
震える指で配信アプリに割り当てたショートカットボタンを押す。
生配信が開始されたはずだ。ポケットの中のスマホには動画は撮れないけれど、音声は配信されるはずだ。
さっきまでフォロワーは盛り上がっていた。きっと学校も特定されている。きっと誰かが、警察を呼んでくれる。それまで時間を稼ぐのだ。
そのわずかな希望を胸に、わたしは顔を上げた。
「……わかりました。教頭先生、いっしょに屋上に行きます。先生が『飛び降りた』屋上に。」
視聴者に聞こえただろうか?意味が通じただろうか?
教頭は満足そうにうなずき、夜の校舎へとわたしの腕をつかんで歩き出した。
靴音が響く。
こわい。
殺される。
フォロワーのみんな、早く警察に通報して。
なんとか時間を稼がなきゃ。




